第3話 猛獣使い 爆誕

 翌日の朝食後、私とマルスは城の広大な庭園を歩いていた。さすがというか、よく整えられている。もちろん、マルス付きの侍女二人と私付きの最強侍女こと、マリーも同行している。

 ちなみに、今日の衣装を一言でいえば……お姫様です。はい。髪型はロステット・マール。かつて、この地で活躍した魔法使いにあやかった、これまたややこしい通好みの作品だ。

「いかがですか、この城の庭は?」

 着飾った様子でマルスが言う。ふふーん、少しイタズラしてみようか。

「ええ、とても素晴らしいですね……」

 なんて事を言いながら、私はそっとマルスの前に回り、その顎に右手の指をかける。

「え!?」

 一瞬慌てた様子を見せたマルスに、ゴチっと例のヤツを一発。いたた……。

「はい、ストップ!!」

 マリーから声が掛かった。

「ミモザ様、ただ今の行動は攻撃でしょうか? でしたら、もっと確実に……」

「えっ? キス……」

 まだ式は挙げてないし、正式ではないけれど、旦那(予定)を殺す理由は……今のところない。

「なるほど……。お二人とも、まだ経験がないご様子。僭越ながら、私がご指南させて頂きます。あなたたち……恋仲である事は知っているのですよ?」

 マルス付きの侍女二人が、ぴくりと肩を振るわせた。

 ……え、えええ!?

 実のところ、王族ではこういう事は珍しくないのだが、侍女が??

「手本となるか、昨夜の失態の『お仕置き』を受けるか、選択して下さい」

 よほど「お仕置き」とやらが嫌だったのだろう。凄まじい早さで私たちの前に来ると……あれ、全然違うじゃないの。

「このように、スキンシップの基本となります。ヘッドバッドではありません。あれでは、愛情を確認し合う行為ではなく、戦闘開始のゴングです」

 私とマルスは肩を落としてしまった。マルスはともかく、私なんて人間年齢一千七百十二才だぞ。恥ずかしいったらない。

「そして、この先ですが……」

 マリーは私にそっと耳打ちし……私はガックリとその場に崩れ落ちた。

 ……無理無理無理!!

「せっかくですので、手本を……」

「いや、いいわ。多分、ショック死するから」

 私は慌てて止めた。だって、あんな事やこんな事されてみろ。見る事すら出来ないぞ。多分!!

「そうですか。これからが本番なのですが、かしこまりました。あなたたち。すぐに離れなさい!!」

 マリーの声と共に、二人はパッと離れる。当然だが、その顔は当然だが、熟れすぎて腐りそうなリンゴみたいに真っ赤だ。

「ごめんね、お二人さん。ありがとう」

 私が声をかけると、なぜか二人揃って最敬礼で地面にひれ伏した。

 ……おーい。やりにくいぞ!!

「お見苦しいものをお見せ致しました。実際にご覧頂く方が早道でしたので」

 マリーも敬礼する。

 ……うむ、こうなったら!!

 恥ずかしいが、こうしないと収まらない。

 思い切り赤面しながら、マルスの顔をぐいっと私の方に向け、そして……。

 ゴキャ!!

 過去最大級の痛みが顔面を襲った。なんでやねん!!

「……今度は世界大戦級のヘッドバッドですね。これは、要トレーニングかと……」

 マリーの淡々とした声を聞きながら、気絶したマルスを地面に放り捨て、私は空を仰いだのだった。


 私は鼻に絆創膏を貼ったマルスと、楽しく夕食を囲んでいた。

 とりとめない話しではあったが、なにもイチャイチャするだけが全てではない。二時間ほど会話を楽しんだ後、私たちは食事の席を離れて、それぞれの部屋に向かった。

 今はこれでいい。これ以上の事は、まあ、おいおいやるとしてだ。部屋が離れているのは不便だな。やはり。

「あのさ、新参者が言うのもなんだけど、マルスの部屋を知らないっていうのもどうかと思うし、離れているのも面倒かなと……」

 私は少し後ろを歩くマリーに言った。

「はい、お気持ちお察しします。ですが、マルス様はまだ十二才です。興味本位で何をされるか分からないです。昨日も夜這いを掛けようとしました。これは、安全策とお考え下さい。それと……」

「それと……?」

 私が聞くと、マリーはしばらく無言だったが、本気で申し訳なさそうに言った。

「大変失礼な事と承知で申し上げます。あの区画は私の担当でして、どうしてもミモザ様にお住まい頂きたかったのです。純血のエルフにお会いするのは、これが初めてでして……」

 ……あー、なるほど。よく分かる。

「いいわよ。足の裏から耳の裏、頭のてっぺんまでじっくり観察して頂戴。人間と大差はないけどね」

 私は小さく笑った。好奇心旺盛なのは、それを適切に制御出来れば悪い事ではない。

「ありがとうございます」

 本当に嬉しそうに笑みを浮かべるマリー。

 まさか、解剖したいとか言い出さないだろうな……。

 一抹の不安と共に、私たちは部屋に戻ったのだった。


「なるほど、極端に美形である事と耳が長い以外、特に人間と変わった所はないようですね……」

 なにやら熱心にノートにメモっていたマリーが、大きく息をついた。

 まさか、本当に「モデル」をやることになるとは思わなかった。お陰で、私は今バスタオル一枚である。なかなかの度胸。気に入った!!

