第14話 野菜泥棒を追え!!(後)

 まだ明け方の頃、それは突然起きた。

 凄まじい音に目が覚め、私は反射的にベッドから……いてて。そっと下りた。

 昨日仕掛けた魔法による警報だ。今はマリーが張り番している時間のはずである。

「無理しないで寝ていて!!」

 長剣を手にしたマルスが、侍女チームを引き連れて小屋から出ていった。

 ……くっ、不覚。これじゃ足手まといか。

 そうは思ったが、体が勝手に動くので困る。私は床に放り出してあった鞄の中から、一族代々伝わる回復薬を取り出した。強烈に臭くて苦いが、この程度の怪我なら……。

 その時、ドガンと派手な音を立て、小屋のドアが吹っ飛んだ。慌てて魔法の明かりを……くそ、この程度の魔法でも感覚が合わない。

 どうにかこうにか明かりの光球を浮かべると、吹き飛んできたのはマリーだった。

「えっ?」

 あのマリーが……と思ったら、次々に吹き飛んでくる。幸いにして、全員息はあるが私を残して全滅だ。とりあえず、例の魔法薬を無理矢理飲ませておく。その方法は聞くな。これで、私の分はない。

「さて、どんなバケモンか見せてもらおうかしら……」

 杖を片手に、私は痛む体にカツを入れて小屋を出た。

 空は明るさを増していた。そこに立っていたのは……。

「グレート・ギカント……」

 いたか、あんなの。

 それは、世界最大級の巨人の姿だった。あれに比べたら、私などアリみたいなものだ。

「なるほどね。マリー様でもあれは厳しいわ……」

 魔法はダメ、体は不調、武器は杖のみ。なかなか絶望的な状況ではあったが、やるしかない。

 私は可能な限り全速で畑を駆け抜け、グレート・ギガントの足下に向かう。

 気づいたか、その巨体からは信じられないような速さで拳を振り下ろしてきたが、それに潰されるほどトロくはない。サッと避けて、まるで地震のような振動を受けつつ、私はその足下に飛び込み、フルジャンプして杖を思い切り振った……向こうずねに向けて。

 ゴキーンっと凄い音がして、血が飛び散る。ああ、コイツの血も赤いのね。


 グガァァァァ!!


 あらゆる攻撃も効かないとされるコイツだが、もちろん弱点だってある。

 さすがに痛かったらしく、私がぶっ叩いた足を抱えてうずくまる巨体。なんか、微妙に可愛い。

「ふん、さすがに効いたみたいね。地味に」

 杖をクルクルっと回し、今度は反対足のアキレス腱!!

「いてぇ!!」

 全身を走る痛みを糧にして、私は思いっきり杖の先を叩き付けた。並の剣では切れないといわれているアキレス腱を杖でどうにか出来るはずもないが、とんでもなく痛いはずである。

 雄叫びと共に仰向けにひっくり返った巨人の体にトントンと飛び乗り、あとはひたすら顔面をぶっ叩きまくる!!

「はぁはぁ……。これで、倒せるほど甘くはないか……」

 もはや顔面ボッコボコで原形を留めていないが、これで倒せるくらいなら、ある意味ドラゴンよりも怖れられているグレード・ギカントではない。

 私はすぐさまグレート・ギガントの体から飛び降りると、間合いを取って次の策を考えた。さて、どう料理したものか……。

 護身用のナイフくらいは持っている。顔面にバーカとか書いてみるか? ……って、アホか。私は。

「しゃーない。やるか……」

 高価で使い慣れた杖を一本使ってしまうが、出し惜しみ出来る状況ではない。私はちらっと小屋を見てから、杖の先端にある小さな止めピンを外した。

 頃合いを見たかのように、倒れていたグレート・ギガントがゆっくり起き上がった。

「あら、ハンサムさん。お目覚めのところ悪いけど、もう一回おねんねしなさい……永久にね」

 杖の先端を左半回転。その先端が、放電すら伴いながら派手に発光を始める。この杖を手に入れてから、人間年で約三百五十年。その間に蓄積された私の魔力が解放された。

「オィル・ウィー・カノーネ!!」

 共通語で意訳すれば「魔力砲」。杖先から放たれた極太の光りの濁流はグレート・ギガントの頭部を瞬時に蒸発させ、有り余ったエネルギーが胴体から下も吹き飛ばし、地面に巨大なクレーターを作った。

「ふぅ、片付いたか……」

 手元の杖は先端部がひしゃげ、もう二度と使い物にならない。新しい杖を入手しても、魔力を蓄えて再び切り札になってくれるには、それなりに時間がかかる。

 だから、なるべくなら使いたくなかったのだが、適当に時間稼ぎしている間に復帰出来るほど他の面子の傷は浅くはなく、最終的に取れる最善策がこれだった。後悔はしていない。

