第22話 花火の夜 ~バカンス3日目~
バカンス三日目 夜
やっと雨が上がり、二人の護衛と三人の侍女を連れた私とマルスは、ビーチで定番中の定番らしい花火をやっていた。
「おりゃ、ファイア!!」
ドン!!
打ち上げ花火を両手に持ち、持ち前のお転婆ぶりを遺憾なく発揮する私に対し(よい子は真似しないでね)、アラムはロケット花火水平撃ちで応戦してくる(よい子は真似しないでね。大事な事なので二度言いました)。
「はぁ、なにやってるんだか……」
手持ち花火で地味に遊んでいるマリーがため息をつくが、気にしない気にしない。
「なんか、地味ねぇ……」
マリーに言い返してやると、彼女は肩をすくめた。
「花火は趣を楽しむものなの。戦闘の道具じゃないし……」
趣ねぇ。マリーが言うか。
結構な量あった花火も、この人数でやるとあっという間になくなる。
最後に残ったのは、線香花火だった。
「これ、奥深いのよね……」
ジジジジ……っと燃えて行く小さな炎を見ていると、なんだか少しおセンチな気分になってくる。これはこれで、なかなか素敵だ。
「ねぇ、思うんだけど……」
「思うな」
静かに語り出したマルスの言葉を、私はピシャッと遮った。
「……人生ってなんだろうね?」
知るか。十二才に言われたくねぇ!!
「あのねぇ、そういう事はおしめが取れたら言いな」
うん、我ながら酷い。
「……だってさ。好きで王族に生まれたわけでもないのにさ、常に兄さんたちと比較され続けて、ボロクソ言われて、王家の嗜みとか言って、やりたくもない事やらされてさ。そりゃ、お兄様たちは優秀だよ。諸国に出向いてきっちり仕事してる(以下略)」
……鬱陶しい。けど、王族あるあるなので、文句を言えない私である。
場の空気が一気に暗くなる。この馬鹿者。
「……失礼」
動いたのはマリーだった。素早く立ち上がると、頬に思い切り一発平手打ちをした……私の頬を。
「ちょ、なんで私!?」
マルスだろ、普通!!
「は~い、ミモザの旦那様。この子は私の物なの。欲しけりゃ取ってごらん?」
オイコラ……。
こいつ、どさくさに紛れて思い切りキスしやがった。しかも、かなり濃厚な……。よせ、なんか妙な感覚に……本気出すな!!
「このぉ!!」
唖然としていたマルスだったが、次の瞬間にはマリーに飛びかかっていた。
「それでも男かしら? スローすぎて話しにならないわねぇ」
青息吐息の私をほっぽり出し、マルスと取っ組み合いを始めるマリー。
「人をダシに使うなよ……」
口をゴシゴシこすりながら、私はため息をついた。
相当手加減しているマリーに対し、ぶち切れイノシシ状態のマルス。勝敗は最初から明らかだった。
「はいよ!!」
最後にぶん投げられ、マルスは倒れたまま動かなくなった。
「はい、後はよろしく」
すれ違いざま、マリーがこっそり耳打ちしてきた。
「あとでビーチに。お仕置き。エルフ式で20辛」
私も返し、マルスの元に向かう。てっきり泣いているかと思いきや……。彼はどこか遠くを見ていた。
「このアホ。王族だったから、私と会えた。あなたはどうか知らないけど、私は良かったと思っている。でも、それじゃ不満だよね。やっぱり。私も王家のエルフだし、色々欲しいのは分かっているつもりよ」
ダメか。マリーのヤツ、薬が強すぎだ。
「……ミモザは恨んだことないの?」
「アホ、恨み言の方が多いわよ。私も末っ子だしね。まあ、女の子だから多少はマシだったかな」
まあ、王族は大変なのです。はい。
「まっ、王族同士仲良くやりましょ。但し、一つ言っておく。家来の前で弱音を吐くな。絶対にね。これは守ってちょうだい。私がこっそり聞いてあげるから」
そう、王族として最悪な事をやったのだ、マルスは。ガキだから……では許されない。
「そうだね。どうかしてた、ゴメン」
ゆっくりと立ち上がるマルスに、私はそっと手を差し出した。
「悪いけど、先に捌けるわ。ゴミ片付けよろしく!!」
マルスと手を繋いで別荘に戻り、寝室で彼の悩みを洗いざらい聞き出しておいた。まあ、男はつらいよってか。あと、何があったかは、ご想像にお任せします。別に、知りたくもないでしょ?
