第30話 第一王子の帰還

 我ながらズルイが、マルスに本当の事を話せていない。

 永劫狙われる事など冗談ではないし、身に覚えのない反逆罪まで適応して、私を抹殺したのである。後悔はない。しかし、モヤモヤするのも事実ではある……。

「どうしたの、考え込んじゃって?」

 実に久々ではあるが、私とマルスは中庭を散策していた。もはや、気配を消そうともせず、マリーも同行である。

「なんでもない。ところで、次期国王として第一王子のえっと……」

「ああ、ラファド兄様ね。強烈だよ。色んな意味で」

 実に久々に、マルスの笑い声を聞いた。

「いや、この国、大抵強烈だから馴れてるよ」

 私も笑い声を返す。

「今日中には到着するんだって?」

「そうらしいね。もうそろそろだと思うけれど……」

 お隣のウラン王国にて様々な活動をしていたという、この王家の長兄。この度、次期国王として、本国に呼び戻される事となった。

 その人となりはまだ分からないが、変な種族偏見を持っていなければいいな。

「ああ、ごめん。話しに割り込むけど、コイツの第二婦人どうする。すぐそこにいるんだけど、狙撃でもしておく?」

 マルスが笑顔のままピシッと音を立てて固まった。さらっと見ると、付かず離れずの距離で……ああ、仲間たちのあっちか……がこちらについてきている。

「そんなに了見狭そうに見える? コイツを一発ぶん殴ったからよし。あなた、そんな所にいないで来なさい。気持ち悪いから!!」

 言葉の後半を後方に向け、私は叫んだ。

「は、はい!!」

 スタタタと駆けよってきた「仲間たち一」に、私はニッコリ微笑んだ。

「今後、マルスのことはよろしく頼みます。私は、基本的にそこのマリーと行動します」 

 爛れている。爛れてる関係だなぁ。私たち。

「はい!!」

「ミモザ!?」

 第二婦人様とマルスが同時に声を上げた。

「コホン。まさかとは思いますが、まだ私がいいとか抜かしますか?」

「うぐっ……」

 ほう、申し開きはなしか。まあ、いいけどね。

 そう、私の了見は中途半端に狭かったのである。残念。

「さて、上手く配役が決まったところで、次期国王様を迎えますか」

 天気は晴れ。朝晩は冷えるようになったが、昼はまだ暖かかった。


 城の正面口には家臣たちがずらりと並び、長兄の到着を待っていた。その奥にマルスや私といった王族……いやまあ、二人だけど……が待ち構える。

 そして、一台の馬車が滑り込んできた。さて、いよいよである。黒塗りの馬車から降りて来たのは、筋骨隆々としたスキンヘッドの強面様。サングラスがよく似合っている。夜中に見たら泣くぞ!!

「あのさ、その筋の人かテロリストじゃないよね?」

 隣のマルスに聞いた。

「よく言われるけど、あれでも王子だよ」

 苦笑するマルス。

 なるほど、ファースト・インパクトは強烈だわ。

「おう、マルス。相変わらずナヨナヨしてやがるなぁ。メシ食ってんのか?」

 ドスの利いた声で、マルスに声をかけるお兄様。

「ああ、そっちはマルスのかみさんか。話しは聞いてるぜ」

 こちらを見てニッっと笑みを浮かべると、お兄様は手を差し出してきた。

「お初に……」

「待て待て、そういう固いのはナシだぜ。面倒くせぇ。よろしくな」

 ほほう、これは楽しい。

「こちらこそよろしく、兄貴!!」

 差し出された手を握り返し、私もニッと笑みを返した。

「タハハ、なかなか肝が据わってらぁ。大概は泣かれるんだがな。気にいったぜ妹!!」

 こうして、兄者アラファドと私の無双伝説が……始まらないからね。うん。


「てめぇ、自分のかみさんも守れねぇで、第二婦人だと。それでも漢か。あぁ!?」

 とまあ、説教されているマルスは放っておいて(全部、キレたマリーがチクった)、私たちは街の散策に出ていた。マリーと一緒に適当に店をつつき回し、屋台でなにか買って食べまくり、ついでに服とか靴を買ってみたりもした。