「さて、様子を見に行かなきゃね。それにしても、痛い……」

 足を引きずるようにして、私は小屋に戻ったのだった。


 中一日休息期間を設けて昼頃、私たちは全員で例の森に向かった。森がフィールドである私が先頭でマルス、マリーと愉快な仲間達が続く。

「へぇ、鳥の声が戻っているわね。全然違う森みたい」

 腐ってもエルフ。このくらいはすぐ分かる。

「へぇ、こういう所にあまり来ないなぁ」

 お子様マルスは興味津々のようだ。よきかなよきかな。

「探査系の魔法が……」

 マリーが困ったような声を上げた。

「これだけ森が濃いと、探査系魔法なんて無意味よ。考えるな、感じろ~なんちって」

 探査系魔法とは、様々なものを探査するための魔法の総称だ。数が多いので、一括りでそう呼ばれる事が多い。

 この場合、恐らくマリーは「生物探査」を使おうとしたのだろうが、立ち並ぶ木々も生物である。マスクされてしまって、肝心なものは見つけられない。役に立つのは「嗅覚」と「勘」、そして、少々の経験である。

 やがて、木々が焼け焦げた地点まで来ると、私は身を低くした。すぐさま侍女チームがそれに倣い、遅れてマルスという感じだ。

「……もぬけの殻か」

 全く異常な気配を感じない。どうやら、残らず逃げ出したようである。

 グレート・ジャイアントを使役出来るとは思えないので、あれがこの集団のリーダー的存在だったのだろう。リーダーの圧力というか、影響力が強いほど、それが倒されたときの衝撃は大きい。あの連中に耐えられたとは思えない。

「任務完了かな。もうここに近寄りもしないでしょう」

 今回の任務は魔物を追い払うことで、殲滅ではない。

 一応、丹念に魔物の巣窟だった場所と周辺を索敵してみたが、慌てて逃げ出した痕跡は認められたものの、なんの姿もない。

「よし、あのオッチャンに報告しに行くわよ」

 まともに使える武器がないのは不安と、納屋から勝手に拝借してきた鍬をクルクル回しながら、私はそう宣言したのだった。


「依頼料は不要っていったんだけどな」

 ここに来るときに、二台の荷馬車を使ったのだが、そのうち1台の荷台には黄金色に輝くトウモロコシの山が載っていた。

 先頭を行く一号車の手綱を握るのはこの私。二号車はマリー様だ。侍女二人は恐縮しながらこちらの荷台に乗っている。マルスは隣だ。

「それにしても、今回は散々な目に遭ったねぇ」

 侍女の手前ではあるが、もはや作るのをやめたらしく、マルスがのほほんとつぶやく」

「大した事じゃないでしょ。このくらい」

 ガタッと大きな石を踏んで馬車が揺れた。

「誰かさんは自滅して死にかけたけどね」

 うぐっ……。

「あんただって、しっかり死にかけたでしょーが!!」

 そう、ジャイアントさんに吹っ飛ばされた皆様は、そこそこ死にかけの重傷を負っていたのだが、私の回復薬が無事に作用してくれたようで、なんとか無事に復活した。

「うーん、忘れた」

 ほほーう……

「マリーと結婚しちゃおうかなぁ」

「いいんじゃない。それも面白いし、僕が旦那さんなのは変わらないし」

 なにぃ、いつからそんな強くなった。

「こら!!」

 シュッと音がして、いきなりマリーが出現した

「のわっ」

「あとはサインして頂くだけにしておきました。お考慮願います」

 シュッと消え、椅子に書類が残っていた。

「こ、婚姻届(王族用)……」

 全ての欄に記入されている。夫のサイン欄だけが空白だ。

「はぁ、滅多な事を言うもんじゃないわね……。大体これ、あなたの第二婦人用よ」

 そう、あくまでも奥さんを複数持てるのは男系王族だけである。奥さんが奥さんなんてカオスな話しはない。

 私はその書類を縦に破き……あれ、魔力コート。破れん!!

 投げ捨てようかと思ったのだが、マリーが操る馬車は後ろだ。何されるか分かったもんじゃない。私はため息交じりにそっと鞄にしまった。

「あれ、満更でもないの? なら、今すぐサインを……」

「書いたら殺す!!」

 私の捻りが効いた左ストレートで、マルスは沈黙した。

 私との仲も全然縮まっていないのに、この上マリーまで加わったら立場がないわ!!

 ……ん、ヤキモチ? 知らん。

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