第16話 金色の姉と漆黒の妹

「ねぇ、ちょっと聞くんだけど……」

 どうもおかしい。

 さっきからマリーが私の頭にかけているエルフ謹製育毛剤……ではない。

 なにか、彼女がおかしい。

「……さすが。もうバレたのね」

「うん、珍しく分かりやすい」

 悪いが、私の目は節穴ではない。

「そのほっぺにくっついてる欠片。あんた、私のお菓子食べたでしょ!!」

「うん、食べた」

 うっわぁ、清々しい笑顔。

「せっかく、取っておいたのに!!」

「あなたの物は私の物、私の物は私の物。どっかの偉人が言ってたわね」

 どこの偉人だ!!

「ってか、あなた侍女でしょうに。普通勝手に食べちゃう?」

「あなたが言ったんじゃない。友人に『昇格』って」

 言った……確かに言ったよ。最初の方に。私の馬鹿!!

「はい、あなたの負け。黙って毛生え薬かけられていなさい」

「あのさ、私って、かなり馬鹿……?」

 気持ち的に、相当ヘコんだ。

「うん、馬鹿だねぇ。そこが魅力だけどさ」

 ……さらっと、トドメさされた。

「それにしても、この育毛剤って凄いね。二日くらいなのに、もうショートカットくらいになっているし……」

 マリーが心底関心したように言った。

 そりゃ、エルフ製だもの。100%オーガニック(但し、一部魔法強化含む)でこの奇跡(魔法)。でも、なぜか男性には欠片も効かない。まだ解明されていない謎である。

「まだあなたも最初に会った時ほどじゃないし、使ってみる?」

「え?」

 私が聞くと、マリーが不思議そうな声を出した。

「それじゃ、魔法を使う時やりにくいでしょ」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「いいの!?」

 力でも入ったのだろう。マリーが手に持っていた天然樹脂製チューブから、盛大に育毛剤が私の頭に噴射された。

「うわっ、ちょっと!?」

 本来はちょっと頭皮が湿る程度が一日分。チューブの中には一年分近い量が入っていたはずだ。それを一気にぶちまけたら、あーた!!

 ドン!!と音すら立てる勢いで、髪の毛が急激に伸び始めた。バカヤロー!!

「ず、ズルイ!!」

 何を思ったか、チューブに残っていた全量を一気に全部自分の頭にぶちまけた。うわっ、もう収拾つかねぇ!!

「……仕方ない」

「……やりますか」

 お互いにシャキーンとハサミを構え、お互いのダラダラ伸び続ける髪の毛をひたすら切り続けるという、誰がどう見たって怪しい謎の儀式が開始された。

「……間に合わないわね。呼ぶか」

 一瞬ハサミをとめ、マリーは銀色の小さな笛を取り出した。それ、「犬笛」じゃあ……。

「ぎゃあ!!」

 本来は聞こえないはずだ。「人間の耳」には。しかし、私には聞こえる。きっつい。そして、派手な足音がして、マリーの愉快な仲間たちが扉を蹴り開けて入ってきた。

「お呼びですか!?」

 お前らは犬かい!!

「遅い!! まあいいわ。これ切るの手伝いなさい!!」

『はい!!』

 こうして、謎の儀式はさらに混迷の領域に入ったのだった。


「はぁ、もういう事はないわね。妹よ」

「もちろんよ、姉よ……」

 私の部屋に留まらず、城の空き部屋の大半を埋め尽くした金髪と黒髪が、専門の御者によってバンバン運び出されているが、全く収拾の目処は立っていない。

 私とマリーは床まで届くような長さで髪の毛を切り揃え、それをシンプルにポニーテールに結ってある。しかし、この場所では全く意味がない。

 そう、ここは城の地下牢だった。これで二度目だ。こんな王族いない。故郷でもなかったな。

 今回は、国王直々に「1ヶ月くらい頭を冷やしてろ。頭だけにな!!」だそうで。全くつまらん事を言う。

「さてと、アレ持ってる?」

「もちろん」

 私とマリーは意味もなくサングラスをかけ、薄暗い天井に向かって紫煙を吹かしたのだった。そう、この二人、全く反省していなかったりするのである。

 そこに、様子を確認しに来たのか、マルスがやってきた。

「うわっ、こんな場所でなに二人揃って、やたらとダンディなことやってるの!!」

 彼は絶句した。

「よう、坊主。お前さんも混ざるかい?」

 マリーの一声に、マルスは床に崩れた。

「マリーってもっと大人しい子だったのに、これもミモザの影響?」

 ……失敬な。

「ははは、甘ちゃんだな。これが本性ってやつよ。姐さんとは毎日楽しくやってるぜ」

 ……私は黙して語らず。ただニヤッと笑うのみ。

「あああ、ミモザまで。これって逆にマリーの影響?」

 マルスは頭を抱えた。

「ふっ、これぞシナジーってやつよ。お互いに進化したのさ。まあ、まだ坊主にはちぃーっと早いかもな」

 ……いや、どっちかっていうと退化かもね。うん。

「なんか、この二人もう嫌ぁぁぁぁ!!」

 泣きながら去って行くマルス。

「あれま、ちょっと可哀想だったかもね」

 あまり本気じゃなく、私はそう言った。

「ふん、このくらい虐めた方がいいのよ。足りないくらいだわ。全く、この国にはロクな男がいないからさ。大体、根っこは腐っているんだから……」

 大きく紫煙を吹き出すマリー。

 ……何か嫌な事でもあったのか?

「ふーん、まあ色々いるわなぁ。城仕えなんかしてたら、色々見るでしょ?」

 王族の私が言ったら世話ないけど、おおよそきったないのだよ。あはは。

「現在進行形で汚いもの見てるし、荷担もしてる……」

 ……ん?

「どうした?」

「ああ、なんでもない。独り言。それより、ここから出たら、また髪の毛整えなきゃね。これじゃ長すぎるし」

「いいんじゃない。なんか姉妹みたいで」

「おっ、それいいいねぇ。お姉ちゃん欲しくてさ」

 ……どっかで聞いたぞ、誰かも同じ事言ってたぞ。さっき迎撃したアイツが。

「弟と妹か……姉ちゃん大変だわ」

 思わず苦笑してしまうと、マリーが抗議してきた」

「弟ってアレでしょ? 同列にされるのは……」

 あーあ、可哀想というか不憫というか……。マルスよ、強く育てよ。とりあえず、曲がらずに。

 とまあ、そんなこんなで、場をわきまえないガールズトークは続き、うるさいとたまりかねた看守のオッサンに怒られたのだった。

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