第21話 飲み過ぎ注意 ~バカンス2日目~

 バカンス二日目 天気:曇り


 生憎の曇天ではあったが、私たちは今日もビーチへ繰り出し、これまた初体験のバーベキューなるものをやっていた。

「はい、上がったよ!!」

 最初は気合い十分のマルスを筆頭とした、男チームが焼き係だったのだが、あまりの手際の悪さに辟易して、いつの間にやら私がせっせと焼いていた。全く、使えん男どもめ。

 キャーキャー言いながらお酒片手に食べまくる侍女チームと、ヘコみながらチミチミ食べる男チームの対比が楽しい。代わるときに軽く文句を言ってやったのだが、ちょっと言い過ぎたか。あはは。

 もちろん、焼きながら私も食べて飲んでしているが、何でもない食材がやたらと美味い。マリーが、浜辺で食べる伸びたラーメンはなぜか美味いと言っていたが、ラーメンってなにさ。知らない料理だ。

「だからさぁ、やっぱり騎士団長の……」

「えー、あんな脳筋がいいのぉ?」

 適度にお酒も回れば勝手に恋バナが始まる女心。いや、本人そこにいますぜ。さらになんかヘコんでますぜ。

「ほら、私はミモザ一筋だから……」

 ん? 幻聴か。暑いからなぁ。

「おおぅ、そう来たか。マリーさんったらまぁ」

「そこに本人いるし、告っちゃえ!!」

 ガンガン焼きまくっていると、いきなりマリーがすっ飛んで来た。完全に酔っ払っている。

「あの、付き合って!!」

「やだ」

 半眼で即答する私。ったく、悪のりしすぎだ。

「……くっ、諦めないから!!」

 飲み過ぎだって、全く。お子様マルスが、牛乳吹き出して倒れたぞ。

「あーあ、フラれたぁ。へへへ」

「なんかこう、ざまぁ!!」

 仲間たち……。

「こんのぉ、お仕置き10辛!!」

 ダメだこりゃ。馬鹿か、こいつらは。

「こら、あんたたち。お酒はほどほどにしなさい。男チームがどん引きしてるわよ」

 こういうときの女の子に、勝てる男はまずいない。嵐が過ぎ去るのを待つしかないのだ……ざまぁ。

「あー、そろそろ食材ないわね。お開きかな……」

 誰が食べるんだというくらいあった食材が、もうほとんどない。これも、ビーチの魔力か……。

「えー。こら、男ども。魚でも何でも捕ってこい!!」

「そーだそーだ」

「たまには役に立て!!」

 ……容赦ねぇな。マジで。

 すると、騎士団長がガタリと、簡易椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がった。

 あれ、キレた?

「おら、貴様ら。漁に出るぞ!!」

「おー!!」

 つくづく馬鹿ばっかりだ。大丈夫か、この国?

「マルス様も牛乳ばっか飲んでないで、とっとと行きますぞ!!」

「ええ、僕も!?」

 あの、そいつ一応、王族……。

「野郎ども、今こそ男気をみせろぉ!!」

「おう!!」

 あーあ、行っちゃった……。夕飯までにはちゃんと帰ってくるんだぞ、馬鹿野郎ども。

「さて、飲もう!!」

 マリー、だから飲み過ぎ……。

「まあ、いいや。食材が来るまで寝てよ……」

 私は近くのパラソルの下にあるデッキチェアに座ると、そっと目を閉じたのだった。


「ん?」

 なにか騒がしい。どれくらい寝たのか分からないけど、私は目を開け……固まった。

 男どもが横一列になって腕を組んでいるが、そんなもんはどうでもいい。その向こうの砂上に転がっている壁のような巨大な物体が問題だ。

「リ、リバイアサン……」

 海を司るという超巨大ウミヘビ。なんていうと弱そうだが、人の手には余るはずの屈強な生物……いや、むしろ魔物の部類に入る代物だ。まさか、仕留めたのか……ってか、どこまで漁に出たんだ!?

