第2話 新天地に到着 そして……

 エルフの王家から人間の王家へ……すなわち、私は「全エルフ代表」として見られる事になる。さすがの私も変な事は出来ない。

 一般常識に従った到着の挨拶を行い、温かく迎え入れられたあと、私とマルスは侍女をを引き連れて私室に向かった。

 王族というのは、基本的に夫婦でも別室である。まして、私はまだ正式に結婚すらしていない、ただのエルフだ。同室で過ごす事などあり得ない。

「だいぶ絞ったけど……。もうちょっと持ってきても良かったわね」

 私の部屋にせっせと設置されていく荷物を見ながら、思わずつぶやいてしまった。

 予想に反して、私に与えられた部屋は広くて豪華だった。なんと、寝室とリビングが別だ。故郷の城よりかなり立派である。

「部屋の準備が整うまで、城内の案内をします。こちらへ……」

 すっかり外行きの言葉に戻ったマルスが、にこやかに私をリードした。着ている服に合わせて、荷物の中から儀礼用の派手なだけの杖を引っこ抜き、侍女を三人ほど連れてのちょっとした冒険に出発した。

「うわぁ‥‥コホン、失礼」

 思わず「素体」が出そうになってしまい、私は慌てて居住まいを正す。目の前には恐ろしいほどの宝物。そう、ここはそのまんま『宝物庫』だった。

「これと同じくらいの部屋が。あと十部屋ほどあります。お好きですか?」

 小さく笑みを浮かべたマルスが聞いてきた。

「光り物が嫌いな人間は、そうそういないと思いますよ。ああ、もちろんエルフも」

 ‥‥あっ、しまった。心の声が正直に。

「これはまた率直な反応を、ありがとうございます。僕も好きですよ」

 ‥‥あはは。

 とまあ、こんな調子で城を一通り回った頃には、すっかり日も落ちていた。

「そろそろ夕食も出来た頃でしょう。着替えてきます」

「では、私も‥‥」

 途中でマルスと別れ、侍女を一人従えて自分の部屋に行くと、荷物の整理はすでに終わっていた。

 何でも自分でやる癖が身についているので、さりげなく入ってきた侍女が服を見立て、着替えをさせてくれるというのは、どうも全身がむず痒くなる。「いいから‥‥」と言っても聞かないのだ。これがお役目とまで言われたら、私も文句は言えない。

「いかがでしょうか?」

 持ってきた覚えのない姿見をカラカラと私の前に寄せ、侍女が聞いた。

「気に入ったけど、いいところのお嬢様みたいね」

 なんかこう可愛いリボンまでついちゃって、部屋着ではないが外行きほどガチガチでもないという、あたしがそこにいた。こんな服持っていたっけ?

「いいところのお嬢様どころか、王女様ですから……」

 いかん、侍女殿に苦笑されてしまった。

「あと、思い切って髪型を変えてみましょう。せっかくお綺麗な髪をなさっているのですから……」

 シャキーンと音すら立てそうな勢いで、侍女殿の両手にハサミやらなにやら……が出現した。

「えっ、これでいいですよ」

 腰まで伸ばした金髪は、取り立てて手入れなどしたことはない。面倒だし。

「ダメです。手抜きと怒られてしまいます。それでは、失礼します!!」

 その動きは、目で追えなかった。あっという間に私との間合いを詰め、侍女は髪の毛にクシを通しはじめた。コヤツ……出来る!!

 なお、後で知った事だが、私についたこの侍女は文武両道で、凄腕の騎士を片手で捌ける腕を持ちながら、こういったことも数々の賞を受賞している腕前だそうな……。

「魔法使いである事を考えると、髪の毛の長さはあまり変えないで、こうアップにして……」

 うっ、完璧な知識!! 魔法を使う者にとって髪の毛は命だ。様々な魔法の媒介となるので、五センチも変われば感覚がまるで違う。

「ここは一応城内なので、防御や回復に向いた髪型にセットしますね……」

 確かに、こんなところで攻撃魔法はまず使わないだろう。使ったら、楽しいお祭りになってしまう。楽しそうだがやめておこう。

「はい、お待たせしました」

 は、早い!!

「……誰?」

 鏡を見た第一声がこれだった。どう描写していいのか分からないのだが、どっかの王侯貴族のようである……ってまあ、王族だけど。全体的にゴージャスだが、さりげなく編まれた三つ編みがなんか可愛い。留めるリボンは黒で、さりげなく大人さをアピールってか?

