第5話 別荘の夜(初日)

 王宮には専属のコックがいて、王族の食事を提供するというのが、一般的である事は知っている。当然、この国もその例に違わずといったところなのだが、今回はあえて連れてきていない。

 なぜなら、私の故郷では専属コックなるものはなく、主に一番末っ子である私が料理当番だったからだ。王宮では我慢するが、こういう機会くらい好きにやらせて欲しいと、国王様に願ったところ快諾された次第である。

 そんなわけで、本日の夕食はエルフ料理のフルコースだ。侍女組三人も興味があるらしく、私の手さばきと食材を興味深そうに見ている。

 護衛八人に侍女三人、そして私とマルスの二人で十三人分か……。これは、腕が鳴るわね。ちなみに、従者が王族と同じ物を食べる事など、本来は絶対にあり得ない事ではある。そのくらいの常識はあるが、これも好きにやらせてくれの一部だ。まあ、固いこと言うなよっとね。

「あの、本当によろしいのですか?」

 ニコニコしているマルスと並んで、冷や汗をかいてガチガチの警備隊長が、微妙に声を震わせながら聞いてきた。

「構わないですよ。ミモザがいいと言っているのです。僕にも異存はありません」

 忙しい私の代わりに、マルスが外行きの言葉で警備隊長に言った。

「きょ、恐縮です……」

 ……あーあ、そんなビビらなくても。って、無理か。

「はい、スープ上がったよー」

 エルフの食事は、基本的に植物が中心だ。もちろん、肉料理や魚料理もあるが、まずは薬草をふんだんに使い、薬膳効果も期待出来るシンプルなスープである。癖が強い薬草をどう組み合わせるか。これが肝だ。

 ここで侍女魂が炸裂したか、お皿を運ぼうとした三人組だったが……。

「これは命令。あなたたちもテーブルについて。今日ぐらいはお客様でいてちょうだい」

 そう、これは私のストレス発散でもある。少し我が儘を言ってみた。

「えっ?」

 代表してマリーが声を上げた。

「明日からはバリバリ働いてもらうから、今日くらいは私の我が儘聞いてちょうだい。まあ、気持ち悪いだろうけどね」

 小さく笑うと、心なしか落ち着かない様子で、侍女組もテーブルについた。さて、これから忙しくなるわね。

 料理をサーブしていくのも馴れたものだ。サササッと済ませ、次の料理が出来る合間に自分も料理を口にする。……うーん、ちょっとダメかな。八十点。

「お、王族にしておくのがもったいない……」

 こそっとマリーがつぶやいた声を、私の耳はしっかり捉えていた。だてに耳が長いわけではない。フフフ。

「さぁ、どんどんいくわよ!!」

 最初はガチガチだった連中も徐々に溶けはじめ、別荘初の夕食は和気あいあいとしたものに変わっていく。ふぅ、どうなるかと思ったけど、成功かな?

 ちなみに、本来提供すべきワインはない。大人連中は「職務中」ということでアルコールは飲めないし、マルスはまだ成人していない。私だけ飲むのも気が引ける。そういうことだ。

 最後のデザートを出したあと、私はキッチンに置いてあった小さな椅子に座って大きく息をついた。終わったぁ!!

「お疲れさまでした。初めての味でしたが、美味しい料理でした」

 マリーと愉快な仲間たちがキッチンにやってきた。代表して、マリーが声を掛けてくる。その目には何か炎がともっていた。

 ……な、なに?

「あの、エルフ料理のレシピみたいなものはありますか?」

 侍女の一人が問いかけてきた。

「え、ええ、私が開発したものでよければ……」

 私はパチッとフィンガースナップして空間に「ポケット」を開き、中から……うっ、重い!!

「よいせっと!!」

 ドスッと床に置いた紙束は、膝くらいまでの高さがあった。

「こ、こんなに……」

 もう一人の侍女が目を輝かせた。

「もういっちょ!!」

 ドサ!!

「こ、ここまで……さすがです」

 マリーがニヤリとなんか怖い笑みを浮かべた。

「まあ、暇だったから。必要ならあげるわよ。エルフ語だから読めるか分からないけれど……」

 普段使っている言葉や文字は共通語だが、自分が使う料理メモまでそれである必要はない。当然、エルフ語と人間の間では呼ばれている言語なのだが……。

「もちろん大丈夫です。これでも、他種族語に精通しております。特に、エルフ語は王宮勤めには必須ですから……」

「本当に頂いてよろしいのですか?」

 もう一人の侍女が言った。

「いいわよ。全部覚えているから。ああ、バツがついているのは絶対ダメ。場合によっては、命に関わったりするから……」

 そう、薬草を多用するエルフ料理は危険もある。毒で死にかけた事は数知れず。見たことがない変なキノコを使った時など、一週間ほど変な生物に姿が変わってしまい、危うく餓死するところだった。食べるに食べられず、気持ち悪いからと、城の地下牢に放り込まれていたのである。酷い話しだ。

 とまあ、色々経験しているのだ。ほら、私って野生児だから。

「分かりました。では、頂戴致します」

 クソ重いはずのレシピ集二つを愉快な仲間たちが軽々持ち上げる様は、なんというか……凄いの一言だった。

 こうして、初日の夕食は無事に終わったのだった。


「うん、寝られん……」

 なにせ隣にはマルスがいる上に、キッチンの方からはマリーと愉快な仲間たちが、熱心にエルフ料理の検討をする声。最悪の環境だった。

「さっきの料理にカルモでも入れておけば良かった」

 カルモとは薬草の一つ。鎮静効果がある。

「全く、コイツときたら……」

 寝る子は育つという歳でもあるまいし、マルスは私を置いてただ今爆睡中である。あれだけ昼寝したのに、お前は猫か!!

「昼のお返ししてやるか……」

 私は寝息を立てているマルスを思いっきり抱きしめ……いや、締め付けてやった。

「……ぬぅ、効かないか」

 この程度妨害にもならないらしい。マルスは全く動じず、とにかくひたすら寝ている。コイツ……濡れタオルでも顔面に置いてやろうか?

「はぁ、『睡眠』の魔法って、自分には効かないのよね……」

 それなりに魔法は使えるのだが、よくある便利魔法の「睡眠」で、自分を寝かせる事は出来ない。その辺の原理を細かく説明する気にはならないが、そういう魔法が結構多い。「回復魔法」もその一つ。便利で不便、それが魔法だ。

「はぁ、頑張って寝よ……」

 布団を深く被ったその時、うなり声と共にとなりのマルスが私の手を強く握ってきた。

「!?」

 慌ててそちらを見ると、変な夢でも見ているのかうなされている。

 あー、ビックリした……。

「やれやれ……」

 思わず苦笑してしまいながら、私は彼をそっと抱きしめた。

 まっ、こんなもんでしょう。今の私たちは。

 しっかし、眠れぬ!!


 これが、別荘の初日だった。夜は更けていく……。

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