エルフの王女と人間の王子
NEO
第1話 王家の女 その宿命
「はい?」
私は父であり国王でもあるアルファド様(一応、敬称付き)に、変な声で声を出してしまった。
「まあ、人間との友好を築いておかねばならんとな。この国は『借地』のようなものだ。長い目で見れば、いずれ戦争になるやも知れぬ。それは、防がねばな」
……開いた口が塞がらないとはこの事かもしれない。
父王からたった今聞かされた事。それは、この地を治めるサーモバリック王国の王家に嫁げという内容だった。ちょうど、あちらの第六王子が「空席」だったらしく、いつの間にか縁談が纏まってしまっていたようだ。気づかないとは、私としたことが迂闊だった。
「あの、人間との縁談という意味が分かりますよね?」
一応、抵抗を試みてみたが、無駄なのは承知だ。
「うむ、それはすなわち……なんじゃ?」
私は思わずすっこけた。この部屋にいた近衛騎士も同様だ。
「お、お約束……。えっとですね、まず掟により、私はもうこの森には戻れません。『異種族と婚姻した者は、この地に入るべからず』。第二十三条です。昔、駆け落ちした者が暴れたとか暴れないとかで……」
そこはかとなく頭痛を覚えながら、私は一つ目の問題点を告げた。
「えっ、そうなの?」
くぉら!!……失礼。仮にも国王が掟を知らないとは。
「はい……次ですが、もし子供を授かった場合、忌まわしきハーフ・エルフを産む事になります。よろしいのですか?」
私は努めて冷静に父王に言った。
……そう、私はエルフ。人間のサーモバリック王国の領内にある、ささやかな森を領地とするロックウェル王国の第三王女 ミモザ・アルファド。以後お見知りおきを。
「そんなもん、ヤらなきゃいいじゃん……」
私が護身用の短剣の柄に手をかけるより早く、近衛騎士が剣を抜いた。
「国王陛下がご乱心だ!!」
……使える。こいつら。
「殺れ!!」
「はっ!!」
騎士の剣が父王に伸びる。さらば……。
「ふん!!」
剣を抜いた国王が騎士の剣をなぎ払い、私の首元に剣の切っ先を突きつけた。
「甘い。というか遅い!!」
……あれ、こんなに強かったっけ?
「ジジイをナメるな」
再び玉座につく父王。一つため息を吐いてから、私は口を開いた。
「ご存じの通り、私たちは人間と比較すれば大変な長寿です。必ず未亡人になる事が宿命づけられます。その苦労を私に?」
例えば、私が子供産んだとしよう、エルフ年齢なら二二才、適齢だ。しかし、その父親である誰だかは、産む頃には確実に寿命だ。私はハーフ・エルフの子を抱えて王宮内で路頭に迷うわけだ。ハーフ・エルフは人間からもエルフからも良しとされない存在である。
仮に子供が出来なくても、旦那は先に逝く。これは宿命だ。どことも知らない国で故郷にも帰れず、人間単位で何千年も生きるのである。これを苦行と言わず何という!!
「まあ、お前が何を言っても、もう決定事項じゃ。一週間後に迎えに来る。準備は怠らぬようにな」
「……はい」
国と国の関係を考えたら、我が儘言っている場合じゃない。単に、文句の一つでも言わなければ気が済まなかったのだ。
「さて、急がないと……」
猶予期間は一週間。荷物を纏めるだけでそのくらいは掛かる。故郷との別れを惜しんでいる間などなかった。
そして、サーモバリック王家の馬車が、隊列を組んでやってきた。その数は二十台を越えるだろう。その先頭には四人乗りの小さいながらも一際豪華な馬車が……間違いない。ここに私の旦那様が……。
小さな城の前で父王と並んで待っていると、馬車が静かに止まり御者が素早くドアを開けると、馬車から降りてきたのはがちっと正装で固めた……えっ?
「子供?」
いくら異種族の年齢が分かりづらいとはいえ、さすがにこれは分かった。
「やはり、驚きますよね。僕はサーモバリック王国ボーイング王家、第六王子のマルスと申します。気にせずマルスと呼んで下さい」
差し出された手を受けて握手してから、私は恐る恐る聞いた。
「あの、失礼を承知で伺いますが……何才ですか?」
てっきり、オッサン……失礼。いい歳の紳士でも出てくるのかと思いきや……。
「はい、今年で一二才です。まだ一五才の成人の義も済ませていません」
「少々お待ちを……」
私はポケットから、異種族簡単年齢計算尺を取り出した。これさえあれば、たちどころに異種族の年齢が分かる。
「えっと、私がエルフ年齢で二十二だから、人間年齢で千七百十二才か。でマルスが一二……」
ごめん、コケた。盛大に。
と、年の差千七百才!? 仮に同じ人間年齢でやっても十個下!?
