第29話 ミモザの逆襲

 私は急いで森の入り口に向かい、結界をグニっと押しのけて外に出た。

「無礼者。ここをどこだと心得ている!!」

 一回言ってみたかった。最期くらいいいでしょ。

「サーモバリック王国陛下よりのご命令である。モミザ王女を反逆罪で死罪とし、今この場でそれを執行せよとの事。あまり手間はかけさせないで頂きたい」

 弓兵が私を取り囲み、ギリギリと弦を絞る。

「逃げも隠れも致しません。お好きなように……」

 私は両手を挙げ、そっと目を閉じた。そして、全身に衝撃と痛みが走る。弓はショート・ボウ。扱いや取り回しはいいが、威力はイマイチである。これは、簡単には死ねそうにはない。結局、数十本の矢を受けて、私の意識は暗転した。


 ……ったく、痛いわね。ヘボ!!

 私は自分の「体」の上を漂っていた。楽に死なせろっていうの。

 エルフはとことん執念深いのだ。死んでも簡単に魂は霧散しない。二、三日はフヨフヨしていられる。その間に「蘇生術」を使ってもらえれば、すぐさま生き返えられるのだ。

「おっ、来た来た……」

 マルスとマリーが森から駆け出してきて、私の「体」を見て呆然としている。いや、すいません。そっちじゃなくてこっちにいます。マルスはともかく、マリーですら気が付かない。まぁ、当たり前か。

 必死に回復魔法を使っているようだが、一度魂が離れてしまったら効果はない。


 さて、今のうちにやる事をやっておこうか。人間は喉元過ぎれば忘れてしまうが、『エルフの呪い』というものがある。エルフ殺しは必ず返ってくる。そういう言い伝えだ。

 先ほどの実行部隊に罪はないので無視。物理的な制限がない今、私は一瞬でサーモバリック王城へ。そして、謁見の間でウロウロしていた。国王の中に強引に「入り込む」。

 本来の魂が抵抗するが、私の方が圧倒的に強い。粉々に打ち砕きながら叩きのめしていく。そして……。

 完全に国王の魂は破壊された。もう二度と正気に戻る事はない。生きる屍だ。このまま肉体的に破壊する事も可能だが、私はあえてそれをしなかった。

 そんな楽な事はさせない。この状態だと理性というものがないので、どこまでも冷酷になれるのだ。

 王妃には二度と目を覚まさない国王の看病という、大変な苦痛を与える事になる。直接的な罪はないが、これも「呪い」と思ってもらおう。

 国外にいるというこの国の王子五名も同じ目に遭わせてやれば、国そのものが崩壊するだろうが……まあ、勘弁してやるか。

 私は国王の体から「出る」と、一瞬で元の場所に戻った。蘇生術士がすでに蘇生の準備を始めていた。これからが勝負、「戻れる」かどうかは肉体のコンディションによる。失敗したら、もう二度と蘇生は出来ない一発勝負だ。

 通常、蘇生の術式には丸一日かかる。わりとギリギリではある。

「さてと、ちょっと二人の様子を……いや、悪趣味だからやめよう」

 顔を見てみようかと思ったのだが、さすがにやめておいた。泣くより「ざまぁ、死にやがった!!」とか言ってもらっていた方が、私としてはありがたい。葬式みたいなのは嫌いだ。

「それにしても……暇だねぇ」

 私は、こうして蘇生の儀式を待った。

 死んだ時は、必要最低限の動きしかするな。これは、私たちが教わる最初の事である。


 朗々とつぶやかれる呪文の声が、この状態でもはっきりと聞こえる。

 ハリネズミのように突き刺さっていた矢は取り除かれ、可能な限り傷の修復がなされた肉体が眼下にある。回復魔法が効かないので、完全な処置は望めないけどね。なるべく元の状態に戻しておく。蘇生成功への第一歩だ。

