第13話 野菜泥棒を追え!!(前)

「さて、これでよし」

 瓦礫の山と化したウォールアイシティー上空を飛行の魔法で飛び回り、魔法石と呼ばれる特殊な石を何個か配置した。これが魔法の起点になる。

「さてと、終わったよ~」

 フヨフヨと皆が待つ所に高台に

移動する。そこには、マリーとマルスが待機していた。「罰」はこのディストラクションを引き起こした、私とマリーに課せられていたのだが、いつも蚊帳の外じゃ嫌だと、マルスも付いてきた次第だ。

「一応説明しておくけど、人間の使う魔法の花形が攻撃魔法……つまり破壊なら、エルフ魔法の真骨頂は回復……つまり、再生にあるの。上手くバランス取れているのよね」

 ふぅっと大きく息をついたとき、マリーが無言でサングラスを手渡してきた。

「……」

 なにか? とは聞かない。私は黙ってそのサングラスをかける。そして、もう一つ……。細長いケースに入れられたもの。それはシガーだった。

「勝利の葉巻です。験担ぎにどうぞ」

「……」

 同じように、サングラスをかけているマリーから無言で受け取り、適当なポケットにしまうと、私は徐々にゆっくり精神を落ち着けていく。街一つの再生だ。こんなのは、私とて初めてだ。

「あのさ、二人で世界に入ってるけど僕は?」

「子供は黙って見てなさい!!」

 マリーにピシャリと言われ、マルスは黙った。

「いくよ……術式解放!! エルフ式再生術・ミモザオリジナルナンバー六 リバース!!」

 その瞬間だった。魔法石に助けられた私の魔力が街全体を覆い、破壊された建物が逆回しのように再生していく。一緒にぶっ飛んだ人まで再生されていった。人間の魔法にも修復魔法はあるが、巻き込まれた人間のケアまでは出来ない。こうして、廃墟になっていたウォールアイシティーは、数分で元の活気ある街に戻った。

