第25話 バカンスの後始末

 それは、王宮に戻って三日後だった。

 いきなり私の部屋に、二人の近衛兵が訪れた。

「ミモザ様、国王様がお呼びです」

 呼び出し? なんかやったっけ。

「分かりました。すぐに行きます」

 近衛兵が部屋から出ると、私は手早く着替えた

「あのさ、なんか嫌な予感しない?」

 マリーがポツリと言った。

「嫌な予感しかしないわよ。さてと、行ってくる」

 それなりの服に着替え、近衛兵に前後を挟まれる形で廊下を行く。程なく、無駄に広い謁見の間に到着した。上段に座る国王様と王妃様の表情は硬い。まずは最敬礼をする。

「ミモザ王女、面を上げよ」

 国王様の声に従い、私は顔を上げた。

「話しは他でもない。先日の別荘でだが、マルスになにか暴力を振るわなかったか?」

 暴力? さて……。

「心当たりはありませんが……」

 私は素直に答えた。

「そうか……マルスが寄越した紙にはこうある、侍女数名をけしかけ、暴行を行ったと……今も後遺症で苦しんでおる。本当に心当たりはないのだな?」

 ……あっ、あれか。

 親に密告ですか。しかも、自分の都合のいいところを都合のいいように。最低だな。

「心当たりがあるようだな。理由は聞かぬ。ロックウェル王国への送還を打診したが、掟によりそれは出来ぬと断られた。よって、我が国で裁く。例え妻であろうとも、王族の者に対しての乱暴狼藉など言語道断。斬首刑とする」

 ……

「お父様、それは重すぎ……」

 どこにいたのかマルスの声が聞こえたが、もうコイツなどどうでも良かった。

「マルス、お前のような子供は黙っておれ。エルフと人間は所詮相容れんのだ!!」

 ピシャリと国王様に言われ、マルスは黙ってしまった。

「衛兵、連れていけ!!」

 ガチャガチャと鎧の音を響かせた兵士に引っ立てられ、私は地下牢に放り込まれたのだった。

 

「あー、最悪だわ。あのクソガキ……」

 ジメジメしてかび臭い空気の中を、私の声が響いて行く。

 ここは侍女も来られぬ地下牢である。まあ、そりゃキレて無理難題吹っかけた私が悪いのは認めるけれど、十二才で親を頼るってどーよ。私を「交代」させる、いい口実を作っただけ。見事にはまったわけだ。

「ってまあ、しゃーない。腹括りますか……」

 刑執行は三日後と聞いているが、ここでは時間が分からない。ただその時をジッと待つのみ。通常は非公開だが、今回はエルフということもあってか、公開でやるらしい。お好きなこって。

