ep.40 純粋ではなく、すれてもいない

 志歩と別れた後も、先日の春樹くんの様子を思い出していた。


 あたしに触れた彼は、すごく熱かった。呼吸が速く、胸の音が大きく、太股に触れたものは硬かったのに、そのくせ唇がとても柔らかかった。


 何度もあたしの名前を呼び、甘えるように顔を胸に埋めてきた。痛くないですか、苦しくないですか、とあたしのことを気遣ってくれた。身体を揺らしながら、ほんの少しだけ悲しそうな顔で、あたしを見つめてきた彼に、利用されているなんて思いたくなかった。


 だけど、予防線を張っていなければ、壊れてしまう。――22歳は、何かを信じられるほど純粋ではなく、騙されてもいいやと開きなおれるほどすれてもいない、どうにも中途半端な年頃だった。



 それに、彼はあたしに、一度たりとも「好きだ」とは言っていないのだ。


 再び、スマホの電源を入れる。――春樹くんから3件、親から10件、高校同期から258件……って、頭おかしいんちゃうか。 非モテ系高校同期5人グループのチャットを流し読みし、突っ込みを入れる。面白すぎて、くだらなすぎて、なんだかちょっと元気になる。ついでに、ちょっと燃料投下。


「ねえ、聞いてよ。あたしの友だち、もう結婚考えてるんだって」

「うちらって、もうそんな年齢なわけ?」

「モテないとかモテるとか、それどころじゃないじゃん」

「婚活、始めますか……」


 時の流れが止まっていて安心する。




 それからのあたしの生活は、本当に味気なくて、しょーもなくて、無色だった。無職とかけてるわけではない。うわ、しょーもな。


 目標もなく、ゼミに通う。バイトは――辞めようと思ってマスターさんに言ったのに、3月までは籍だけでも置いておけ、と言われてしまった。実際、シフトには入っていなかったから、辞めているも同然。――ま、おそらくクリスマスの繁忙期に呼び出されたりするのかな。


「次の人生までの、消化試合ってことで」


 自堕落な生活を親に咎められても、そう言って逃げ切る。社畜まで数ヶ月、本気を出すのはそこから。


 そんなある日、自宅の郵便受けに、内定先から、一通の封筒が届いた。


『内定者懇談会のお知らせ』


 もう、やめてくれって思うよね。人疲れしているときに、わざわざ精神をすり減らしてくるタイプのイベントがぶちこまれるこっちの身にもなってよ。「不参加」の三文字に取り消し線を施しながら、ため息をつく。――


 あたし、こんなんでちゃんと社会人やれるのかな。

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