「成功ね」

「ええ」

 私とマリーは共にシガーを取り出し、軸が長い専用のマッチで点火した。吐き出す紫煙が心地いい。

「な、なんか、超アダルティー……」

 まあ、ガキは無視して……。

「マリー、真似したくても出来ないと思うけど、あれは危険だから真似しちゃダメよ」

「出来るわけないでしょ。決定的に魔力が違うわ」

 シガーを深く吸い込み、マリーはニヤッと笑みを浮かべた。

 豆知識だが、シガーは口で吹かすのが基本だ。肺まで入れると「酔っ払って」しまう。個人差はあるが、マリーは大丈夫らしい。

「ううう、ここまで来てアウェー……」

 ……フッ。

「あと十年経ったらね。坊や」

 私はアラムの頭を撫でてやった。

「あ、ああ、ミモザが壊れた!!」

 壊れちゃいねぇ。ただ素が出ているだけさ。

 私はシガーをくゆらせながら、復興したばかりの街を見ていたのだった。


 その日、街の人に呼ばれて、私とマルス、マリーとその愉快な仲間たちは、下町の居酒屋にいた。

 なんでも、マリーの個人的な繋がりで、お声が掛かったようだが……。

 時間は昼。まだ開店前の居酒屋は静かだった。

「これは、王子、姫様、このような場所に……」

 居酒屋の主人がしきりに恐縮する。

「いいわ、気にしていません。それより、用件とは?」

 代表して、私が話しを促す。

「はい、こちらの農夫なのですが……」

 立って頭を下げていた、年配の男性を手で示す。

「農夫のアルフォンヌと申します。この度はご迷惑をお掛けしまして……」

「堅苦しい挨拶は抜きで。顔を上げて用件を……」

 冷たいセリフだが怒っているわけではない。単に、苦手なだけだ。

「はい、では失礼して……」

 顔を見せたアルフォンヌさんの顔はこんがりと焼け、いかにも外仕事という感じだった。残念だが人間なので、見た目で年齢は分からない。

「実は、うちのの畑に魔物が……。作物が食い荒らされてしまって、このままでは税金も払えません。なんとか魔物を追い払って頂けないでしょうか?」

 ……ふむ。

「そういうことは、冒険者向けの依頼斡旋所に……」

 マルスがもっともらしい事を言い始めた。

 冒険者とは風の吹くまま気の向くまま、諸国を旅している連中で、途中で依頼などを受けて路銀を稼いだりもする。

 大きな街には冒険者向けの依頼斡旋所があり、活発にやり取りが行われている。もちろん、この街も例外ではない。

「報酬が安すぎて、見向きもされないそうです。それで、私に話しが来まして……」

 マリーがポツリと補足した。

「なるほどね……。分かりました。どこの村ですか?」

 国民の困り事を解決出来ず、何が王族か。私はそう思っている。

「はい、隣村のクラスターです。馬車で半日くらいかと……」

 うん、遠くない。大丈夫だ。

「マリー、急ぎ出立の用意を。マルスとあなたたちもね」

 かくて、私はここの王族としては初めての、まともな仕事に旅立つ事となったのだった。


「これはまた……」

 問題の畑は、想像していたものより広大だった。

「なるほど、これが被害の痕か」

 整然と並んだトウモロコシの一部がなぎ倒され、酷い有様になっていた。

「どれどれ……」

 無数の足跡が付いている。私はゆっくり歩きながらそれを辿って行くと……

「ちょ、ちょっと疲れた……」

 ようやく畑の端に着いた。硬い土の上でも足跡は微かに残っていて、ほど近い森へと伸びていた。あそこか。

「マリー、一仕事よ。まずは、アラームを仕掛けなきゃね」

 いつも通り、影のようにくっついていたマリーに声をかけた。

「はい、では作業を始めましょう」

 歩きでは埒が開かないので、飛行の魔法でマリーを抱えて飛び、彼女が一定間隔で魔法石を投下していく。

 畑をぐるっと一周して、最後に軽く魔法をポンで完成だ。

「警報を設置しました。畑に入らないで下さいね」

 まだ日が落ちるまでは時間がある。あの森を偵察してもいいだろう。

「作業中に、魔物が巣くっていそうな場所を発見しました。今から偵察してきます」

「では、私も……」

 着いてこようとしたマリーを止めた。

「目立たないようにしたいから、私一人で行くわ。森ならエルフに勝てる者はいないし。みんなで手分けして、こっちの警戒に当たってくれた方が助かる」

 森の中でエルフに勝てる者はいない。マリーの凄さを知っているからこそ、こっちに残ってバックアップして欲しいのだ。

「分かりました。こちらで警戒に当たります」

 みんなの手前、いつもの変な姿は見せられないのだろう。マリーは素直に従った。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。夕飯までには戻るよ」

 そう言い残し、私は森の手前まで飛び、徒歩でそっと侵入する。森の中なら、隠密行動は得意だ。足音を立てずにささっと動き、辺りの気配を探る……いた。

「はいはい、ゴブリンにコボルト。ちらって見えたのはオークか。へぇ、オーガまでいる……これは、なかなか歯ごたえがありそうね……」

 森の中央付近は、ちょっとした魔物のパラダイスになっていた。

 ゴブリンはすでに説明したと思うけど、コボルトは二足歩行の犬という感じで

やはりちょいちょい悪さをする嫌われ者、オークは二足歩行の巨人、オーガはそれを一回り大きくした超巨人といったところか。

「……まだ、いそうね。ちょっと煽ってみるか」

 私は見かけだけ派手で、ゴブリンすら倒せないようなしょうもない攻撃魔法を放った。そして、すぐさま場所を変える。どうしても発射場所が特定されてしまうので、撃ったら逃げなくてはならない。

 すると……出てくるわ出てくるわ、百を優に超えるゴブリンやコボルトが先ほどまで私がいた場所を探り始めた。

 まあ、今の場所は、そこからちょっと離れた木の上なんだけどね。あはは。

 ああ、音もそうだが、しっかり匂いも消す薬を使ってある。そこは抜かりない。

「うーん、少し減らしておくか……」

 さすがにこの数で突っこんでこられたら厳しい。絶好の機会である。少々数を減らしておいて損はない。

「それじゃ!!」

 さっきとは違う本物の攻撃魔法で、辺り一面に火球をぶちまける。森は一気に地獄絵図と化した。凄まじい悲鳴が響き渡る中、私は空に舞い上がった……つもりだった。

「あっ……」

 エルフにはこんな諺がある、「エルフも木から落ちる」。私はそれを言葉そのままに体現した。

 ただ落ちるだけなら痛いだけだったが、中途半端に発動した飛行の魔法で放物線を描いて飛び、自ら作った火炎地獄に頭から突っこんでしまったのだ。間抜け以外のなにものでもない……って、熱いってばさ!! ヤバい、死ぬ!!

 咄嗟に唱えた魔法は、何を思ったか「風」だった。強風に煽られ、火勢が一気に増した。

 さようなら……。意識が……。

 意識が飛ぶ前に最後に見たのは、決死の表情で突っこんで来たマリーだった……。


「全く、なにやっているんですか!!」

 私はベッドに寝かされたまま、マリーにひたすら怒られていた。もう小一時間くらい……。

「あ、あはは……」

 苦笑いを返すしかなかった。

 命以外はなにもかも全滅したので、私が今着ているのは、馬車に作業用として積んであったきったないジャージである。髪の毛も縮れ毛大爆発だったらしく、気づいたら丸刈りにされていた……。これでは、まともに魔法は使えないだろう。

 そばにいるマルスは、ちらっと私を見てはため息ばかりついている。せめて、何か言え!!

「さて、交代の時間だね。僕は侍女チームと代わってくるよ。マリー、そのどアホを頼む」

 マルスはもう一度ため息をついて、出ていてしまった。

 ガキにどアホって言われた……。

「あーあ、旦那さんにまで呆れられちゃって、まぁ……」

 ……言うな、ちくしょう!!

「で、でも、よく分かったわね……」

 私がそう言った瞬間、ギロリっとマリーが睨んだ。こ、怖い……。

「あれだけ森が燃えていたら、何事かと思います。帰ってこないなら、なおさらおかしいと思うのが普通かと……」

 氷より冷たい声でマリーが言った。

 返す言葉がない……。

「本当に、私が付いてないとダメですね。色々な方にお仕えしましたが、こんな間抜けは初めてです」

 ……泣くぞ。

「まあ、さすが私のオモチャだけあって、退屈はさせてくれない。これが魅力ですけどね」

 さっきまでのすっげぇ怖い顔を、いきなり柔和なものに変えマリーはベッドサイドの丸椅子に座った。

「まあ、今は休んで下さい。回復したばかりで動けないでしょうけど……」

 うん、動けん。

「では、私は少し仮眠を。無理して高速飛行したので、ちょっと魔力が……」

 背もたれのない丸椅子で器用にバランスを取りながら、マリーは目を閉じた。

 よく見ると、ようやく伸びてきた彼女の髪の毛が、ちょこちょこチリチリになっている。

 悪い事したな……。


 こうして、悪夢の初日は終わったのだった。

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