「深夜の海って、なんか吸い込まれそうで怖いわねぇ……」
「バインド!!」
いきなり聞こえたマリーの声と共に、私の体を光の網が包む。アホか……。
「解呪!!」
パンと網は弾けて消えた。
「バーカ、ビビるなら最初からやるな」
闇の中からヌッとマリーが現れた。その顔には珍しく恐怖が浮かび、なにか挙動もおかしい。
「……怒ってる?」
「そうねぇ。このくらい……」
マリーの正面に振り向き様、私はフルスイングの平手打ちを……彼女の頬に当たる直前で止めた。
「……えっ?」
「私も王族長いけど、まさか侍女にフルスイングで引っぱたかれるとはねぇ。長く生きてみるもんだわ」
小さく笑ってやった。
「ゴメン。ああしないと、あの坊やが何を言い出すか……」
「言い訳しなくたって分かってるわよ。助かった、ありがとう」
そこでお互いに無言になる。闇の中で波音だけが聞こえる、怖いけど落ち着く妙な感覚。
気温もほどよく、ボンヤリするにはちょうどいい。
「もう一つ謝らないと。引っぱたくだけのつもりだったんだけど……」
「はい、謝らない。失礼よ」
マリーの言葉を遮り、私は海があるであろう闇を見つめる。
まあ、やっちまったもんはしゃーないてやつさね。全然気にしてはいない。謝られると逆に嫌だ。
「うん……」
沈黙続くが、決していい雰囲気というわけではない。心底ビビったマリーというのはレアで楽しい。どんな密命を受けているかまでは分かりかねるけど、本来こういう子なのだ。
「さて、予告通りお仕置きいこうか。ただで済むと思ってないでしょ?」
「はい、いかなる罰でも謹んでお受け致します……ミモザ様」
あれま、侍女に戻っちゃった。っていうか、初めてじゃね? 本物の侍女っぽいの。ふと見れば、最敬礼の姿勢を取るマリーの姿。むず痒い……。
「さーて、どうしようかなぁ……」
と言ってから、完全に気配と足音を消してマリーの背後に回り込む……ただ、それだけ。
……
「あの、ミモザ様?」
「はい、あなたの負け」
私は背後からそっと抱き付いてやった。
最強のお仕置きを教えてあげる。「一切触らない」。これが一番堪えるのだ。やっぱり、負けてやんの。
「えっ……」
そして、侍女に戻っていたマリーに、この抱きつき攻撃は効いたらしい。ジタバタしているが、それで離す私ではない。
「フフフ、『この子は私の物なの』って言ってみようか?」
いじめっ子か、私は。
「あの、モード切替が……」
「エルフ式20辛。超が付くほど真面目な侍女専用。効くでしょ?」
まあ、ただのちょっとしたイタズラともいう。
「ううう……」
「いかなる」と自分で言った以上、拒否は出来ない。本気で真面目なヤツだな。
「さて、こんなもんで許してあげるか」
パッと離れると、マリーはその場にひっくり返った。
「おーい、死ぬなよ~」
ゼーゼー言っているマリーに声をかけたが、返事がない。
私はとりあえずそのまま放っておくとして、大きく伸びをした。海風がなんとなく心地いい。
「ふぅ、ちょっとモミザ。酷くない?」
背後でそんな声が聞こえた。モードチェンジ完了か。
「あはは、笑えたからよし!!」
「笑うな。泣きそうだったわ!!」
おうおう、やっぱりマリー様はこうじゃないとねぇ。
「泣けばいいのに。もっと笑えたから」
「こんのぉ!!」
ドガ!!
背中に予期せぬ強烈な衝撃がきて、私は砂に顔面ダイブ!!
「いったいわね!!」
背後を振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべるマリーの姿があった。
「ごめん、足が滑った」
嘘つき。
「まっ、『侍女・マリー』より、こっちのマリーの方がいいか」
「なに、ブツブツ言ってるのよ。ビビって損したわ。もう……」
恐らく、マリーは気配で私の位置を悟っているのだろうが、私の目にはその姿がはっきり見える。あれ? なんか泣いた痕跡が……。
そっと手を伸ばし、彼女の目の下をサッと拭うと、やっぱり濡れていた。
「あー、やり過ぎた? ごめん」
「砂よ砂、砂が目に入ったの!!」
……そういうことにしておくか。
「はいはい、じゃあ帰りますか」
「へーい。ああそうだ、あの坊主寝たんでしょ。部屋で飲まない?」
坊主って……まあ、いいけどさ。
「マリーってちょっと酒癖悪いからなぁ。貞操守れるか心配」
「アホ!!」
こうして、私たちは結局明け方近くまで飲み倒していたのだった。
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