「おいこら!!」

 のんびり寝ている場合じゃない。私は慌てて男どもに駆け寄った。

「ちょっと、なに変なもの持ってくるのよ!!」

 すると、マルスがこちらを見て白い歯を見せた。

「うん、そこの防波堤で釣りしてたらかかった」

「嘘こけぇ!!」

 思わず手が出たが、避けやがった。腕を上げたな……。

「ハハハ、我々の手に掛かれば、これくらいどうってはないですぞ」

 騎士団長……大丈夫か?

「はぁ……。まあ、捕れちゃったものはしょうがないわね。食べられるかどうか分からないけど、やるだけやってみるか……」

 私は杖を片手に、息をはいた。

「エルフ流料理術、とりあえず三枚下ろし!!」


 うん、なんだこれ、悪くないぞ。

 煮る、焼く、蒸す、刺身、炙り……色々試したが、シンプルに塩焼きが一番いいかもしれない。見た目によらず、身は引き締まって脂の乗った上質な白身魚のようであり、変な臭みもなく、口に入れると溶けていく。要するに、美味い。

「はいよ、塩焼き二十人前上がり!!」

 もはや、バーベキューというより料理屋だが、私はひたすら料理を作り続けた。それにしても、どんな胃袋をしているのか、みんな食べる食べる!!