 しばらくボンヤリしていると、覚えのある気配が現れた。

「そろそろ、来ると思っていたわよ」

 スーパー侍女、マリー様だ。もはや気配で分かる。

「そろそろ、待ちくたびれているかと思ってきたよ」

 姿は見せない。小さな声だけだ。

「逃げる?」

「分かっているでしょ?」

 当然、NOだ。せいぜい、派手に散ってやる。エルフの恨みを残して。

「やっぱりね。……色々と種は蒔いておいた。執行は明日よ」

「はいよ。ありがと」

 会話はそれだけ。気配がスッと消える。

「ふむ、今日くらいいいもの食わせてくれるよね」

 闇の中で、答える者はいなかった……。


 地下牢から出され、城の前の広場に設けられた処刑台に引っ立てられて行くと、大群衆が待ち構えていた。

 やれやれ、暇人どもめ……。

 立ち会っているのは、国王、王妃、そして、マルス。顔面蒼白だが知るか。コイツに対して、もはやなんの未練もない。

 台の上に上げられ、燕尾服を着込んだ役人によって罪状の読み上げが始まったときだった。いきなり大観衆から大ブーイングが巻き起こった。

 やれやれ……って、待て。なにかがおかしい。

「そこのクソガキ。自分の奥さん売ったのか!?」

「子も子なら、親も親だ。即刻退位しろ!!」

 などなど……。

 私に対してではなく、国王やマルスに対しての猛烈な批判が吹き出し、一部の者たちによって、処刑台が破壊された。

 結局、暴動に発展する事を怖れた国王による、私の無罪宣言が行われるまで、ブーイングが収まる事はなかったのだった。


 大した度胸と思うのだが、私は城の自室にいた。

 何度もマルスはやってきた。しかし、マリーによってすべからく撃退されている。もう会う必要もないので、「死ぬ寸前まではよし」と指示してある。

「人間とエルフは相容れないか……やっぱり、この国もそうなのねぇ」

 立ち番でマリーは外にいる。私は一人苦笑してしまった。別に驚きはしないが、がっかりしたのは事実だ。まあ、種族差別は根深いからねぇ。

「さて、メシでもいくか」

 さすがに食堂で食べるのは気が引ける。私は立ち番をしていたマリーに声をかけ、堂々と正門から外に出た。

「それにしても、助かったわ。もし、あなたが動いてくれていなかったら、今頃私の頭と体が泣き別れになっていたわ」

 城近くの店を適当に選んで陣取ると、私はホッとため息をついた。

 一応、まともな神経は持っているので、怖いものは怖いです。はい。

「まあ、一応やるだけやってみたけど、どうなるか分からなくてヒヤヒヤしたわ。アハハ」

 要するに、色々吹き込んでくれたわけだ。上手いこと加工して……。

「結果として上手くいったんだから良し。さて、とっとと食べちゃいましょう」

 極庶民的な煮込み料理だったが、城の着飾った料理より万倍美味しい。

 お腹も心もほかほかになり城へと戻ると、城門の所に水を差すヤツがいた。マルスだ。かなりやつれているが……私のせいではない。

 完全に硬化してしまった私の心には、どんな事であろうともなにも響かなかった。

「ミモザ……」

 空耳か。

 マリーを引き連れてサクサク進む私。

「僕はどうしたらいいの?」

 ……ふぅ。

 背後から聞こえた声に、私は立ち止まった。そして、振り向きもせずに言った。

「お父様にでも聞けば? じゃあね」

 これ以上話す事はない。私はマリーを小脇に抱え、「転送」の魔法で自室に戻った。

「……ミモザ、さすがにちょっと可哀想かもって思ったり」

「死刑宣告食らえば分かるわよ。なんてね」

 心配そうなマリーに、私は苦笑交じりに言った。

「じゃあ、少しだけ譲歩して、あなたの立ち番はやめてもらうわ。大変だろうし」

「いや、別に苦じゃないからいいけど……」

 いや、キツいでしょ。

「さてと……」

 わたしは部屋着に着替えると、最初から一人には広いなぁと思っていたベッドに潜り込んだ。この国は無駄が多い。マリーは近くの椅子に腰掛けた。

「まさかさ、アレがこんな大事になるとは……」

 マリーが珍しく落ち込んだ声を出した。

「私もビックリよ。見ていないから、何がどうなったのか知らないし、知りたくないから聞かないけどさ」

 私は小さく笑った。

「うん、言わないでおくよ。ごめんね。なんかとばっちりで、エラい目に遭わせちゃった……」

 ……らしくないな。

「やれって言ったのは私。つまり、無関係じゃないどころか主犯よ。あなたが気にする事じゃないでしょ?」

「そうかもしれないけど……」

「はい、終わり。つまらん話しはやめましょ」

 実際、こんなのつまらん。

「しかし、食べたら寝るっていう、このお子様脳は……」

 まだ子供でも起きている宵の口。しかし、変に神経使ったせいかなんか怠い。

「あはは、あなたらしいわ。なんだったら、子守歌でも歌おうか?」

 マリーの調子が元に戻った。

「アホ!!」

 しかし、本気で怠い。なんだ?

「あー、顔色悪いよ。ちょっと待ってね」

 マリーは隣の部屋に行き、聞き覚えのある音。生薬を調合する音が聞こえた。

「はい、出来た。二人まとめて転移なんてするから、魔力の使いすぎでしょ」

 あー、そうか。さっきやったわ。

 転移魔法は地味だけど消費魔力がべらぼうに多く、基本は一人用である。

 二人でやればこうなるか……。

「あまり苦くはしていないけど、生薬だからそれなりよ。覚悟してね」

 渡されたコップの中身を一気に……こういうのは思い切りだ。

「うぐっ……ふぅ、ありがと」

 飲めないほどではないが……やはりキツい。

 空になったコップをマリーに返すと、私はそのままの勢いでベッドから起き上がった。 ちょっとクラクラくるが、さっきよりは多少マシだ。数分もすれば治るだろう。

「全く、無茶するもんじゃないわね……あれ?」

 私は扉の下に封筒が差し込まれている事に気がついた。

 それをそっと拾い上げる。

「差出人は不明か……」

 封筒の表にも裏にもなにも書かれていない。

「どうしたの?」

 コップを洗っていたマリーが気が付いた。

「今気が付いたんだけど、こんなもんが……」

 マリーに封筒を掲げて見せる。

「なにそれ、気持ち悪いわね。捨てちゃえば?」

 まあ、もっともだけど……。

「そうもいかないでしょ。開けてみるか……」

 封は閉じてあったがのり付けはされていない。カパっと開けると中にはファンシーな便せんが入っていた。


『お前は道具だ。一人前に振る舞うな。

 生きているのではない。生かされているのだ。

 調子に乗るな。道具は道具らしく振る舞え』


 うーん、内容はファンシーじゃないね。欠片も。

「なにこれ、マルス?」

 脇で覗き込んでいたマリーが声を上げた。

「いや、あいつの字は読めないくらい汚い。多分、お父様じゃない?」

 本当に相談したのか、はたまた偶然か。なんとも言えないわね。

「酷いね……」

「いいの。最初から分かってる事だもの。そこまで馬鹿じゃないよ。私は」

 火炎魔法で便せんを焼き払い。私は小さくため息をついた。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。こんなの気にしないし」

 ようやく魔力切れが治ってきた。よしよし。

「犯人見つけ出してボコボコにしてやりたいわねぇ」

「やめなさいって、ねっ?」

 私は笑顔で彼女の頭を撫でたのだった。

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