第28話 ミモザの覚悟

 ロックウェル王国は、馬車で二日もあれば着く距離にある。

 覆面で顔を隠した私とマリーを乗せた馬車は、危険ではあったが昼夜問わず走り続け、一日ちょっとで懐かしい森の入り口についた。

「マリー、覆面を取って。堂々としていてね」

「分かった」

 さっそくお出迎え。弓を構えた二人の衛兵がこちらを睨んでいる。

「あら、私の顔を忘れちゃったの?」

 わざと嫌みったらしくそういうと、衛兵の間に動揺が走った。

「ミモザ姫?」

「なぜここに?」

 まあ、ビビるわな。

「至急の使いです。黙って通しなさい」

 私は杖を手に取った。万が一に備えてだ。

「はっ、失礼いたしました」

 相手が弓を下ろした事を確認すると、私は馬車を森の中に進めた。

「凄いね……森の中が街になっている」

 木々の上にはビッシリ家が並び、さながら集合住宅のようになっている。狭い土地の有効活用だ。

「ゴミゴミしているけど、馴れちゃうと便利なのよ」

 などと会話しながら馬車を進む事しばし。一際立派な建物に着いた。

「はい、『実家』到着。ボロいけど……」

 サーモバリックの城に比べたらゴミみたいなものだけど、これでも大事な実家だ。まさか、また来られるとは……。

「さて、いくよ。変なオッサンだけど、やっぱり変だから気にしないで」

 私は城の大扉を開けた……。


「どの面下げて戻ってきたのだ。ミモザよ」

 謁見の間で久々にあったクソオヤジが発した言葉は、やはりクソッタレだった。

「うるさいわね。好きで帰ってきたんじゃないわよ!!」

 もはや、完璧に日常会話である。いちいち丁寧な言葉を使っている場合ではない。

「お初にお目に掛かり、大変光栄です。私はミモザ様付きの侍女。マリー・エクステンダーと申します……」

 しっかりと最敬礼を取り、マリーが状況説明を開始する。さすが、スーパー侍女。的確かつ分かりやすい。

「ふむ……要するに、駆け落ちしてきたわけだな。政略結婚の意味が分かってのことか? けしからん。実にけしからん!! もっとやれ!!」

 私以外の一同が思いきりすっこけた。

 ……このオヤジ。変わってないな。

「あのねぇ、どっちなのよ?」

 可哀想なので、とりあえずツッコミを入れておく。

「うむ、状況は分かった。相応の対応をしておこう。……して、そこのマリーとやらとエッチなことはしたのか?」

「ごらんしーん!!」

「殺れ!!」

 近衛兵が突きだした剣をひらりと避けた所に、私が放った右ストレートがぶち込まれる。もぎゅっと変な声が聞こえた。

「抜かったわい。いいパンチだ」

 なんかもう、このパターン嫌だ。

「まあ、よい。部屋はそのままにしてある。マリーよ、このバカ娘と同室になってしまうが、許してくれ」

「はい、ありがとうございます」

 こうして、一時帰宅は無事に成されたのだった。


「狭いでしょ。ごめんね」

 なにせ、スペースに余裕がない。部屋も狭ければベッドも一つあるだけ。これが精一杯。しかも、シングルサイズだ。いざ寝ようにも、これはなかなか狭い。

「いいと思うよ。この狭さが心地いい」

 うん、変なヤツ。

「さて、どうしようかな。とりあえず、うちのとーちゃんが何とかしてくれるのを待つしかないんだけど……」

 ああ見えて、謎の外交力を持っている。今回の件も、何とかしてくれると思うが……。

 あはは、なんのこっちゃない。自分も結局親任せだよ。マルスと一緒だよ。言えたものじゃない……。

「ん、余計な事考えないで寝なよ。顔に出てるぞ」

 マリーが笑った。

「あれま、こりゃ私もまだまだね。腹芸の一つもできないとは……」

「まあ、いいじゃないの。あなた、サーモバリックにいるときより、ずいぶんいい顔してるわよ」

 うーん、どうかな。

「さて、寝るか。もう遅い……」

 私はパチッとフィンガースナップして、部屋の照明を最小に切り替えた。

 ……気まずい。

