第23話 秘密 ~バカンス4日目~

バカンス 四日目 昼 晴れ


 ……なんで?

 よっこらせと起きたら、私は寝室のソファに寝ていた。それはいい。

 そして、ベッドにはマルスが寝ている。これもいい。

 しかし、なんでそのマルスと抱き合って寝ているのが、他でもないマリー様なんだ?

「……」

 どうすればいいんだ。この状況は……。

「……顔洗ってこようっと」

 なんかこう、変な虚しさと共に寝室を出て、丁寧に顔を洗っていると二つの悲鳴が聞こえた。……知らん。

 私は寝室の前を無言で通り過ぎてリビングに行き、だまってコーヒーを淹れて飲む。うん、美味い。

「ミモザー、マリーに襲われた~!!」

「ミモザー、マルスに襲われた~!!」

 二人揃ってリビングに飛び込んできたが……。

「だから?」

 ズズズーっとコーヒーを飲む。

「いや、だから!!」

「あのさ、なにか言ってやって!!」

 ……。

「それで?」

 空気がかっちかっちに凍り付くが、知った事じゃない。

「やばい、ガチで怒ってる」

「どーしよう……」

 なにか二人で言い合っているが、私は一切無視した。

 そのままコーヒーを飲み終えると、無言のまま玄関に移動してサンダルを履く。そして、魔法でビーチまで転移した。

「全く……」

 ここに来て、私はようやく声を発した。さすがに、あの二人が追ってくる様子はない。

 エメラルドグリーンの海が綺麗だ。なんでも、珊瑚とかいうものの死骸が堆積してこうなったとかなんとか。砂浜も白くて素敵である。

 私は砂浜を歩き、適当な岩陰に入って膝を抱えて座ってみる。うん、お一人様黄昏コースには、これはなかなかいい感じだ。

 この頃になって、ようやく私を探しに来た二人の声が聞こえたが、完全無視を決め込んだ。たまには一人になりたいのだよ。私だって。

「全く、何だっての……」

 マリーにせよマルスにせよ、それなりに面倒見ているつもりなのだが、すぐこういうことをやらかす。さすがに疲れた。

 結局、二人は岩陰の私を発見する事が出来ず、どこかに行ってしまった。

「ざまぁ、なんてね」

 まあ、あの二人には必死になってもらうとしてだ。さて、どうするか……。

 パラソルやデッキチェアなどは、そのまま設置されている。バーベキュー用のコンロや炭もある。ならば……。

「暇つぶしにやるか……」

 私は、砂浜で鍛錬していた警備の連中に声をかけた。


 警備隊の連中が捕ってきた魚や貝類を無心でひたすら焼き、それをひたすら提供し続ける。ここは一般人が入れないので、護衛隊だけがお客さんだったが、「ミモザ食堂」は盛況だった。長いような短いようなバカンスも明日で終わりだ。楽しまないと勿体ない。

