第32話 アンの影
呪いの鎧はまだ捕獲されない。マルスも当然見つかっていない。そんなわけで、私が駆り出される事となった。一応、奥さんなので。
「ったく、なんであんなの探さないといけないのよ……」
マリーが隣を歩きながらブツブツ言っている。編成はこうだ。私とマリー、護衛の兵士二名。前と同じだ。
適当に街を歩き、いい加減城に帰ろうかなぁと思った時だった。
「前もこんな感じだったわよね……」
目抜き通りから路地に曲がった途端、いきなり突き刺さる強烈な殺気。
そこには、いつぞやの鎧が剣を抜いて立っていた。
もはや、見る影もなくボロボロ。子供が書いたのか、表面は落書きだらけ。
「ミ…モザ、ホント……たすけ……て」
さて、なにか聞こえたかしらねぇ。
「みんな事前に打ちあわせた通りに。ここからだと、二時方向!!」
叫びながら、杖に魔力を込める。皆がパッと散り一斉に鎧を包囲する……ただ一点を除いて。そこを突いて、鎧が突っこんで来た。
距離二千二百、仰角三十二度、出力72.8%……。
「アルファド家秘奥義、ウィラ・ディ・オーヴァチュア!!」
その鎧めがけて、私は思いっきり杖をスイングした。共通語訳「おねんねしてろ。オタンコナス!!」。
凄まじい轟音と共に、鎧は城目がけて一点の影となって飛ぶ。程なく、城で土煙が上がるのが見えた。
「あっ……やりすぎたかな」
私の両手にあった紋章のうち、マルスの方が明滅している。瀕死だ。
「いっそ、死んじゃえばいいのに……」
さらっと怖い事言うな。マリーよ。
「任務完了。城に帰りましょう」
こうして、一つの任務は終わった。
私たちは、途中で屋台を覗いたり、スィーツを食べたりしながら、ゆっくりと城に戻ったのだった。
食事やら何やらが終わり、就寝までの空き時間。ソファに並んで座っていたマリーと私だったが、特になにするでもなく話し込んでいた。
「ところでさ、なんでアイツ生き返らせたの? ほっとけばいいのに」
はいはい。
「実体はどうあれ、これでも奥さんだからさ。無視するわけにもいかないのよ」
私の手には、一生消えないはずのマルスの印がない。そう、アイツは数分間死んだのだ。
私は霊術は使えても蘇生術は使えないので、ダメ元でバラバラになった霊魂を集め、思い切り蹴飛ばしてみたら、なんと生き返ったという次第である。なんでもやってみるものだ。なんか、ぶっ壊れた機械みたいだけど、まあ、死ななくてよかったよかった。
「もし私が死んだら、ちゃんと生き返らせてくれる?」
「右足でよければ」
マリーがコケた。
「なんで蹴るのよ。なんて言うか、もう少し優しく……」
「蘇生術なんて知らないし」
あんなもん、エルフの中でもごく一部しか術式を知らない。門外不出の秘技である。
「えっ、あれわざとじゃないの?」
「うむ、奇跡じゃ」
誰が蹴って叩き起こす蘇生術を使う。失礼だろう。
「ミモザ、あなたって本当に不思議というか、変わっているというか……」
……そうかねぇ。
「さて、そろそろ頃合いよ。張り番よろしく」
「あれれ、もうそんな時間か。じゃあ……」
はいはい……。
「そういうことは大事な時に取っておきなさい。以上」
なにを言わんとしているか、私でも簡単に察しがついたので先回りした。
「くっ、腕が上がってる……」
……なんの腕だ。全く。
「はいはい、お仕事お仕事」
「は~い」
マリーが部屋を出ていき、私は一息ついた。
「それにしても、まさかこうなるとは……」
まさかの展開である。故郷を発つ時は、こうなると誰が予想出来ただろうか?
「しっかし、マルスもどこまでも不憫なヤツ」
思わず苦笑してしまう。私が愛想尽きて放り投げた事で、第二婦人様に甘えようとしているようだが、どうも上手くいかないと伝え聞いている。まっ、どうでもいいけどね。
「さて、勉強勉強~」
手に持つは「ルーン文字辞書」、前もちらっと出てきたとは思うが、エルフの間ですら廃れてしまった魔法文字である。別名「古代魔法文字」。私が今研究している魔法は……。
「ふむ、『スライム』すらこの難易度ときたか……」
知られれば、恐らく禁術になるだろう。召喚魔法と似てはいるが、根本的に違う。それは『生物創造』だった。目的はない。ただの探究心である。
スライムというのは下級の軟体生物で、暗くてジメジメした洞窟などによく住んでいる。体の構造が比較的簡単なので、とりあえずのターゲットとしてみたのだが……ムズい。
「とりあえず、試作百七十三号。我……」
呪文は極秘だが、私は百七十三回組み直した最新版を唱えた。
「……うーん、失敗か。次行って……ん?」
最初は雨漏りかと思った。ポタポタと何かが垂れてくる。
「なによ、意外と安普請ねぇ……」
この一瞬が、咄嗟の行動の遅れになった。
ベシャッと何かが頭に落ちてきた。し、しまった!!
