第6話 別荘の悲劇?

 結局、なんとなく寝たような寝なかったような私は、早朝にベッドを抜け出し、目覚ましも兼ねて、別荘裏手の山道を散策していた。マルスは起きない。一応、努力はしたけどね……全く。

 ダラダラ歩く私の後ろには、護衛が二人控えている。要らないと言ったのだが、弱いながら魔物も出るらしい。とりあえず杖も持ってきたし、辺りは森。エルフの領分である。負ける要素はない。

「ふぁーあ……ん?」

 思い切りアクビをした直後だった。すぐ前の茂みから大きな影が飛び出してきた。

「ほぅ、ウォーウルフねぇ」

 私たちの進路を塞ぐように現れたのは、オオカミの一種ではあるが、ちょっとした熊ぐらいのサイズがある。魔物になるのかな。うん。

「姫、後ろに!!」

 すかさず護衛二人が私の前に立とうとしたが、それを片手で制した。

「ごめんね。肩こり酷くて……ストレッチ!!」

 私は一呼吸で間合いを詰め、杖で思い切り一体の頭をぶん殴り、もう一体に蹴りを入れた反動を利用して、再び間合いを開ける。

 思い切り杖でぶん殴った一体は、地面に倒れたまま動かない。あれ、死なない程度に手加減したんだけどな。

「ひ、姫ぇ!?」

 護衛が悲鳴を上げた。

「ああ、大丈夫大丈夫。こんなの故郷じゃ普通だったから」

 すると、残された一体が遠吠えを上げた。

「警戒、仲間を呼んだわ!!」

 ハウリングだ。すると、わらわらとウォーウルフが集まってくる。その数……十体か。ふむ、やっと本気が出せるわね。寝起きの運動にはちょうどいい。

「背中は任せたわ。行くよ!!」

 私は言い残すと、まず正面の一体。

「は!!」

「はい!!」

 護衛たちも戦い始めた。

「ほら、こっちこっち!!」

 適当な木の枝をうんていの要領で次々に渡りながら、ウォーウルフを分散させ各個撃破する。集団になられると厄介なのだ。

「はい!!」

 声と共に、一体叩きのめす。これで三体!!

 残るは七体。はい、次!! ん?

 集結しつつあった七体に、私は杖を向けた。

「どりゃぁ、ぶっ飛べ!!」

 ズドォーンとまぁど派手な音と共に、固まっていた七体が上空かなたにぶっ飛んでいった。ふん!!

 まあ、初歩の爆発系魔法である。こんなの子供のこけおどし程度だが、殺すつもりはないので十分だ。

「さて……」

 だいぶ森の奥まで入り込んでしまったが、もちろん森で迷子になるエルフはいない。魚が水で溺れないのと一緒だ。

 素早く元の場所に戻ると、護衛二人が三体に苦戦していた。まだ残っていたか。ちょっと気配読みの感覚が鈍ったな……

 私は剣を振っている護衛の列ではなく、ウォーウルフの背後に回り込んだ。

「退いて!!」

 私の声に、護衛たちは反射的な速度で距離を開けた。すかさず、そこに爆発魔法を叩き込んで吹き飛ばす。かくて、先頭とも言えない朝の体操は終わった。

「怪我をしていますね。手当を……」

 二人の護衛はボロボロだった。まあ、普通はこうなる。私が馴れすぎなのだ。

「いえ、この程度……」

 護衛たちがなにか言いかけたが、無視してそこそこ強力な回復魔法を使った。

 ほぼ瞬時に傷は塞がり、ボロボロになった鎧や衣服以外は綺麗そのものだ。ちなみに、出てくるときにマリーがセットしてくれた髪型は「オクテット・フェザー・ウィンドノット」。魔力特性的には回復や防御に特化したものだが、威力は低くなるが、ご覧の通り攻撃魔法もちゃんと使える。なにも問題はない。

「おーい、ミモザー!!」

 おっ、ようやくご到着か。爆発魔法で異変に気が付いたか、マルスが残り全員の護衛と、なぜかマリーと愉快な仲間たちまで連れてきてしまった。

 ほどほどの距離まで接近した時、私はスタッっと地を蹴って跳んだ、そして………」

「はっ!、ほっ!!、来るの遅いわぁ!!!」

 着地ざまにマルスに杖で三連撃を浴びせてしまった。

 まともに食らって、地面に崩れるマルス。護衛はもちろん、マリーまで呆気にとられている。

「あ、あはは、つい癖で……」

 どんな癖だ!!