「いやはや、余は満足じゃ」

 侍女魂に火が付いたか、マリーは私に荷物を持たせてくれない。それほど買ったわけじゃないんだけどね。

 城に帰って部屋にいると、兄者に呼び出された。

「なんだろ?」

 マリーの先導で、王族エリアの複雑な廊下を歩き、アラファド氏の部屋に行った。なかなか広い。

「ああ、すまん。適当に座ってくれ」

 言われるままに、私は応接セットのソファに座った。

「まず最初に、すまなかったな。うちの親父は、かなりの種族差別が激しいヤツでな。ただでさえ、あんな馬鹿弟に嫁がされて大変だってのに、一度殺されたんだって? 許してくれとは言わねぇよ。許せるわけがねぇ」

 アラファド兄の顔は真剣だった。ちょっと怖い。

「過ぎた話しです。前を向きましょう」

 やる事はやったし、これ以上はこだわらない。

「そう言ってもらえると助かる。俺はそんなつまんねぇもんはねぇから、安心してくれ」

 強面だが、話しは分かってもらえそうだ。とりあえず、安心した。

「しかしまぁ、まさかエルフの義理の妹が出来るとは思わなかったな。俺もさすがに驚いたぜ。タハハ」

 いきなり破顔して、アラファド兄は豪快な笑い声を上げた。

「そういや、まだ名前までは知らねぇんだ。教えてくれねぇか?」

 あっ、名乗ってなかった。

「これは失礼しました。私はミモザと申します」

 一度立ち上がって頭を下げると、アラファド兄は笑い声を上げた。

「だから、格好付けるな。面倒だからな。そうか、ミモザか。エルフの至宝っていう、万能薬から取った名だな」

 あれま、詳しい。

「ご存じでしたか」

「まあ、このくらいは常識よ。でまあ、参考にしたくて聞くんだが、年齢を聞いていいか? 言いたくなければいい」

「はい、二二才と言っていますが、これはエルフ年齢。人間では千七百十二才になります。これでも、まだガキンチョですよ」

 そう言った時だった。お付きの侍女がお茶を持ってきた。

「こりゃまたスケールがデカいな。気に入ったぜ。タハハ」

 なにかしらないが、気に入られたらしい。よきかなよきかな。

 こうして、アラファドとの雑談は二時間近くにも及び、お互いの人となりの確認は終わったのだった。


「あの強面相手に、よくビビらないわねぇ」

 部屋に帰ってくると、マリーにそう言われた。

「馬鹿、ビビってるわよ。マリー様の嗅覚も鈍ったかな?」

 背筋に悪寒を感じながら、私は苦笑した。

「えっ、そうなの?」

 ビックリしたようにマリーが聞き返してきた。

「ほら、全身震えているでしょ? 声が大きい人はあまり得意じゃないのよ」

「あっ、本当だ……」

 とりわけ耳がいいせいか、大きな声には弱いのだ。見た目は大丈夫なんだけどね。

「なんで無理して……」

「まっ、王族って大変なのよ。これでもね」

 私はベッドに潜り込んだ。三十分も横になれば治るだろう。

「ふーん、毎度ながら大変ねぇ。良かった、庶民で」

 そんなマリーの声を聞きながら、私はそっと目を閉じた。寝るわけではないが、この方が楽だ。

「あらら、ちょっとお疲れね」

「大丈夫、大丈夫。ふぅ……」

 あー、クラクラするなぁ。頭痛がないだけマシか。

「添い寝してあげようか?」

「馬鹿たれ!!」

 などと軽口を交わしているうちに、体調は無事に整った。

