第12話 壮絶なる逆夜這い
ゴキ!!
「ん?」
扉の向こうで何か音がして、私は目を覚ました。
ベッドから下りてリビングを通り、扉を開けると……あーまたか。
「マリー、もう夫婦なんだからさ。夜這いくらい許してあげてよ」
そう……そこには、扉の前で張り番をしているマリーと、迎撃されたマルスの姿があった。
「ダメです。未成年の二十二時過ぎの外出は禁止です」
……ここ、同じ城の中じゃん。
「そっか、じゃあ私が行けばいいんだ」
「分かりました、その際はお供致します」
……いや、来なくていいんだけどねぇ。
「あのさぁ、職務に忠実なのはいいけど、もう少しフレキシブルに……」
「職務ではありません。私の趣味です。ミモザ様ほど面白いオモチャはありません」
私は顔面から床にダイビングした。お、オモチャ……。
「ほら、やっぱり面白い。こんなオモチャ手放さないですよ」
「いてて……。酷い……」
目下、私とマルスの間には高い壁がある。そう、マリーという。
「さて、害虫は退治しましたので、ゆっくりお休み下さい。では……」
扉がゆっくり閉められ……あっ、鍵かけやがった。この!!
「はぁ、なんかなぁ……」
人の旦那を害虫ですか……。なんか恨みでもあるのか?
「こうなったら、意地でも壁を越えなきゃね……」
とはいえ、およそ生物とは思えないポテンシャルを持つ彼女だ。とても容易なことではない。
「さて、どうしたもんだか……」
私はしばし物思いにふけったのだった。
「さてと……」
私は苦労して手に入れた城の見取り図を見ていた。各部屋には換気用の筒状になった通路があり、私の体形だったらギリギリ通れる。
「よっ……」
物静かに飛行の魔法で天井近くまで上がり、換気口のカバーを外して潜り込んだ。
「さて、いざ……」
狭い通路をズリズリ進んで少しのところだった。
「はい、残念」
「のぉ!?」
魔法の明かりの中に、ニヤリと笑うマリーの顔が出現した。
「ななな、なんでこんな場所に!?」
そりゃ驚く。ええ、驚く。驚かない方がおかしい!!
「いえ、巡回です」
「うそこけ!!」
誰がこんな場所を巡回する。
「はい、嘘です。侍女の勘です。そろそろ、やるなと……」
……さすがスーパー侍女。やりおる。
「というわけで、お戻りください。ミ・モ・ザ様♪」
ムカつくぐらい楽しそうね。珍しく……。
こうして、ファースト・アタックは失敗した。
「ちょっと、手荒だけどね……」
なんでこんなヤケになっているのか分からないが、逆夜這いに闘志を燃やした私は、天井に向かって杖を掲げ、ど派手な爆発魔法を叩き込んだ。
ぽっかりと天井に穴が開き、上の使われていない部屋が顔を見せる。よし!!
一気に飛行の魔法で穴を潜り、マリーの魔の手が及んでいないドアを、またも魔法でブチ破り、ひたすら通路を駆け抜ける。さすがにもう、マルスの部屋は分かっている。今度こそと思ったその矢先、いきなり首に何か巻き付いて思い切り引っ張られた。
「おげっ!?」
そのまま背中から引き倒され、床をズリズリ引きずられ、胸の上にドスっと何かが乗った。
「奇遇ですね。こんなところでお会いするとは」
シュパン!!と小気味いい音がしたと思ったら、私の首に巻き付いていた何かかが取れた……どっから持ってきたその一本鞭。これか。そんでもって、私の胸の上に乗っかってるのって、マリーの足……ってグリグリするな!!
「恥ずかしながら、侍女の嗜みでこのくらいは出来ます。今回はちょっと泳がせてみたのですが、やはり面白いです。さぁ、戻りましょう」
私に向かって手を差し出すマリーの顔は、心なし……いや、確実に嬉しそうだった……。
「ちなみに、鞭の扱いはジョーンズ先生に……」
誰やねん!!
壁越しにマリーの位置をサーチ……よし。私は小さく呪文を唱えた。なにも音は聞こえないが、今頃氷漬けになっているはず。ごめんね、これもあなたが邪魔するからよ……。
そっとドアを開けると、もくろみ通りマリーが氷漬けになっていた。ふぅ、手間かけさせたあなたが悪いのよ。
一呼吸入れ、廊下を一歩踏み出した時だった。鋭い魔力を感じて、反射的に半歩横に避けた。そして、振り返る。そこには、ニヤリっと笑みを浮かべるマリーが立っていた。
「あれ、そこで凍ってるのは……」
「ダミーです。こんなこともあろうかと、用意しておきました。侍女の嗜みです」
んな侍女いるか!!
「さて、最初からこうするべきだったわね……」
私は杖をマリーに向けた。魔法使いでは、これは宣戦布告を意味する。
「……私に勝てるとでも?」
「私をナメない方がいいわよ?」
お互いに視線の火花が散る。そして、始まった。
「ほいさ!!」
まずはジャブ程度の弱い攻撃魔法で牽制。同時に召喚術の詠唱に掛かる。人間では真似出来ないはずの二音交互高速発音。エルフを甘く見ないで欲しい。
「バハムート!!」
空間に魔法陣が描かれ、デカい竜が姿を見せる。黒銀の鱗を持つそれは、世界最強の生物。神とまで言われる存在だ。
「これはこれは、またお戯れを……」
しかし、マリーは余裕だった。超高速で呪文の詠唱に入るって……四音交互高速発音だって!? もはや、人間じゃねぇ。
「くっそ!!」
私は防御魔法を展開すると同時に、バハムートにブレスを吐かせる。純白の光の奔流がマリーを飲み込んだが、防御魔法で簡単に防ぐ。マジかい!!
「では、失礼して……メテオ・ストライク!!」
うげっ、それは禁術!!
星の世界から小さな星を無数に呼び寄せ、一気に降らせるヤバい魔法の一つだ。
こうして、城どころか街が大損害を受ける事となったのだが、それどころではない!!
「並びに、バースト・フレア。並びに、ディザスター・ウィンド!!」
とても防げるものではなかった。結構、ボロボロになりながらも、私は何とか立っていた。
「……人間と思って油断したわ。いいでしょう、エルフ魔法の真髄を見せてあげる」
こうして、ウォールアイシティーは地図上から消えた……。
「フフフ、やっぱり面白いです。ここまで遊び甲斐があるオモチャはないですよ」
「あのさ、なんでこの状況で嬉しそうなの?」
かろうじて残った城の地下牢。ガッチリと魔封じの手錠をかけられ、私とマリーはその一室にぶち込まれていた。
「このくらいでへこたれていたら、侍女は務まりません」
「侍女っていうより、そもそもあなた人間なの?」
思えば、私としたことが熱くなりすぎた。見事にマリーに踊らされたのだ。
さっきマルスが様子を見に来たが、ため息だけついて帰ってしまった。
「私たちは、結構お似合いのコンビだと思いませんか?」
「……どこが?」
はぁ、やれやれ……。
なお、これ以降、私たちは破壊の姉妹と呼ばれ、とても怖れられる存在となったのだった。
そして、なぜかマリーとの距離はますます接近し、マルスはますます遠くに行ってしまったのだった……シクシク。
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