「い、いや、素晴らしい。もし、お時間を頂けるようでしたら、是非、私にもご教示願いたいのですが……」

 至って真面目に警備隊長が言った。

 ……おいおい、足下のマルスは無視かい!!

「今時の侍女は戦えねばなりません。私も……。皆さん。よろしいですね?」

 マリーの声に、うなずく仲間たち二人。そして、こちらもマルス無視。なにか、可哀想である。

「とりあえず、マルスの手当を……」

 仕方ないので私が彼に触れてあげたのだが……。

「そんなのどーでもいいです」

「あとで運んでおきます!!」

 ……ひでぇ。

 結局、合わせて六人に半ば引っ立てられるようにして山を下り、いきなり武術教室が始まる事となってしまった。


「イタタタ……」

 ウォーウルフに食べられそうになっていたマルスを回収し、別荘の寝室でせっせと回復魔法をつかっていたら、ようやく彼の意識は回復した。

「ごめんね。まさか、あなたが避けもしないで、まともに食らうとは思わなくて……」

「はうぅぅ!?」

 私の言葉に、彼はまた沈んだ。

 ……あっ、やっちゃった。

「おーい、生きてるかー?」

「……」

 返事がない。ただの屍のようだ……じゃなくて!!

「ったく、あんたも男ならシャキッとしなさい、シャキッと!!」

 ……これだから、子供は面倒臭い。

「スネないでよ、もう。そりゃ悪かったとは思っているし、謝るけど……」

「僕、武術苦手なんだ。ミモザは凄いよ……」

 力なく笑みを浮かべるマルス。ったく!!

「馬鹿者、打ち負かしてみなさい。少なくとも、そのくらいの気持ちを持ちなさい。奥さんに負けてどーする!!」

 あーもう、イライラする!!

「奥さん強すぎだもん。あんなのいきなり勝てると思う?」

 ブチッ!!

「おりゃあ!!」

 私はマルスをベッドから叩き落とした。

「とりあえず、その辺キリキリ走ってこーい!!」

「は、はぃぃ!!」

 マルスが寝室からすっ飛んで出ていった。私も後を追いかける。一応、護衛だ。

「本気で体力ないわねぇ」

 別荘から五十メートル。マルスは山道の入り口で、いきなり果てていた。

「いい、山道を走るコツは……」

 マルスを無理矢理立たせ、私は懇切丁寧に走り方のコツを教え……。

「行くよ。もし、私を抜かせなかったら……。そうね、故郷に帰っちゃおうかな?」

 無論帰れないのだが、私はマルスに意地悪してみた。

「それ、ダメ絶対。うぉぉぉぉ!!」

「あれま、やれば出来るじゃないの」

 じゃあ、少しだけ本気出してみますか。私って、わりと厳しいんだな。

 まるで壊れた機械のように坂道を登って行くマルスを、私はサクッと追い抜いて行く。そして、マルスの前に出た瞬間、彼が木の根につまづいて転んだ。

「えっ?」

 結構な速度で走っていたマルスが、私の背中に体当たりする形になり、押し出された私は道路外へ。そこは、ちょっとした崖だった。

「おわっと!!」

 かろうじて転がり落ちる事だけは防いだが、着地した瞬間に両足首に、刺すような痛みが……やっちゃったね。これは。

「ふぅ、どうすっかな……」

 崖の高さは、目算で十メートル弱という所か。登れない高さではないが、痛めた足では厳しい。そして、自分自身には回復魔法は使えない。

「飛ぶか……」

 急な外出だったので杖は持っていない。杖は魔法を使う時の核になるもの。簡単な魔法ならなくても使えるが、「飛行」の魔法はわりと高度な部類に入る。杖なしでいけるだろうか……。

「いや、やるしかない!!」

 一発奮起して、私は呪文を唱え始めたが……これはなかなか。

「でぇい!!」

 気合い虚しく、魔法は見事に暴走した。私の体は一気にどこまでも高みに向かって突き進んでいく。眼下には綺麗な景色が……って楽しんでいる場合じゃない!!

