第26話 閑話・ミモザのささやかな一日

 私はその時を待っていた。

 手元には子供の腕ほどはある太さの糸と、それを巻き取る巨大なリール。魚釣りのようだが、餌は何だっていい。針も要らない。それをため池の巨大な穴に落としていく。ただそれだけ‥‥。

 そして……ぐいっと竿がしなった。

「よし来た!!」

 私はリールのハンドルを渾身の力で回し、獲物の引き上げに掛かる。大丈夫、コイツは何があっても離さない。ゆっくり引けばいい……。

 かれこれ十分ほど経った頃だろうか。ザパーっと大きな水柱と共に、全長三十メートルは軽くある、巨大なエビのような物体が姿を見せた。

「『飛行』!!」

 すかさずその物体に魔法をかけて、水面上に固定。全身をしならせて地面を蹴り、その背中に飛び乗ると、手に持っていた杖で頭部を思い切りブッ叩く!!

 勝負あり。物体はクタッと動かなくなった。

「はーい、みんな出ておいで。これが『ザリガニ』よ~」

 万が一の事を考えて、草むらや木の陰に隠れていた子供たちが一斉に出てくる。一様に驚いた様子でキャーキャー言っていた。

 フヨフヨと空中を漂って岸に行き、その巨体を地面に下ろすと、子供たちが一斉に群がった。

「ミモザ様、凄いです!!」

 子供たちの誰かが言った。

 そう、私はミモザ。この王国の王女である。多分、ザリガニ猟師ではない。

「これね、食べられるの。尻尾の部分しか肉がないけどね」

 私はあらかじめ用意していたノコギリなどの調理器具を取り上げ、さっそく調理に掛かる。とりあえず、硬い殻で覆われた体にノコギリを入れて尻尾を落とし、肉を引きはがしに掛かる。なにせこのサイズだ。なかなかに食べ応えがある量の料理が出来る。

 引きはがした肉を専用の巨大な包丁でぶつ切りにして、特有の泥臭さを消すために香草類と合わせて炒める。そして、塩や胡椒などといった調味料で味を調えれば、ザリガニの香草炒めの出来上がりだ。

「はい、出来たよー」

 などと言いながら、自分も一口。ちょっと苦みがあるのがアクセント。悪くはないが、ちょっと大人の味だったかな。

 しかし、子供たちの食欲は旺盛だった。たちまちのうちに、作った料理がなくなっていく。うむ、よきかなよきかな。

「これなんてまだ小さい方よ。たまに取れる伝説の『マッカチン』なんて、これの三倍以上大きいから……」

 長年ザリガニを捕っているが、「マッカチン」に出会えたのは一回だけ。その名の通り、全身真っ赤の巨大なザリガニである。願わくば、もう一度会ってみたいものだ。

「さて、もう1匹釣ってみようか。あの穴当たりがいいかな……」

 私は再び釣り糸を垂らした。いつもの要領で岸に上げた。待ち望んでいるマッカチンではなかったが、それでいい。あれは、希に掛かるから猟師魂に火が付くのだ。二匹も上げれば十分だった。これ以上は手を出さない。猟師の掟だ。

 ……いかん、王女だったわ。あはは。 

 ひとしきり食べ終わると、なんとなく眠くなるのが人情というもの。

 子供たちはパタパタと草むらの上で、気持ちよさそうに寝ていく。その様子を微笑ましいと思いながら、私は調理器具の掃除に掛かったのだった。


 これは、ある日の午後。程よく温かい平和な一日のささやかな記録である。

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