……無理だろ。これ。これだから、異種族間結婚は、もう!!
「アルファド陛下。此度の件……」
なんか勝手に話しが進んで行く。やがて、全ての「儀式」が終わった。
「では、ミモザ様。馬車にお乗り下さい」
先に乗ったマルスの手に導かれ、私は思考停止のまま馬車に乗ってしまった。
そして、馬車は動き出す。最後に故郷の森を見ることもなく……。
、
サーモバリックの王都までは、普通に行っても二日かかる。
私とマルスの間に会話はない。彼は、なにか必死こいて書物を読んでいた。
「何を読んでいるのですか?」
私はそっと声をかけた。
「えっ、あの、これは、その……」
……分かりやすい。悲しいくらい。
「はい、お姉さんに見せてごらん?」
「だ、ダメです。国家機密が!!」
……嘘つけ。
「ふむ、『初夜の過ごし方』に『正しい……』。あれま、キスの仕方も知らないのね。でも、こういうのは実践なの。はい、上向いて……」
……実は、私も知らない。こんなの、唇をぶつけ合えばいいんでしょ? それ!!
ゴチっと骨と骨がぶつかる音がして、私と恐らく彼のファースト・キスは完了した。
痛い。唇切った……。なにがいいかな。これの?
「け、結構刺激的ですね。いたたた……」
「確かに痛かった……。何か致命的に間違えている気がするけど、まあ、よしとしましょう」
ちなみに、この誤解が解けるのは、ずっと後になってからだった。
「ああ、もう堅苦しい喋りやめましょ。肩こっちゃうから、せめて二人の時くらいは……」
「……思い切り子供になっちゃいますよ」
はいはい。
「元々子供でしょ?」
「いや、そうなんだけど……」
おっ、変わった。
「そうそう、それでよし。あースッキリした」
肩をグルグル回しながらそう言った。
「でも、災難だったね。勝手に決められた事とはいえ、子供の僕のお嫁さんなんて」
なに自嘲気味に笑っているんだか。そんなセリフ十年早い!!
「年の差婚……ってレベル超えてるわよね。さっき言わなかったけど、私って人間の年齢にすると千七百十二才よ。一千七百年もお姉さんだもん」
「へぇ、それは凄いや。ずっとお姉ちゃん欲しかったんだ」
……いや待てマルスよ。ここは驚くセッションだぞ。
「お姉ちゃんってレベルじゃないけど……まあ、いいならいいや」
マルスが気に入っていってくれたならいい。
「それより、未成年の僕でいいのかなってずっと思っていたんだ。こっちも心配していたのは同じだよ」
ああ、もう屈託のない笑み浮かべちゃって、まあ。
「正直、戸惑ったのは事実よ。だけど、グダグダ言ってもどうなるわけじゃないし、まっ、楽しみましょう」
馬車は街道の石畳を噛みながら、ガタガタと進んで行く。
サーモバリック王国。国土の広さなら世界一を誇り、ことさら優秀な魔法使いを多く輩出していることでも知られている。
その広大な領土に広がる森のいくつかはエルフの自治領となり、中には国としての体を整えているものもあり、故郷であるロックウェル王国もその一つだ。
とまあ、教科書的解説はここまでにして……。
王都に向かう途中で日が暮れて、今日の進行はここまでとなった。
「何しているの?」
杖でカリカリ地面に複雑な紋様を書きながら、隊列のキャンプ地をくるりと一周し、最後にコンと杖で地面を叩く。意味はない。癖だ。
「これは魔方陣っていって、魔法の一種なんだけど……」
私は杖に魔力を込めた。そして、今度は意味ある「コン」。
先ほど描いた魔方陣が微かに光りを放ち、青白い光りの膜が全体を覆った。
「簡単な結界魔法よ。これで少々の魔物や盗賊は入ってこられないわ」
王宮にいたとはいえ、エルフ魔法の一つや二つくらいは使える。特に結界系や回復系は得意だ。
「凄い!!」
本当に素直である。全てこうならいいんだけどね。
「さて、ご飯かな。お腹空いちゃった」
「うん!!」
食堂用大型テントに向かう。その道すがら、まるでぶら下がるように私の手を握ってきたマルスが微笑ましくもあり可愛くもあり……、まだ「恋愛対象」にはほど遠かった。
「さて、きたか……」
馬車の窓から見える荘厳な城を見上げながら、あたしは呟いた。
ここが、これから私の拠点となる場所。掟は絶対だ。故郷に戻れない以上、ここから去ることも出来ない。
「よし、気合い入れていきますか!!」
自分の頬をパンと叩き、気合いを入れた私だった。
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