「うわっ、シャレになんない!!」

 ここから落ちたら、恐らく原形も留めないないだろう。しかし、降下しないと多分死ぬ。

私は恐る恐る魔法を制御して降下に入った。

「あーもう、言うことを聞け!!」

 まさに、乱降下だった。上がったり下がったりを繰り返しつつ、徐々に高度が下がって行く。生きた心地もしないとはこの事だ。

 どうにかこうにかあの山道に下りると、私は地面にへたばってしまった。歩くのは難しいだろう。ちっ、痛い目を見たな……。

 なんて思っていると、顔を涙でクシャクシャにしたマルスが体当たりしてきた。……痛い。

「ごめんなさい。そんなつもりでは……」

 当たり前だ。狙ってやったら、今頃消し炭にしている。

「あー、もう分かった分かった。悪いけど、救援呼んできて。両足やっちゃって歩けない……」

 あー、情けない。

「えっ、大丈夫……じゃないよね。今すぐ行ってくる!!」

 猛ダッシュで去ったマルスの速さは……あれ、なんか異常じゃないか? やれば出来るじゃん。もう!!

 こんなところを魔物に狙われたら面倒なので、私は魔除けの結界を張った。完全ではないが、大半の魔物は寄せ付けないはずだ。

 しばらくして、マルスは護衛の一人を連れて帰ってきた。結界を解除し、片方の肩を護衛に、もう片方をマルスの肩に預け、ゆっくりと歩いて下りていく。当然、痛めた足首が痛むが弱音は吐けない。

「なんか、ごめんね。焚き付けておいてこれじゃ世話無いわ」

 護衛がいるが、そんな事はお構いなしに、私はマルスに言った。そして、ちょっとドキッとした。……ふむ、一端に「男」の顔も出来るのね。ただのガキかと思っていたら……。


 苦労して下山して別荘に入ると、侍女チームがリビングで治療の準備をして待っていた。

「これは……骨まで折れていますね。少し……いえ、かなり痛みます」

 怪我の様子を魔法で調べていたマリーが、少し顔をしかめてそう言った。

「そうしないとどうにもならないし、想像を絶するほど痛いのは知っているわ。骨折はこれが初めてじゃないから。それより、魔法を使えるの黙っていたとはねぇ」

 私は小さく笑った。なにが魔法は使えないだ。見抜けなかった私も私だけど。あれだけ髪の毛が短くなっても、ちゃんと使えるから凄い。

 ああ、それより、回復魔法には回復痛が伴う。骨折となると、場合によっては気絶するほどの痛みがあるのだ。覚悟はしていたが、やはりキツいな……。

「私がついています。キツかったら握って下さい」

 マルスがそっと私の手を取った。まあ、いてもいなくても痛いものは痛いのだが……。それを言ったら、世の中終わりである。さて、いくぞ!!

「では、失礼します。痛かったら右手上げて下さいね」

 こんな時に、お約束はいらん!!

 そして、始まった。地獄の時間が……。

「ぐっ……!?」

 魔法の生温かい気配を感じた途端、表現しがたいほどの痛みが全身を駆け抜けた。泣いているわけではないのだが、勝手に涙がこぼれ出る。マルスの方が私の手を握った。

 体感的には永遠に、実際は数分間の時間は終わった。

「お疲れさまでした、治療完了です。骨がくっついたばかりなので、今日一日は大事を取って、別荘内でゆっくりして下さい」

 マリーに言われるまでもない。もはや、外に出る気力などない。

「……そういえば、骨折を治せるような高位回復魔法を使えるなんて、大したものじゃない。どこが「魔法は使えない」よ」

 もはや、外行きのキャラを作るのも面倒で、私は素直にそう言った。

「侍女の嗜みです。この程度は使えて当然です。魔法を使えるうちには入りません」

 マリーが当たり前のように言った。うむ、さすが「魔法大国」。やるわね。

「それよりも、マルス様。ミモザ様を崖下に突き落としたそうですね……」

 マリーが殺気を込めた視線でマルスを睨む

「ひぃぃ!?」

 痛いって。そんなに強く手を握るな!!

「ああ、それ私の不注意だから。焚き付けたの私だし、単なる不幸な事故よ」

 フォローを入れてみたのだが、マリーはマルスを睨んだままだ。

「事実は事実です。一体何をお考えなのですか? ミモザ様。ここは厳罰に……」

「いや、だから事故……」

 全く聞いている様子がない。

「ミモザ様。お気持ちは分かりますが、罪は罰せねばなりません。私は常に女の子の味方です」

 ……えーっと、どうしろと?

