第4話 別荘へ

 ガッチガチの城内。近い将来の旦那であるマルスとは、日課である中庭散策と食事時くらいしか顔を合わせる機会がない。

 政略結婚に愛情は要らぬ……とはいえ、もちっと仲良くなっておきたい。これは、当然の欲求だろう。

 それを知ってか知らぬか、城近くの別荘に行く機会が与えられた。

「ミモザさ……ミモザはそこに座っていてくだ……ね。今すぐ準備します」

「あんまり無理しないで。話したいように話していいよ」

 こんな事で苦労させるのは不本意だ。「様」だけはやめて欲しいけどね。なんか痒くなるから。

「では……。ミモザ、あんたねぇ。荷物が多すぎなのよ。まあ、選ぶ楽しみがあって燃えるけどさ」

 ……あっ、本当に壊れた。

「ああ、ごめんごめん。世話掛けるねぇ」

 私も合わせて崩してみせる。こりゃ気楽でいい。

「なに、気にしないで、それが私の生きがいだから。いくらでも頼っていいわよ!! ……はっ!?」

 いきなり、マリーがひれ伏した。

「たたた、大変申し訳ありません。つい、調子に乗ってしまって……」

「いいっていいって。もっと壊れなさいって、命令しちゃおうかな?」

 私は意地悪く言って、自分の手荷物を纏めていく。まあ、魔法書と細々したものだけだが……。

「はい。では、自然な口調で失礼します……。さて、一週間だって? どんなのがいいかねぇ……。ああ、ベッドは一つだけど、寝間着一つまでファッション。抜かりはないから安心してね」

 マリーが人間離れした動きで、ガンガントランクに荷物を詰めながら言う。へっ?

「ベッド一つなの?」

 今さらながら、私はマリーに聞いた。

「当たり前よ。あそこは……まあ、いいわ。まともにキスすら出来ないあなたには、全然関係ないから」

 ……ほぎぉ!?

「なによぅ、キスなんて出来なくたって、出来なくたって……」

 うぐぐ、負けるか!!

「人間年齢に直すと一千七百十二才。さすがにヤバいわよ。エルフ年齢に直したって、えと……二十代でしょ?」

 ごふっ!!

「や、やるわね、マリー……」

 言葉の破壊力は、時にどんな武器よりも鋭くダメージを与える。コイツは効いたぜ。

「全く、王宮育ちはこれだから……。まあ、いいわ。これ以上やると死んじゃいそうだから……」

 ……はい、もう死にそうです。HP表示が赤くなってます。

「マリー、一つ聞くけど、私に恨みはないわよね?」

 震える足にカツを入れ、マリーに聞いた。

「もちろんないわよ、このスットコドッコイ。むしろその逆だから、本気で心配しているのよ。余計なお世話なんだけどさ」

 ……スットコドッコイって、本当に使う人いた。

「よし、完了。そっちは?」

 こちらはとうの昔に準備完了している。黙ってうなずくと、マリーは巨大なトランクを三つ持ち、静かに告げた。

「ミモザ様、参りましょう」

 部屋から出れば王女と侍女だ。これは、致し方ない。

「分かりました。行きましょう」

 彼女が選んだ外行きの衣装をサッと直し、私は部屋の外に出たのだった。


 ガタガタと馬車が行く。編成は五台。先頭は護衛の兵士四名、私たちが乗る二台目、マリーを含む従者が乗る三台目、荷物を積んだ四台目に、最後尾はやはり護衛車だ。

 たかが別荘に行くだけでもこの騒ぎ。王族って不便なのよねぇ……はぁ。

「ねぇ、この国はどう?」

 馬車には二人、プライベートモードのマルスが、リラックス状態で問いかけてきた。

「そうね、昨日今日じゃまだ分からないけど、多分凄いと思う」

 特に侍女が……とは言わないでおく。

「凄いかぁ。僕は他国の事はよく分からないから、着いたらエルフの王国について教えてよ。すっごい気になる」

 マルスが目を輝かせながら言う。

 ……そんなに面白い話しあったかなぁ。イノシシ対策の罠をイタズラしていたら、うっかり引っかかって、三日後に救助されたくらいか。しかも、つい最近。

「そういえば、『お風呂』ってあるんだって? エルフってお湯に浸かる習慣ないから、ちょっと楽しみかな……」

 マルスの目が輝いた。

「ホント? じゃあ、一緒に……」

 反射的に、右手がグーパンチを放っていた。

 あ……。

「ごめん。生きてる?」

 完全に目を回しているマルスに問いかけたが、当然返事はない。

 まあ、そんなこんなで、私たちは無事に別荘に到着したのだった。


「ほぅ、これが別荘だと……」

 城の部屋とまではいかなかったが、ここもなかなかの豪華っぷりである。少なくとも、故郷の城より立派だ。

 荷物の運び込みを二人の侍女に任せ、マリーが別荘の施設について説明してくれる。リビングはリビング、寝室には巨大なベッド。まあ、この辺はいいとして、なんでトイレが七個もあるんだ? まあ、いいけど。

「荷物の運び込みが終わりましたので、私たちは従者控え室におります。ご用の際はお申し付けください」

 マリー率いる侍女集団が引っ込み、マルスと私は二人きりになった。滞在予定は一週間。私としては、この間にマルスとの距離を少しは縮めておきたいところである。

「さて、どうしようか?」

 マルスに問いかけられ、私は困ってしまった。

 なにも考えていなかったな。そういえば……。

「うーん、お姉さん的には、ここは男の子にリードして欲しいかな」

 投げられたボールを、そのまま投げ返す私。ちょっとズルイ物言いである。

「うーん、じゃあ昼寝!!」

 危なくすっこけそうになった。なぜだ!!

「あ、朝早かったからね。いいよ」

 なんとか持ち直し、私はそう返した。

 まあ、なんとなく眠いからいいけど……そうきたか。

「じゃあ、行こう!!」

 マルスに手を引っ張られて寝室に入ると、そのまま二人してベッドにダイブ!!

 これはこれで、なかなか気持ちいい。

 そのまま仰向けに転がると……マルスが私の体にへばりついてきた。

「ちょ、ちょい待った……って、寝るのはやっ!?」

 マルスは推定五秒くらいで寝息を立てていた。どうでもいいが、ギューギュー体を締め付けるのはやめい!!

「ちょ、ちょっと、もう少しソフトタッチで!!」

 嫌なわけではなく、メチャクチャ苦しいのだ!!

「こらぁ!!」

 こうして、夕食まで私の苦闘は続いたのだった……シクシク。

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