第15話 閑話 スーパー侍女・マリーの憂鬱

 ゴキっといつもの通り「害虫駆除」を終え、適当に残骸を始末しつつ、私は思う。あの日のことを……。


「えっ、国王様がですか?」

 仕事の休憩中、待機室で紅茶を飲んでいた時の事。なんと、国王様からお呼び出しがありました。

 一応、まとめ役ではありますが、所詮はただの侍女に過ぎない私になど、まずあり得ないことです。なにか、お咎めを受けるような失態を犯してしまったのでしょうか。声をかけてきた相手が、近衛兵だという事も気になります。通常の手順ではありません。

 内心穏やかではないまま、私は無言の近衛兵の後に続いていきました。案内されたのは……えっ?

「あの、何かの間違いでは?」

 思わず、近衛兵に聞いてしまいました。そこは、国王様のプライベートエリアの中央でもある、国王様の私室だったからです。よほど親しい私的な客人ですら、私室に入れる事はまずありません。まして、飛沫の私など……。

「いえ、間違いではありません。超極秘で命令をしたいとのことです。くれぐれも、粗相のないように……」

 私に一言釘を刺してから、近衛兵は重厚な扉をノックし「お連れしました!!」と、兵士らしい小耳のいい声を張り上げました。

『よし、入れ!!』

 くぐもった声が中から聞こえた。

 近衛兵がドアを開け、私は部屋に入った瞬間に床にひれ伏して、最敬礼の姿勢を取りました。顔を上げることなど、あるまじきことです。


 ドアが静かに背後で閉じられた瞬間、国王様は大きく息をつかれました。

「ああ、それはもうよい。そんなに畏まるな。話しにくい」

 ……えっ?

「だから、普通に立て。いや、そこのソファにでも座ってくれ。これから、ちょっと面倒な事を押しつけてしまうのでな……」

 ……ええ!?

「いえ、その……」

「はいはい、ちゃっちゃと動く!!」

 手をパンパンと鳴らしながらいう国王様の言葉に、私の体の方が先に動いていました。

「は、はい!!」

 ゆっくりと立ち上がり、近くにあったソファに腰を下ろしましたが、当然落ち着きません。

「よし、どこから話そうかな……」

 向かいに座ったナイスミドルのオジサ……失礼しました、国王様は何とも微妙な表情を浮かべています。さて……なんでしょう。

「まず、これを見てもらいたい。どう思う?」

 国王様が取り出したのは、立派な台紙に収められた綺麗な女性の写真だった。

「ミモザ・アルファド ロックウェル王国の第三王女だ。まず最初に、この写真を見てどう思う?」

 耳が長い事以外は、人間と変わらない……いえ、人間でこれだけの美貌を持った者を探すのは極めて難しいでしょう。

「美しい方だと思います。それに、恐らくは聡明な方でいらっしゃるかと……」

 私は正直に国王様に答えました。

「ふむ、異種族である事に抵抗感はないということだな?」

 私は無礼を承知で黙ってうなずきました。

「よし、お前に命じたい事は、まず一つ。この王女が今度ここに嫁いでくる、マルスの妻としてな。分かるとは思うが、マルスはまだ十二才。政略結婚というやつだ」

 なるほど……。

「先ほどのお写真は、親同士で取り交わされた「お見合い写真」という事ですね。てっきり、国王様が個人的なご趣味で盗撮されたのかと……」

 ズドーンと国王様がソファごと背後に倒れられました。

「……口が滑りました。申し訳ございません」

「滑りすぎだ!! ま、まあ、そのくらいの方が良い。その嫁いでくる王女付きの侍女を勤めてもらいたい。まあ、これには裏があってな……」

 そこで国王様が言葉を切った。

「……城の中には、異種族が我が王家に加わる事を、良しと思わぬ人間も少なからずおる。私自身もまあ、正直なところ複雑な心境だ。しかし、これは国同士の問題だ。受けぬわけにはいかぬ。あちらは国の維持に対して保険をかけたい、こちらはエルフから得られる知識や技術を失うわけにはいかぬ。そのための架け橋が、このミモザ王女なのだからな……」

 ……架け橋とはよく言ったもの。要するに、人質であり道具です。同じ女の子としては許せませんが、国同士のお付き合いに、侍女でしかない私が口を挟めるわけがありません。

「そこで……嫌な命をもう一つ申しつける。マルスとミモザ王女の間に割り込み、常に付かず離れずの関係を維持させよ。ミモザ王女は折りを見てそれ相応の方法で、この王室からひっそりと「引退」してもらう。その後、皆が納得してくれる者を「正式な」妻とする。それまでの我慢と思ってくれ。くれぐれも、二人が深く心通わせる事のないようにな」

 ギリッ……私の奥歯が鳴りました。

 すでにもう最大級の我慢です。反射的に手が出なかっただけ、まだよしとして貰わないといけません。これは……。


 あとの国王様の言葉は、ほとんど覚えていません。気が付けば、待機室に戻り拳で壁に穴を開けていました。

「……どこまでもフザケタ事を。いいでしょう。国のオモチャにされるなら、まだ私のオモチャの方がマシでしょう。全てを託されたのですから」


「あれ……今なんかすっごい音が?」

「はい、いつも通りにゴキブリを叩き潰しただけです」

 全く、なにも知らずに。まあ、楽しみましょうか。今は。

「あのさぁ、たまには部屋に入れてあげても……」

「寂しいのでしたら、私が……」

「ちょっと、な、なんで脱ぐの。ぎゃぁぁ!?」


 まっ、平和が一番ですね。はい。

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