「はい、お待ち~!!」

 などとやっていると、半泣き……いや、ほぼ泣いている二人がやってきた。起き抜けのアレは、もうとっくに過去の事だ。

「ミモザ、あの……」

「いいから食べなさい。ああ。そうだ。マルス、食材がないから適当に捕ってきて!!」

 なにせ、警備隊は全員で百人近くいる。それが、交代で次々にやってくるのだ。食材なんて、いくらあっても足りない。

「なに、この魚……すっごい変なの。誰よこんなの釣ってきたの~」

 それにしても、魚や貝類ばかりで飽きてきたなと思ったら、マルスが巨大な肉の塊を持ってきた。

「はい、ご苦労さん。まさか、釣ったとか言わないよね?」

 私は小さく笑ってやった。

「この近くにある牧場から……」

 マルスの言葉に元気がないが、そんなもんに構っていられるほど暇じゃない。

 結局、「閉店」したのは夕方になってからだった。

「はい、マルスお疲れさん。マリーもちゃんと食べた?」

 サササッと片付けながら、私は小さく笑った。

「あの……ごめん」

「多分、ややこしいことしていない。なんでああなったのかも覚えてない。ごめん……」

 マルス、マリーの順でそう言って、何と土下座までした。はっきりと泣いている。

「何のこと。もうとっくに忘れてるから、そういうのやめてよ。苦手だから」

 やれやれと思いながら、私は二人の頭を撫でた。

「本当に悪いと思ってるなら、ちゃっちゃと片付けを手伝って。そんな事をされるより、よっぽど嬉しいわ」

 二人が頭を上げた所で、軽く片目を閉じてやったのだった。


 夕食も終わってまだ早い時間。私は寝室でお酒を少々嗜んでいた。マルスとマリーもいるが、なにか居心地が悪そうだった。

「あのさ、いつまで気にしているのよ。私はそんなに引っ張るタイプじゃないわよ」

 気にしていないというのは本当だ。もうどうでもいい事である。

 二人ともなにも言わない。というか、言えない様子だ。

「困った弟と妹ねぇ。言いたい事があったらいいなさいよ」

 いつまで引っ張っているんだ、こいつらは。

「だって、一時とはいえ大事な人を本気で怒らせちゃったんだよ。そりゃ、ヘコむって」

 やっとマリーが口を開いた。

「僕なんて旦那だよ。なのに……ヘコむどころじゃないよ」

 続いてマルスだ。

 ったく、くそ真面目だこと。

「あのさ、分からなくもないけどさ。もう少し気楽にいこうよ。肩こっちゃうよ」

 うーん、私が変なのかなぁ。分からん。

「やっぱ、やっちゃいけない事って……」

「マリーの酒癖の悪さは折り込み済み。気を付けるように!!」

 スパッと切ってやった。

「マルス、あなたは旦那っていうよりまだ弟。精進しろ、タコ!!」

 ついでに、マルスに一撃を加えておく。うむ、スッキリ。

 二人ともなにも言えなかったらしく、肩を落とした。

「ほらもう、二人とも葬儀みたいな顔してないでちょっとだけ飲むわよ。マルスはお酒NGだけどね」

 こうして、復旧作業にしばし時間を費やしたのだった。もう、面倒臭い。


 マルスを寝かしつけたあと、私は一人リビングにいた。小腹が空いたので、適当に料理を作って食べていたのだ。

「あっ、起きてた」

 一度は使用人室に行ったはずのマリーが、チョコチョコッと近寄って来て隣に座る。

「あれ、寝そびれた?」

 時間は午前三時。さすがにヘヴィなものは嫌なので、食べているのはお粥だ。

「うん。まあ、ちょっとモヤモヤしててさ」

 ほぅ、モヤモヤねぇ。

「話せとは言わないよ。ご随意に」

 加熱しすぎたか。お粥が熱い。

「言葉じゃ言えないかな。ただ、こうさせて。それで、多分直る」

 言うが早く、マリーは私にそっと寄りかかってきた。委細構わず、ひたすらお粥を食べる。しかし、熱すぎる。少し冷ますか……。

 私は食べる手を止め、寄りかかっているマリーの腰にそっと手を回し、軽く引き寄せてやった。まっ、たまにはよかろう、こういうのも。

「あのさ……私が国王様直々に受けている命令、聞きたい?」

 マリーがそっと問いかけてきた。

「聞かない。知らない方がいいこともある」

 横になっていたのだろう。マリーの髪がかなり乱れている。

 答えながら、それを手櫛で整えてやった。

「さすがね。聞きたいって言われたら、どうしようかと思ってた」

 じゃあ、聞くなよ。

「ってことは、ろくでもない事か。あなたも大変だこと」

 マリーがさらに体重をかけてきた。

「まぁ、それなりに……。これだけは言っておくよ。最後まで味方だからね」

 私はそっとマリーから手を離した。そして、程よく冷めたお粥を再び食べ始めた。

「最後とか言うな。死ぬみたいじゃないの」

 思わず苦笑してしまった。

「これ以上は言わないでおくよ。さて、モヤモヤ消えたし寝るわ。おやすみ」

 ぱっと私から離れ、マリーは寝床に戻っていった。

「はぁ、思わせぶりな事を言うから、今度は私がモヤモヤじゃないの。全く……」


 お粥を食べて程よく眠くなった私は、寝室に戻ってベッドに入る。すると、マルスが目を覚ましていた。

「あれ、起こしちゃった?」

「違うよ。変な夢みて起きちゃった……」

 マルスは小さくため息をついた。

「変な夢?」

 隣にそっと寝転がりながら、私は彼に聞いた。

「うん、ミモザがどこか行っちゃう夢。どんなに走っても追いつかないし、どれだけ手を伸ばしても届かない……気持ち悪い夢だった」

 また不吉な……。

「大丈夫よ。他に行くところなんてないし。安心して……」

 いきなりマルスがキスしてきた。それも、かなり荒っぽく激しい……。

 そんな彼の頭をそっと撫でてやる。よほど、嫌な夢だったのだろう。

 彼が離れると、私はそっと笑みを送った。

「安心して寝なさい。どこにも行かないから」

 こうして、深い夜は朝へと変わっていくのだった。

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