 「体」が引っ張られるような、不思議な感覚を覚えた。そして、意識は暗転した。


「痛ってえ!!」

 最初に覚えた感覚はそれだった。すかさず、回復魔法の優しい光りが全身を包み、痛みが急速に退いていく。ふう、生き返ったか……。

 上半身をゆっくり起こした瞬間、ドスッと強烈なタックルを食らった。涙で顔をベショベショにしたマリーとマルスだ。痛いぞ。全く……。

「あはは、帰ってきちゃった」

 二人はなにも言葉を発さない。まいったな……。

「……良かった」

 しばしの後、最初に口を開いたのはマルスだった。

「……心配させないでよ」

 これはマリー。

「二人ともごめんね」

 謝りながら、二人の頭を撫でた。

「さて、お詫びに、今日はとっておきのエルフ料理を振る舞うわ。マルス、あなたも泊まっていきなさい」

 時刻は早くも夕刻。今からサーモバリックの城に行くのは厳しい。今日はここでお泊まりとなったのだった。


 狭いながらも応接室兼リビングくらいはある。私たち三人はそこで紅茶を飲んでいた。

「その、あの、ミモザが元気で良かったよ」

 マルスが気まずそうに言った。

「うん、死にかけたけど大丈夫」

 いや、そう言いたいわけではないのだが、口が勝手に……。

「そうだよね……ごめん。まさか、あんな大事になるとは……」

 マルスが沈んだ声で言った。

 カチャリと音を立てて、マリーがティーカップをソーサーに置く。

「……私たちも軽はずみな行動をした。それは認める。でも、あなたも大概よ。あんな、ミモザだけが悪いみたいな伝え方しちゃって……」

 低く静かなマリーの声が室内に響く。怒っている……。

「あれは……」

「もういいよ。何が原因だったか、もう忘れたし」

 無論覚えているが、私は苦笑しながらそう言った。

「ミモザ?」

 マリーが少し驚いた声を上げた。

 私は言い訳を聞きたいわけでも、尋問したいわけでもない。

「マルス、まだ私と婚姻関係でありたい?」

 一二才には酷な質問だろう。分かっていて、あえて聞いた。

「もちろん。関係修復出来るか分からないけど……」

 ビシッと言い切れ。馬鹿!!

「はぁ、マルスはマルスか……」

 思わず苦笑してしまった。

「コホン、マルス様?」

 マリーが割り込んだ。

「私の調査では……名前は明かさないけど、ミモザとの関係が壊れている間に、侍女といい関係になって、第二婦人にする約束をしたとか?」

 私とマルス、同時に紅茶を吹いた。

「な、な、なんで……?」

 ……マジかよ。マルス。

「マルス君?」

「はい!!」

 私の押し殺した声に、顔面蒼白のマルスが返事をした。

「おかしいわね。私の記憶にないんだけど、ボケたかなぁ」

 バキバキ指を鳴らしながら、私は笑みを浮かべた。

「あわわわ……は、話せば分かる!!」

「チェストォ!!」

 私のグーパンチが、マルスの顔にめり込んだ。

 これだから、男は……。


「ねえ、あんなの捨てちゃいなよ」

 ここは私の部屋、マリーが藪から棒に言った。

「残念、王族は離別出来ません」

 私は苦笑した。

「だって、どさくさに紛れて、侍女といいことしちゃうようなヤツよ。恐ろしい十二才だわ……」

「それ言うな。なんかヘコむから……」

 なんだろう、この妙な敗北感は……。

「それより、私と……!?」

 私はそっとマリーの唇に人差し指を当てた。

「しー、落ち着け」

 マリーの荒かった呼吸が収まるのを見て、私はそっと人差し指を離した。

「ごめん、無茶言いすぎた」

 うむ、分かればよろしい。

「うーん、当たり前だけど妻は重婚出来ないのよねぇ。打開策は……ペット?」

 マリーがひっくり返った。

「逆ならまだしも、それはちょっと嫌かも……」

 逆ならって、なんじゃい!!