「はぁ、さすがに体力が……」

 すでに時刻は夜だが、宴が終わる気配はない。巨大なリバイアサンも半分くらい残すだけになった。どれだけ食うんだか……。

「ごめん、十五分休憩」

 いい加減限界だ。一応これでも王女なのだが、誰も配慮なんかしやしない。いいけどさ。

「小料理屋 ミモザとか始めようかな。なんちゃって。ふぅ……」

 少し離れた場所にあるデッキチェアに腰を落とし、私はエネルギー全開で騒ぐ皆をどこか微笑ましく見ていた。たまには、ハメを外してもいいだろう。

「……全く、普通に来なさい。マリー」

 私は背後の気配の主に言った。

「おぅ、さすが」

 闇から現れたのは、他でもないマリーだった。

「普通に来なさいよ。やましいことじゃあるましい……」

 私は苦笑した。

「うーん、やましい事といえばやましいことかな」

 マリーは小さく笑みを浮かべた。

「ほうほう、どんなご用件で?」

 大体察しはついたが、私はあえて聞いた。

「意地悪ね。分かっているでしょうに」

 マリーは苦笑した。

「そういうことは、ちゃんと言うように」

 私は大きく伸びをした。腰が痛い。

「はーい。あのさ、ミモザから見て、私ってどう見えてる?」

 前置きか……。

「そうねぇ、何でも出来るスーパー侍女かな」

 私の答えに、マリーは笑った。

「まあ、そうだよね。でも、そうじゃなくて、中身の話し。どんなだと思う?」

 ふむ、そうだねぇ

「一見すると社交的かつ快活。でも、実は内向的で大人しい。使用人室に戻ったら、膝を抱えて天井の染みの数を数えていたりしない?」

 マリーが固まった。図星か。

「なんで分かるの?」

「あなたの言動には、明るいけどどこか影がある。すぐ分かったわよ」

 私は手をパタパタ振りながらマリーに言った。

「やっぱり、ただ者じゃないわ……」

「いえいえ、王族である事以外、どこにでもいる普通のエルフです」

 この程度見抜けないようでは、王族など務まらない。もっと、複雑でダーティーなやり取りなど、いくらでも舞い込んでくるしね。

「……でもさ、私が聞きたいのはそうじゃないの。分かる?」

「もちろん」

 わからいでか。あまり経験はないが、そこまで鈍くはない。

「じゃあ、答えは?」

「ちゃんと言いなさい。答えはそれからよ」

 私はわざと言った、答えはもちろん用意してある。

「性格まで見抜いておいて、そうきますか。意地悪ねぇ」

 マリーは苦笑した。

「当たり前。こういうのはビシと決めなさい」

 ニヤッと笑ってやると、マリーは小さく息をついた。

「……好きです。付き合って下さい。もちろん、マルス様が第一なのは分かっています。身分も違います。その上での覚悟です」

 思い切り赤面しているマリー。言ったな、よし。

「今の関係だから上手く回っている。それを根底からブチ壊す事になるし、この先意識しちゃって、かえってロクに相手出来ないかもしれないよ。その覚悟はある?」

 マリーは固まった。顔に汗が流れている。そして、彼女は口を開いた。

「申し訳ありません。取り消させて頂きます」

 よし、合格。簡単にうなずいていたら、思い切り蹴飛ばしていただろう。

「いいよ。まあ、気持ちはもらっておくよ。なにも、交際する事だけが全てじゃないさね」

「はい!!」

 胸に秘めていた事を吐き出して、ようやくスッキリしたらしく、マリーは清々しい笑みを浮かべている。全く、こっちがモヤッとするってのに。

「さて、メシ作るか!!」

 私はデッキチェアから勢いよく立ち上がった。

 全く、手間の掛かる妹だよ、本当に。

「ああ、そうそう。色恋沙汰はともかく、私はあなたを妹って思っているからね。そっちの方が気楽でいいでしょ?」

「そうだね。うん。今はそれでいいや」

 今はって、まだ諦めないのかい!!


 翌日、マリーの様子は普段と変わらなかった。とりあえず、ホッとした。

「あー、おはよー」

 昼近くなって、マルスが起きてきた。今日は別荘にお籠もりである。雨だし……。

「おはよーって、もう昼だよ」

 私はため息をついた。

「ミモザー、目覚めのキスー」

 ……いいな、お前は脳天気で。

「やったことないでしょ、そんな事!!」

 なに寝ぼけているんだか……。

「ほら、とっととご飯食べる!!」

 私はかーちゃんか!!

「あー、ここはやっておくから、ミモザは寝室にでもいなよ」

 すぐさまマリーがすっ飛んできて、マルスの手伝いを始めた。やや遅れて、本来の担当である仲間たちも合流した。

「やれやれ……」

 マルスを侍女チームに任せ、私は寝室に引っ込んだ。

 床に散らばった服などを片付けていると、マリーに引っ張られるようにして、まだ寝ぼけているマルスが帰ってきた。

「あー、ゴメン。私の役目なのに……」

 私はマリーに詫びた。

「気にしないでいいって、これが仕事だからさ。まだ眠そうだから、とりあえずベッドに置いて……」

 ドサッと、ゴミでも捨てるように、マルスをベッドに放り投げるマリー。うん、通常運転だ。問題ない。

「あっ、少し話せる?」

「ん? いいよ」

 寝室の隅っこにある、小さなテーブルセットにマリーを誘導した。

「あー、昨日はごめんね。お酒入ったせいか、なんか我慢出来なくてつい……」

 顔を真っ赤にしながら言うマリー。

「いいって、いいって。ちょっとはスッキリした?」

 手をパタパタ振りながら、私はマリーに返した。

「うん、だいぶスッキリ。今日起きたら思い出しちゃってさ、洗面台にガンガン頭ぶつけちゃったよ」

 あー、額のコブはそれか……。

「しっかしまあ、マリーがド直球投げてくるなんてねぇ。こりゃマジだと思って、身構えちゃったよ」

 思わず苦笑する私。

「いやー、あはは。やっぱり、今のままの関係がいいや。友人……あっ、違った。妹か」

「そうそう、これでいいの。分かったか、妹よ」

 私は片目を閉じて見せた。

「まっ、またなにか我慢出来なくなったら言ってちょうだい。可能な限り対応するから」

「うん、じゃあ心残り一つ」

 ほう、まだあるか。

「なに?」

「せめて、勢い任せでキスくらいしておけば……」

「やだ」


 まったく、私はどこに漂着するのだろうか。その行く先は、誰にも分からないのだった。

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