 なんていうか今さらなのだが、ベッドがせまいのでどうしてもお互いに引っ付くことになる。なにするでもない。だから、余計に気まずい……。

「……なーに期待してるんだ。馬鹿者」

「期待なんてしてないけど……なんか気まずくない」

 ソファでもあればいいのだが、残念ながらサーモバリックの城だ。

「それを期待してるっていうの。そういう子には、なにもあげないよ」

 小さく笑って程なく、マリーはスヤスヤと寝息を立て始めた。

「期待って……なんのことだか……」

 思わず苦笑してしまいつつ、私はなるべく寝ているマリーの体に接触しないように気を付けてベッドから下り、とっておきのお酒の封を切ってグラスに注ぐ。私の腹づもりは決まっていた。自分も最終的に親を頼った以上、もはやマルスを責める事は出来ない。関係修復に努めようと考えたのだ。まあ、病院送りにまでしておいて、虫がいいけどね。

「全く、なにやってるんだか。そりゃ、殺されそうにはなったけどさ……」

 王族では、まあ、珍しい事ではない……とは言えないが、些細な理由でそうなるケースもある。油断ならぬ世界だ。

「あのさ、マリー。気配を消して背後から近づくの、いい加減諦めたら?」

「あなた、背中に目でもあるの? やるたびにショックなんですけど……」

 マリーがため息をつきつつ、私の背中に身を預けた。

「さて、この先どうするのかな。私とずっとここで暮らすに一票」

 冗談めかしていうマリーに、私は苦笑してしまった。

「それも考えた、二秒くらいは。でもダメ。やることやらなきゃ……」

「殺されると思うよ?」

 マリーの冷たい声。

「そうされないように、とーさんが頑張っている。信じるしかないね……」

 私はグラスに残っていたお酒を、一気に飲み干したのだった。


 サーモバリックからの使者は、思いの外早く翌日にやって来た。

 森の入り口で、一行を待ち受け、馬車から降りて来たその使者というのが……。

「ま。マルス……」

 少々痩せたが、他でもないマルスだった。

「やぁ、久々だね」

 気まずそうに手を上げて挨拶をしながら、私の方に近づいてきて、挨拶のハグをする。

「逃げて!!」

 彼が小声で言ったことを、私の耳ははっきり捕らえていた。

「緊急警報!!」

 叫びつつ、私はマルスとマリーを引っ張って森の中に駆けていく。

 派手な警鐘が鳴る中、お供の馬車二台から完全武装の兵士がワラワラと下りてきて、弓兵の攻撃が始まった。

 もちろん、こちらとて無防備なわけではない。何重もの結界が森全体を覆い、あらゆる攻撃をシャットアウトした。

「とりあえず、城へ!!」

 事態は、ついに小競り合いにまで発展した。

「とーさん、どういうこと!?」

 謁見の間に突入するや否や、私はとーさんの胸ぐらをつかんでユサユサした。

「ふむ、単純にお前と侍女を回収するだけと聞いていたのだが、体よく騙されたわけだ。そっちの少年は……ああ、ミモザの旦那か」

 私の手をさらっと離すと、ツカツカとマルスに近寄り一発平手を入れた。そして、今度は私に……。控えていたマリーが息を飲む。

「馬鹿という言葉では足らんな。国を危機に晒すような娘も娘。夫も夫じゃ。先方からはこう来ておる。『狼藉者のミモザを引き渡せ。そうすれば、貴国には悪いようにはせん』だそうだ。これ以上は退けぬとの事。ミモザ、取るべき行動は分かっておるな?」

 なるほど、今回の襲撃は脅しだ。次は真面目にやるぞという……。

「分かった。行ってくる……二人はここで待機。これは命令、とーちゃんあとはよろしく」

「ちょ、ちょっと!!」

「み、ミモザ!?」

 慌てた様子で私を追おうとした二人を、とーちゃんの結界が阻止した。

「全く、しつこい。エルフ並みね……」

 城の出入り口を通る時、私は誰ともなくつぶやいたのだった。

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