「冗談よ。まあ、侍女でいいんじゃない。今頃、サーモバリックは大騒ぎになっているはずだから、私なんてどうでもいいでしょう」

 今頃、次期国王の話しで大騒ぎのはず。私に構っている余裕はないはずだ。

「えっ、なんで?」

「エルフ殺しは身を滅ぼすってね。まあ、帰れば分かるわよ」


 夜も深まった頃、私は隣のマリーを起こさないように、そっと起きだした。

「はぁはぁ……やっぱり来たか」

 頭痛に目眩や吐き気など、なかなか体調が悪い。人の魂を破壊するということは、自分の魂も傷つけるということ。それなりの対価を支払わねばならない。このくらいは覚悟の上だった。

「ふぅ……」

 部屋に小さな椅子くらいは残してある。それに座り、私は大きく息をはいた。

「なに、寝られないの?」

 あれ、起こしちゃったか。ベッドの上で上半身だけ起こし、マリーが聞いてきた。

「大丈夫よ。気にしないで寝ちゃって……」

 言うほど大丈夫でもないのだが、一晩の辛抱だ。あれだけの事をやった以上、この程度は安いものだ。

「お得意の嘘。バレバレだよ」

 マリーが起きだしてきて、私の胸の辺りに手を当てた。そして、回復魔法を唱える。

「あれ? 効かないか……」

 回復魔法が治せるものは、魂の力が弱まっている部分だけ。魂そのものの傷は治せない。

「大丈夫。ほっときゃ治るから……えっ?」

 ほんの軽く、椅子の背もたれ越しにマリーが抱きしめてきた。

「……馬鹿、死ぬなら、ちゃんと断ってからにしなさいよ。心臓に悪いわ」

「それ、私が悪いわけじゃないっしょ」

 死にたくて死んだわけじゃないっす。はい。

「防げたでしょうに。馬鹿正直に殺されるなんて……」

「それがお役目なのだよ。ああしなかったら、森の中で暴れられていた。王族として、それは出来ない話しね」

 あの人数に勝てないほど弱くはないが、それを口実に本気で攻められかねない。

「王族王族って、全くもっと体を大事にしなさい。命もね」

 抱きしめる力が若干強くなる。

「はいはい、心配かけたわね」

 そこでお互い無言になる。私の不調は良くもならないが、悪くもならない。そんな感じだ。

「マリー、寝なよ。私に付き合っていたら、朝になっちゃうから……」

 うー、気持ち悪い……。

「やれやれ、なにやったか知らないけど、辛いって事だけは分かるわ……」

 マリーの両手に魔力の淡い光りが点る。

「これでもダメか。私が使える最強の回復魔法なんだけど……」

 少しがっかりした様子の、マリーの声が聞こえた。

「あはは、怪我じゃないからね。精神的なものって表現した方が近いかな」

 ……あー、今度は吐き気。全く忙しい。

「薬を作ってもらおうか?」

 心配そうなマリーを制止した、それも効かない。

「このまましてるのが一番効く。ありがとう」

 荒れた魂は時間が治す。ゆったりしている事が一番の薬である。

「そっか、ならば……えい!!」

 マリーは正体不明の魔法を放った。部屋の間取りが変わっていき、壁の色が変わり、本来、室内にはないはずの植物が生え……。

 そこには、プチ「森」が出現した。ツタ植物で編まれた小さなベッドが二つ並んでいる以外は、まさに森だった。

「安直だけど、エルフと言えば森。再現してみた」

 全く、とんでもない事を平気でやる。「空間干渉魔法」は決して簡単ではない。

「とりあえず、横になろう? 少しは楽になるかもしれない」

 座っていようが寝ていようが同じ。迷惑をかけないように、椅子に移動したのだ。これならいいか。

「ごめん、ちょっと肩貸して」

 立てば目眩だ、分かっている。

「はいはい。よっと……」

 私の体を謎の力で抱え上げ、マリーは私をゆっくり立たせた。

 ぐぉぉ、吐く吐く!!