「いかがでしょうか?」

 言うことはない。完璧だ。

「フリ・マース法の髪型ね。これを知っているとは、なかなかの通よ」

 全般的に髪型を見回しながら、私は侍女にそう言った。

「はい、少々嗜んでおりますので……」

 笑顔で返してくる侍女。

 フリ・マース法とは、魔法使いの髪型の一つだ。魔力増強効果があるが、攻撃系の魔法の威力が半分以下に落ちる。その代わり、回復系や防御系は四倍以上の効果に跳ね上がるという代物で、その癖の強さゆえにエルフの間ですらすっかり廃れてしまった。これを使う人間がいるとは……。

「さて、お食事です。このお城では、ご家族全員が集まってという形式ではなく、好きなときに好きなように食べて頂く形式となっております。行きましょう」

 侍女殿に促され、私はそっと部屋を出た。あっ、マルスの部屋知らないや……。

「マルス様でしたら、先に食堂でお待ちだと思います。ここから少々離れたお部屋ですので……」

 離れているのか……まあ、しゃーない。新人の私が文句を言えた義理はない。

「さて、行きましょう」

「はい」

 こうして、入り組んだ通路を抜け、私たちは食堂に向かったのだった。


「うわぁ、誰かと思ったよ……!! 失礼、誰かと思いました。お似合いですよ」

 食堂で落ち合ったマルスの第一声はこれだった。お約束通りでありがとう。

 ちなみに、彼の格好は……寝間着だった。謎の抱き枕まで手に持っている。食ったら寝る。子供か!! いや、子供だけど!!

「……マルス様がお疲れのようなので、手早く済ませましょう」

 抑えた。よし、何とか抑えたぞ!! ホントは「ヘバッってんじゃねぇ!!」と喚きたかったのだが。

 さて、それはともかく、まあ、それなりだろうと思っていた食事は、恐ろしく豪華で美味しいものだった。

 寝間着のマルスと会話するのも、まずまず楽しかった。

「ああ、そういえば、今夜は僕の部屋に……」

 ゴス!!

 私付きの侍女殿がマルスの脳天に、強烈な一撃を叩き込んだ。い、いいのか?

「ま、マリー。一応、僕は王族……」

 ほう、侍女殿はマリーというのか。しかし、見事な一撃だった。

「承知しております。そして、なりません」

 頭をゴシゴシさすっているマルスに、マリーはピシャッと言い放った。うん、怖い。

「では、僕がミモザの部屋……」

 バキ!! ゴキ!! ドガ!!

 うぉ、鮮やかな三連コンボ!! マルスは倒れた。

「あなたたち、この馬鹿を部屋に監禁しておきなさい。今晩は絶対に出さないこと。もし、失敗したら、五辛くらいで……」

 侍女二人組が青くなり、二人でマルスを担いで食堂から出ていった。たまに遠くからゴリ!! とか聞こえるが……気にしないでおこう。ところで、五辛ってなに?

「では、まいりましょう」

 笑みを浮かべるマリーが怖い。さすがに杖は持っていないが、護衛用の短剣は装備している。しかし、多分勝てない……。

「え、ええ、行きましょうか」

 私が席を立つと、流れるような動きでマリーがやや後ろにつく。もしかしなくても、最強の侍女かもしれない。

 行きと同じ廊下を通って自室に入ると、マリーが出入り口で優雅に一礼した。

「では、私はここで待機しております。なにかご用がありましたら、気兼ねなく申しつけ下さい」

 そして、丁寧にドアが閉じられる。私はその場にしゃがみ込んでしまった。

「あー、なんだか無駄に疲れたわ……」

 結局、マルスと話したのは食事の時だけ。あとは鉄壁のイージスの盾に守られている。まあ、王族なんてこんなもんとは分かってはいるが……

「あーもう、人となりが見えん!!」

 マルスがどんな人なのか分からない。変にマセていたり子供だったりする事は分かってきたが……。

「はぁ、寝るには早いか」

 読みたい魔法書もあるしということで、私は持ち込んだ本棚から分厚い書物を取り出し、机に向かった。これが、私の好きな時間の一つである。

 黙々と読む事しばし、部屋の外で尋常ならぬ音が聞こえた。

「ん?」

 本を読む手を休め、私は部屋の出入り口に向かった。

「どうしたの?」

 ちょうどそこにいたのはマリー……、そして、床に倒れ伏したマルスだった。

「……」

 私は黙って部屋のドアを閉じ、ついでに鍵をかけた。見なかった。私はなにも見なかった!!


 こうして、新天地到着後、初めての夜が過ぎていくのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る