「では、こうしましょう。この別荘の地下には、使われていない倉庫があります。そこに放り込んでおきましょう。衛兵!!」

 戸惑いながらもガチャっと音を立て、立ち上がった兵士を私は手で制した。そして、マリーを「睡眠」の魔法で眠らせる。

「今のは聞かなかった事にしてあげて。疲れていただけよ」

 ちらっと見ると、マルスは半泣きだった。なるほど、静かなわけだ。

「さて、楽しくすごしましょう。私はマリーとちょっと話す。マルスは自分の部屋に引っ込んでいて」

 その声をきっかけに、再び和やかムードになる別荘。マルスは自分の個室にすっ飛んでいった。よし、とりあえず好きなだけ泣け。

「さてと……。『覚醒』」

 私はマリーをそっとソファに乗っけて、膝枕状態にしてから起こした。

「あれ……」

「はい、お疲れさん」

 ゆっくり目を開けた彼女に、私は小さく笑みを送った。

「あ、あれ、私はなにかとんでもない事を……!?」

 珍しく、マリーの顔色が真っ青になった。

「魔力切れによる一時的な錯乱状態ってやつね。そんな髪型で無茶するから、無駄に魔力消費しちゃったのね。全く、王族の坊や泣かせちゃったわよ」

 私はわざと意地悪く言ってやった。

「ええっ、そそれは、えっと!?」

 跳ね起きようとしたマリーの胸を押さえ、私は強引に膝枕状態を維持した。

「まだ動くなって命令。あれだけ魔力を使ったら、早くても二時間は回復に掛かる。その間、こうしていてあげるからゆっくり寝てなさい」

「ああ、そういえばこんな格好で!? あの、その辺で適当に寝ますので!!」

「『睡眠』」

 またも、こくりと落ちたマリーにそっと手を当て、私は「魔力譲渡」の魔法を使った。これで休めば大丈夫のはずだ。

「さて、これが終わったら、次はマルスか。この二人の間に変なしこりを残さずか……。まともになったマリーに謝らせよう。それしかない」

 私は大きくため息をついたのだった。


 その時は思いの外早く来た。目を真っ赤に腫らしたマルスがリビングに来るのと、マリーが目覚めたのはほぼ同時だった。ピキーンと音すら立てて空気が固まる。ふぅ……。

 言葉を切り出そうとした私だったが、それは不要だった。マリーがマルスに向かって最敬礼を取った。

「先ほどは大変無礼な働きをしてしまいました。いかなる罰でも謹んでお受け致します……」

 マリーの声は、涙声だった。

 これには私だけではなく、マルスも驚いたようだった。あのマリーが……。

「えっと、あの、こういうの馴れていないんだけど……。ミモザ、どうしよう?」

「私に聞くな!!」

 お前は仮にも王族だろうが!!

 そんなアホな会話をしている間も、マリーは最敬礼の姿勢を崩さない。ちょっとだけ、肩の辺りが震えているのは……野暮だな。

「えっと、あの、別に気にしてないからいいよ、むしろ、この状況の方がキツい……」

 ……やれやれ。

「マリー、私が口を挟む場面じゃないんだけど、肝心のアレがあの調子だからいいんじゃない?」

 一応、当事者と関わりがあった人間として、私は諦めて口を挟んだ。

「い、いえ、そういうわけには……」

 ふむ、納得いかないか。どーすっかな。

「なにかさせるっていっても、マリーって無敵だからなぁ。かといって、私の元から離れられても困るんだよねぇ。服選んでもらって、髪の毛セットしてもらうの馴れちゃったし……」

 もちろん、あんなことをしたら普通は死罪だが、ここは王宮から離れた別荘だし、なにより私が困る……よし。

「分かった。マルスの坂道百本ダッシュに毎朝付き合う。これでどう?」

 なんだか、ふと過ぎった事を言ってみた。

「へ?」

「はい、かしこまりました」

 マルスが泣き、マリーが納得した瞬間である。

「ちょ、ちょっと、ミモザ様!?」

 マルスがすっ飛んできたがもう遅い。ナヨナヨ決めかねているあんたが悪い。

「マリー、手加減無用よ。徹底的に仕上げてね」

「はい!!」

「うそー!?」


 エルフ嘘つかない。うん。

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