「あっちゃー……今にも死にそうよ。せっかく生き返ったのに。

「死なないから、大丈夫」

 何とかベッドまで移動すると、私はホッと一息ついた。

 横にはならず座っていると、マリーが再び背後から抱きついた。その両手からは何かの魔力が放たれている。

「……これ『魔力移譲』じゃないの。魔力切れじゃないわよ」

 魔力移譲の魔法は、その名の通り、自分の魔力を他人に与える魔法だ。

「分かってる。まあ、気分の問題よ」

 まあ、いいか……。

 そして、軽い沈黙が落ちる。

「どう、寝られそう?」

 気が付けば、先ほどよりは落ち着いている。試しに寝てみよう。

「ありがとう、チャレンジしてみるね」

「うん、また明日」


 すっかり森の中になってしまった、私の部屋。どこからか聞こえてくる小川の音に押された分けではないが、私は寝返りを打ち、寝息を立て始めたマリーの上に、そっと左腕を乗せた。ぴくりと全身を震わせる彼女。自分から行くには強いが、守りは極めて弱い。さすがにもう分かっている。

「なんにもしないから寝てよ。ただ乗っけただけ」

 私が意地悪言うと、赤面したマリーがこちらを向いた。

「それって、酷くない?」

「この私に期待する方が悪い」

 私の言葉に、彼女は思いきりのしかかってきた。

「なにぉ!!」

 まあ、病み上がりからお元気な私であった。うん。


「あらら……」

 サーモバリック王城の城門は、固く閉ざされていた。市民の噂を聞けば、国王が突然倒れ、意識不明になってしまったとの事。

 衛兵は死んだと聞いていた私が、元気に生きていた事に驚いたものの、マルスの顔で城内には入れた。

「ちょっと、お父様の様子を見てくる!!」

 城のエントランスホールで、マルスは血相を変えてどこかに行ってしまった。

 そういえばマルスの父親でもあったが、後悔はしていない。売られた喧嘩を買っただけだ。全力でね

「何が起きたの?」

 さしものマリー様も、状況が分からないらしい。

「『エルフの呪い』ってやつよ。エルフを殺せばしっぺ返しが来る。人間の間では、もう失伝しているのかな?」

 私が聞くと、彼女は唸った。

「ほとんど酒場の与太話レベルね。誰も信じてはいないと思うわ」

 なるほど。

「状況から考えて、間違いなくそれだと思う。どういう病状か分からないけど、下手にエルフに手出しなんてするから……」

 白々しい。分かっている。「呪った」のはこの私だ。

「……ちょっとこっちに」

 マリーに引っ張られ、私はホールの隅っこまで引っ張られていった。

「……私はあなたが好き。狂っちゃいそうなくらいね。だから、何を言われても、絶対に軽蔑したり離れたりしない。本当の事を話して……」

 彼女にジッと見られると、全てを見透かされている感じがする。誤魔化せる感じではない。

「いい、結構エグいわよ……知らない方がいいこともあるわ」

「大丈夫。覚悟はしている」

 私は息をついてから、全てを話した。

「なるほど、そんな事があったのね」

 目を閉じて聞いていたマリーが、静かに口を開いた。

「あまり私……というか、エルフに近寄らない方がいいよ。所詮、異種族だからさ」

 苦笑すると、彼女は私の右腕を取って引き寄せた。そして、軽くキスをした。

「あのさ、私を甘く見ないでね。あなたの味方っていつか言ったような気がするけど、そんな簡単には揺らがないわよ」

 ……ホント、物好きなヤツ。

「さて、どうする? それって元に戻せないんでしょ?」

「そうねぇ。さすがに、もうマルスの元にはいられないかもね。とりあえず、様子見かな……」

 私はホールの天井を見上げたのだった。

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