 そっとベッドから出ると、私はリビングに移動した。

「あっ、治った?」

 マリーが聞いてきた。

「うん、大丈夫」

 よっこらせとソファに座ると、隣にマリーも座った。いつもの事だ。

「フフフ」

 いつも通り寄りかかられる前に、私から寄りかかってやった。途端に、ワタワタし始めるマリー。

「ちょ、ちょっと、待って!!」

 ……何を待つんだか。

「あれあれ、天下のマリー様が慌てるなんてねぇ……」

 なんだ、この幼稚なイジメは。

「ううう、覚えてろよ~」

 マリーの特性上、これが一番の安全策である。

 まあ、馬鹿である。そのまま十五分くらいして、私はマリーを解放してやった。

「あれ?」

 マリーは気絶していた。ソファにクタッとなったまま動かない。

 そ、そこまでかい!?

「全く、人には散々やるくせに……」

 私はそっとソファに寝かせた。

 あー、暇ね。

 なんて思っていると、部屋の扉がノックされた。

「はい」

 応答すると、マルスの声が聞こえた。

「入っていい?」

「ダメ」

 即答。

「言っておくけど、やっぱり私がいいんだなんてアホな事を言ったら、即座に消し炭にするからね。第二婦人様はどーする気よ?」

 私は杖を取って扉に向けた。いつでもいけるように……。

「なんか、本気の気配が……」

「当たり前」

 馬鹿にしないでほしい。マルスは私が最も嫌う事を、なにも考えずにやろうとしている。

「一五秒あげるから、とっとと自分の部屋に戻りなさい。あなたと行動するのは公的な場だけ、今さら関係修復なんて考えない方がいいわよ。死にたくないでしょ?」

 扉の前から人の気配が消えた、ふぅ……。

「惜しむらくは、離別出来ないところといった感じかしら?」

「いつ復活したの?」

 背後を振り返りもせず、私は言った。無論、マリーだ。

「わりと最初から聞いていたよ。私の気持ちは伝えたけれど、あなたの本心は私には向いていない。マルスとの気持ちは切れているけれど、行く先がなくて宙ぶらりんになっている。違う?」

「あら、どうしてそう思うの?」

 苦笑しながら、杖を部屋の片隅に置いた。

「分からないとでも?」

 ふと見ると、マリーも苦笑していた。

「さすが、マリー様ってところね。正直、もう恋愛なんてどーでもいいわ」

 元々が政略結婚。そこに愛情など必要ない。飾り物でいいのだ。

「あーあ、やさぐれちゃって……」

 全く気配を感じさせずに、いきなり背後から抱きしめられた。

「だから、気配を消してくるの、やめなさいってば」

 しかし、マリーは答えない。

 この先何があったかは、二人の秘密である。


 アラファド兄の戴冠式も無事に終わり、サーモバリック王国は新体制になった。

 かなりの親エルフ国となり、私の立場と待遇もかなり良くなった。

 そんなある日、私はマリーを引き連れて、いつも通り街中を歩いていた。

 いつもの買い物だが、今日に限って珍しく護衛の兵士を二名連れていた。護衛を兼ねている、マリーの負担軽減を図ったのだ。

 目抜き通りを抜け、細い路地に入ると、いきなり異常な殺気が突き刺さった。

「……?」

 すぐ先には、剣を抜いた鎧が立っていた。

 剣を抜いて構える護衛と、迎撃態勢に入ろうとしたマリーを手で制する。

 なんだ、あれ?