「ありがとうございました。そして、大変失礼を致しました。この罰は謹んでお受けいたします……」

 うーん、バスタオル巻いただけの私に、本気でひれ伏せられてもなぁ。

「分かりました。罰として、あなたを強制的に「友達」に格上げします。格下げかも知れないけど意義は認めません。いい加減、ため口で話しましょ」

 私は小さく笑った。

「え、えええええ!?」

 よほどの事だったのか、マリーは床から跳ね起きた。

「驚く事もないでしょ。いちいち面倒だし。ああ、ミモザって呼び捨てでもいいし、何ならミーちゃんでも……」

「ミーちゃん!?」

 ……からかうと面白いわね。

「まあ、好きに呼んで。はぁ、肩こりの原因が一つ取れた」

 苦手なのだ、要するに。王族らしく振る舞うことが。

「あの、ミモザ様……」

「はいはい、『様』は不要!!」

 ……まっ、すぐには直らんわな。

「み、ミモザ……これは、侍女的には死ねと言われたも同然の罰です……」

「そうなの?」

 そこまでか??

「はい……友達だなんて、そんな恐れ多い事を……」

 あーもう!!

「命令じゃなくて『お願い』。私の寝間着と、あなたの服を選んできて」

 マリーが困惑の表情を浮かべた。

「ミモザさ……の寝間着は分かりますが、私の服ですか?」

「いいから持っていらっしゃい。ダッシュ!!」

 まるで主人に合図された犬のように、マリーは巨大なウォークインクローゼットに飛び込んだ。そして、数秒で飛び出してくる。早い!!

「あの、こんな感じで……」

 私の寝間着はどうでもいいとして、マリーが持ってきたのは青を基調としたワンピースだった。

「はいこれプレゼント。ラッピングも出来ないけど、未使用だから安心してね。まあ、友情の印って事で」

「ええ!?」

 マリーは文字通り飛び跳ねた。

「別に驚く事じゃないでしょ。そんな高価なものじゃないし……」

 マリーが持ってきた服は普段着。そんなものにお金を掛けたりはしない。儀礼用は、さすがにそうはいかないけどね。

「値段の問題ではなく……侍女が主から頂くなどと……」

「あら、その主を観察しまくったのは誰かしら?」

 マリーの動きが止まった。ダラダラ冷や汗をかいている。

「そういうこと。今さらなに言っているのよ。ほら、今度はあなたの番ね。服を着たら鏡台の前に座って」

 今まで見たことのないような慌てぶりで取ってきた服を着ると……ほう、さすがにセンスがいい。

「はい、お客様こちらへ~」

 わざとおどけて言うと、マリーはおっかなびっくり鏡台の椅子に座った。さて……今でもショートだが……。

「魔法使いではないみたいだし、思い切ってバッサリいっちゃうか」

 魔法使いには特有の「匂い」がある。マリーからはそれが全く感じられない。

「はい、体術や武器の扱いには自信がありますが、魔法は……。ミモザさ……のお気に入りでカットしてくださって構いません」

 よし、行くか。

「あなたほどじゃないけど、私もそれなりに自信があるのよ」

 私は鏡台の引き出しから、ハサミを取り出した。


 どうしてこうなった?

 そこにいたのは、丸刈り坊主の女の子だった。

「ごめん。今髪の毛を急速再生して……ん?」

 慌てて魔法を使おうとした私の手を、マリーは掴んで止めた。

「これでいいのです。友情の証ということで」

 小さく笑うマリー。マジか!!

「いやでも、さすがにこれは……」

「いいのです。さて、夜も更けてしまいました。そろそろ休みましょう。私は部屋前で待機しております。何かありましたらお声がけ下さい。

「あっちゃぁ、余計な事しちゃったわね。絶対怒ってる……」

 マリーが扉の向こうに消えると、あたしは頭を抱えた。

 魔法使いじゃなくても、髪の毛は女の子の命。なんてことしたんだ!!

「はぁ、さすがに落ち込む……」

 ズルズルとベッドに向かい、そのままボフッと横になった。


 この一件がきっかけで、今まで誰にも扱えなかった猛獣をあっという間に飼い慣らし、服従の証に頭を丸刈りにしたという噂が城内を駆け巡り、私は畏れられる存在となったのだが……それを知るまでは少し時間が必要だった。

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