「!?」
そう、スライムだ。すっかり忘れていたが、こいつらは天井に生息し、獲物目がけて落下してくる。一瞬で頭全体を包み込まれ、声一つ発する事が出来なくなってしまった。ヤバい、呼吸が……。
この後の事はあまり覚えていないが、部屋の扉がぶっ飛ぶほどの勢いで蹴り開けられ、凄まじい熱が私の意識にトドメをさしたのだった……。
「……?」
暗転していた意識が帰ってきた。そっと目を開けると、苦笑を浮かべるマリーの顔。破損した記憶の再構築……完了。起動……完了。だぁぁ!?
「スライム!?」
私はベッドから跳ね起きた。どうやら、寝かされていたらしい。
「大丈夫。あなたごと燃やしておいた」
……うん、さらっと怖い事言ったね。
ちなみに、スライムには打撃はまず効かず、火に弱い。
「とりあえず、お礼言っておくわ。ありがとう」
「いえいえ、さてと……どこから始めようかなぁ。お説教」
マリーの顔は笑顔。しかし、額に怒りマークが……四つ?
「あ、アハハ、お手柔らかに……」
これは分が悪い。嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
「まず、なんで生命創造なんてやっているのよ。誰かにバレたら、ごめんなさいじゃ済まないわよ?」
そこから来たか。
「純然たる魔法使いの探究心よ。深い意味はないわ」
これは嘘ではない。興味をもったらやってみるのが信条だ。
「あのねぇ、少しは考えなさい。それは禁忌よ」
マリーは大きくため息をついた。
そんな事くらいは知っているが……好奇心が勝ったのだ。
「分かってるって。一応、反省はしている……」
「猛省しなさい!! 全く、ちょっと目を離すとすぐこれなんだから……」
私の保護者か!!
「全く、それで自分で創ったスライムをかぶっていたら、世話ないわね。私が助けなかったら、死んでいたわよ?」
そ、それは……。
「返す言葉もございません……」
侮るなかれ、スライムにやられる件数は結構多いのだ。
「全く、アンの二の舞は嫌だからね……」
マリーは軽く私の額に頭をぶつけ、そっと抱きしめてきた。
一瞬どうしていいか分からなかったが……、ようやく思いついて、私もそっと抱きしめる。これでいいはずだ。うん。
しばらくそうしていたが、マリーがなんとなく離れていった。
「それじゃ、まだ深夜だから……。回復魔法で治したけど、体力を使っているはずだから、そのまま寝ちゃった方がいいよ。おやすみ」
マリーはそう言い残して部屋から出ていった。
……そっか、まだそれほど時間は経っていないのか。
しかし、体が鉛のように重い。回復魔法は怪我を治す代わりに、それに見合った体力を消耗する。これは、マリーの言う通り寝てしまった方がいいかもしれない。
「……といってもねぇ」
さすがに起きたばかりで寝られないが、動きたくないのでそのままベッドでゴロゴロ……。暇ねぇ。
そのまま一時間くらい経った頃だろうか。部屋の扉が開いた。
「はーい、巡回でーす。って、寝ているか……」
なぜか、咄嗟に寝たふりをしてしまう私であった。
「んんん?」
マリーが接近してくる気配。そして、耳をなにかフサフサしたモノが……。
「ふひゃぁ!?」
これは耐えられん!!
私は思わず変な声を上げてしまった。
「やっぱり起きてた。寝ている時の呼吸と、起きている時の呼吸は違うのだよ」
毛ハタキを手に、いたずら坊主のような笑みを浮かべるマリー。お転婆なんて言ってやるか!!
「もう、余計目が覚めちゃったじゃないの!!」
端から眠くはなかったが、とりあえず抗弁してみた。
「あら、ごめん。部屋の入り口に結界張っといた。とりあえず休憩~」
などと言いながら、マリーは勝手に私のベッドに潜り込んできた。
「こ、こら!!」
「はいはい、固いこと言わない」
かといって、何するでもない。ただ、並んで寝ているだけだ。
「……ごめん。こうやってると、アンを思い出しちゃうなぁって」
マリーが静かに言葉を発した。
「……こっちもごめん。少し調べた。あなた並みのスーパー侍女だったみたいね」
軽く目を閉じて、私はマリーに返した。
「私どころじゃないよ、別格だった……。少しでも近づこうとして、何度もコケたな」
マリーが小さく笑った。
「あなたですら人間を越えているのに、それ以上って……」
「ええっ、失礼ねぇ」
アハハ、怒った。
「まあ、いいわ……。でも、何が起きるか分からないものね。やっとアンの背中が見えたと思ったら、一瞬で消えちゃった。ズルイよねぇ」
マリーの笑い声に、どことなく寂しさが漂う。よほど慕っていたらしい。
「まあ、私も生き物なんで、いつ消えちゃうか分からないわよ。深入りは……うひゃ!?」
なにも言わず、マリーが私の耳を舐めた。
こ、こら!!
「分かってるけど、簡単には逃がさないもんね。こうしてやる!!」
「ちょっと、こら。うひゃ!! 怒るわよって、やめい!!」
こうして、深夜のじゃれ合いはしばらく続いたのだった。
マリーが追っているのは、今でも私ではなくアンの背中。
まっ、気づいているのかいないのか分からないけど、せいぜい「代役」を勤めさせて頂きますか。
「だから、いい加減に……うひゃあ!?」
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