「ミモザ~、助けて……」

 鎧からくぐもったマルスの声が聞こえた。

「撤収!!」

 全員回れ右をして、目抜き通りに戻ろろうとした。多分、関わらない方がいい。

 しかし、鎧は私たちを大きく飛び越えて、再び進路を塞いだ

「宝物庫で変な鎧を見つけて、着たら脱げなくなって、勝手に動いて……」

 聞こえない。私はサッと手を挙げた。

「消毒!!」

 鎧を示して手を振り下ろすと同時に、護衛とマリーが襲いかかった。ゴンとかガンなど鈍い音が響き、悲鳴のようなものが聞こえ……ボコボコにヘコんだ鎧が私に向かって飛んできた。フン。

 私は杖に魔力を注ぎ、タイミングを見計らってフルスイング。ゴガン!! という小気味いい音と共に、鎧は遙か彼方へぶっ飛んでいった。

「……何だったのかしら?」

 小首をかしげるマリーの肩を、ポンと叩いた。

「新しいアトラクションでしょ。気にしない気にしない」

 結局、謎の鎧は二度と現れる事はなく、私たちは買い物を楽しんだのだった。

 マルス? ああ、気のせい気のせい。


 私を好いているらしいマリーでも、さすがに城内で私の部屋に泊まったりはしない。夜遅くなる事はあるけどね。

 今朝もいつも通り「出勤」してきた彼女は、侍女としての仕事をテキパキとこなしていた。

「侍女の仕事って知ってる? 主の教育もあるのよ」

 せっせと私の髪をセットしながら、マリーが突然言い出した。

「なに、どうしたの。急に?」

 痛てて。なんか、今日はキツいわね。

「うん、そろそろ下ごしらえはいいかなって。あとは徐々に私好みに、こっち向いてくれるように……」

「却下。普通にしていなさい。普通に」

 全く、何を言い出すかと思えば……。

「なによ、いけず」

 い、いけず……どこの言葉だ?

「前も言ったでしょ。好いた惚れたはいいやって。エルフって頑固だから、やめた方がいいわよ」

 私は苦笑したが、鏡に映るマリーの表情はピクリともしない。怖いぞ。うん。

「こりゃ、荒んでるなんてもんじゃないね。ほぐすの大変だわ」

 だから……まあ、いいわ。

「まあ、百年後には気が変わるかもね。アハハ」

 人間にとっては一生分。エルフにとっては、ちょっと先のこと。どんな人間とも、上手くいくわけがない。

「大丈夫。あの世のどこでも行くから」

 ……こやつなら、本当にやりかねんな。

「私のなにがいいのよ。どこにでもいる、普通のエルフよ?」

 またもや苦笑してしまった。

「そうねぇ、度を超して間抜けなところ!!」

 ちょうどセットが終わってフリーになった瞬間だった。思い切り鏡に向かってすっこけてしまった。割れなかったのは幸いだった。

「あ、あのさ……」

 どうにかこうにか元に戻り、私は苦い笑みを浮かべた。

「抗弁は許さないよ。最初はマルスと関係を作ろうとして失敗。まあ、これはチョイチョイ私が介入した事もあるけど、見ていられないほど稚拙!!」

「ぐはぁ!!」


 クリティカルヒット!! ミモザは7250のダメージを受けた!!


「そのあとのトラブルの処理の仕方も下手くそ。意地張ってばかりで譲歩しない。そりゃ逃げるって。マルスの肩なんて死んでも持たないけど……」

「うぐっ!?」


 ミモザに3370のダメージ!! ミモザは死んでしまった!!


「あれっ、どうした?」

「うん、なんで空って蒼のかなぁって」

 緊急待避回路に切り替え。よく出来ている。

「まあ、それでね、この人ダメすぎってのが第一印象。第二印象は、それでいて頭はいい。これは……ってのは直感ね。私も半年前に酷い失恋したばっかりでさ、感覚は敏感なつもりよ」

 ……なるほど。

「私に半年前の相手の残像を追っても無駄よ。別人だから」

「分かってる。だって、その人死んでるもの。目の前で」

 ……そうか。

 私はフラフラ立っていたマリーを引っつかみ、無理矢理抱きしめた。

 彼女は肩を振るわせ、声もなくそっと涙をこぼしている。馬鹿者、あなたの方が重症だ。

「やっぱり、ミモザって頭いいや……」

「さて。どうだか」

 こうして、秋も深まった朝の時間は過ぎていったのだった。

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