ep.39 結婚前提

「そっちこそどうなのよ、恋とか愛とか」

「一応、今、結婚前提の彼氏がいる」

「……ケッコン?」


 ケッコンって、あの結婚、ですか? ……あたしには無縁すぎて一瞬驚いてしまった。しかし、来年度からは社会人、次のライフステップを見据えるようになってもおかしくない。世間の時の流れは、速い。


「もう、同棲してるの?」

「ううん、相手が実家暮らしなんだよね。働き初めて貯金が出来たら引っ越そうって話になってる」

「そっかあ。……同棲したらさ。週何回くらいシたい?」

「優里乃って、酔うといつもそれだよね……あ、シラフか」

「いや、あのね、違うんよ」


 志歩に呆れられる。違うんだ。つい昨日、その手のイベントがあったから、つい口をついて出てしまっただけなのだ。決して、いつもこんなことばっかり言っている訳ではない。神には誓えない。仏にも、誓えない。


「気を付けてよね、まだ昼なんだから」

「ごもっとも……」


 久しぶりに怒られが発生した。


「そして、優里乃がエグい下ネタを披露するのは、何か辛いことが有ったとき」


 呆れたように指摘する。――やはり、かつての相棒にはお見通しって訳。


「別に話したくなきゃ話さなくてもいいよ」


 そしてこういう時、あたしは決して周りを頼ろうとしないこと、無闇に手を貸そうとすると、寧ろ頑なに心を閉ざしてしまうことを、彼女は本当によく知っている。


「話は戻るけどね。――ぶっちゃけ、いまだに迷ってるんだよね。結婚のこと」

「まだ遊び足りない?」

「ううん。ただ、本当に彼でいいのかって。あたしのこと、本当に大切に思ってくれているのか、それとも、結婚なんて甘い言葉で誘惑して、本当は体目当てとか……良いように利用しようと思ってるんじゃないか、とか」


 それは、前の彼氏――あたしから奪った、裕太とのことがあったからだろうか。彼は、志歩とも浮気が原因で別れている。


「裕太ほど分かりやすいクズも、なかなかいないよ? あんな、性欲の権化みたいな」

「分かりにくいクズだとしたら、まあまあ厄介じゃない?」


 確かに。


「人に自分の人生預けるのってリスキーだよね、本当は」


 そう言って、志歩は腕を組んだ。


 人に自分の人生預ける、ねえ。――


「預けなければいいんだよ、きっと」

「結婚やめろって?」

「いや……付き合ったとしても、結婚したとしても、自分の人生を相手に捧げる、なんて考え方しなくてもいいんだよきっと」


 たぶん、無意識なものなんだとは思う。


「結婚することって、どうしてもそういうイメージ有るじゃん」

「まあね……でも、一生一緒にいるって時点で、慎重にならなくちゃって思う」

「だよなぁ」


 結婚なんて甘い言葉で誘惑して。良いように利用しようとか。――あたしでも、絶対に考える。


 今も、考えている。

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