ep.43 見事に踏み抜いた
気づきたくなかった。
あたしは、本当にしょーもない。嫌なことを全部人のせいにして、世知辛い世の中でも、自分は要領が良くて、賢く生きていると、信じていたかった。
結局、ゼミの飲み会であたしは悪酔いし、周りに迷惑をかけたらしい。「らしい」、というのは、もちろん本人に記憶がないわけで、同期を二次会、三次会とつれ回した挙げ句、急性アルコール中毒で運ばれる……という。ふたりとも、一生懸命止めてくれてたのにね。
サイテー。まさか、自分が酒のトラブルでこんな情けない姿を晒すことになるなんて。どこか知らないところで目が覚めて、動かしにくい自分の腕に点滴のチューブが繋がっていることを確認したあたしは、事情を早急に把握し、自責の念にかられるのだった。いっそ、「あたしは誰、ここはどこ」ってなりたかった。
迎えに来た親からは怒鳴られるし、頭は痛いし、ゼミの同期には顔向けできない。もう成人しているし、暴力を振るったりしたわけではないから、大学からはお咎め無し、というのが不幸中の幸いだ。
「もう、すべてから隠居したい……」
ただ、それだけを願った。
退院手続きを済ませ、病院を出る。――そこに立っていたのが、春樹くんだったってわけ。
「春樹くん、どうして――」
「……信じられない」
彼は押し殺したような声で、あたしを詰った。
「ずっと、連絡してくださいって言ってたのに。既読だけでもつけてくださいって。そしたら、アル中で入院してやがるし、優里乃さん本当に何がしたいんですか」
何がしたいかと問われれば、普段の生活から隠居したいだけなんだけど。
「ごめん、疲れてたから」
「何に疲れてたんですか」
何にって、全部にだよ。
賢く、あざとく生きたかったのに、そうしきれなかった自分。
あんなに冷たくあしらったのに、自分を許してくれた、志歩。
あたしにからかわれていると気づいていても、好意を寄せてくれた、飯倉さん。
飯倉さんを、眩しいほど一途に思い続けた、有華ちゃん。
そして、こんなにしょうもない、同い年の女を先輩として慕ってくれた、春樹くん。
自分がとても惨めで、これ以上そんな目に会いたくないから。
「とにかく、あたしのことは放っておいて。これでもあなたと同い年、立派な成人なんだからさ」
「どこが立派な成人だよ、二十歳になったばっかりのガキみたいな酒の飲み方してるくせに!」
春樹くんが、あたしに対して敬語を使わないのを、初めて聞いた。
「ごめんなさい、取り乱しました。……質問を変えます。どうして、俺のことを避けたんですか」
「あたしたち、近づきすぎたんだよ、きっと」
ただの先輩と後輩だった。それが正解だったはずなんだ。
ご飯を奢っちゃいけなかった。
人の家庭の事情に、首を突っ込んじゃいけなかった。
多分、部屋に上がっちゃいけなかった。
「……俺だけだったんですか? 優里乃さんと一緒に居て、楽しかったのは」
「あたしと居て、ちゃんと何かしらのメリットは得られた? それならよかったね」
「メリットとか、そういうのもうやめてください!」
春樹くんが、あたしを睨む。
「そんな難しいこと考えていないんです。――ただ、一緒に大学生活を過ごしてほしいって思った。お節介で、先輩っぽくなくて、一女のフリしてキャンパス歩いてた時なんてバカなんじゃないかって思いましたけど、見ているとただ愉快だった」
あれ、めっちゃバカにされてる。
「そんな愉快な人と一緒に居られたら、東京に来たばかりでひとりだった俺でも、面白い大学生活を送れるかなって。……それすらも『メリット』と表現するなら、もうどうしようもないんですけどね」
自虐するように、笑った。
「でも、本音を言って近づけるほど、俺は素直じゃないんです。どうでもいい人相手には、結構コミュ力発揮できるんですけどね、いざ力むと、余計なことを言いがちで」
ただ、と春樹くんが続けた。
「……コール・アーソナのひより先輩に、連絡を取ったんです、あまりに優里乃さんと連絡が繋がらなかったので」
「えっ、マジ? ……ひより、変なこと言わなかった?」
ってか、ひよりと繋がれたのか。コール・アーソナやめてるのに。……あ、部員名簿は持ってるのか。
「そして、優里乃さんがコール・アーソナを離れた日のことを聞いたんです。――まさか、俺が勢いで言った言葉が、的確に地雷を踏み抜いてるとは思いませんでした」
そして彼は、あたしに向かって頭を下げたのだった。
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