ep.35 思い出した、二年ぶりだ。

「……どうして、それを」

「いえ、気になっただけなんで。答えてくれなくても構いませんけど」


 うわ、なんだか嫌な感じ。……って思うのは、相手が美人だからだろうか。


「……そもそも、なんであなたがここであましたちの話を聴いてるわけ」


 つい、言葉が刺々しくなってしまう。


「桜庭さんのことは、噂に聞いております」

「……噂」

「はい。って言っても、田口から聞いてるだけですけど……」


 出たよ、後輩くん。


「あ、別に悪い話ではないですよ? この間、仕事のミスをカバーしてくれた、とか」


 なんとなく、この娘から感じた。


 ――猜疑心。


 それを直接ぶつけるだけの度胸と確証はない。


 それにしても、彼女第一の後輩くんが、わざわざそんな疑われるような行動を取るだろうか。ただそれだけが、疑問だった。


「そうね。でも田口くん、よく働いてくれてると思うよ」


 わざと、誉めてみる。――相手がどう出るか、試してみたかった。


「本当に? ……それなら良かったんですけど」


 無難な返答。――つまんない。


「最近、バイトのシフトが増えてちょっと大変だって言ってたので、心配してただけです。ありがとうございます。――おやすみなさい」


 彼女は頭を下げて、踵を返した。


「待って」

「……何ですか」


 うっかり、呼び止めてしまった。思い出したことがあったのだ。


「そういえばこの間もうちのカフェに来たよね」

「……はい。OB訪問で」

「やっぱり。……いや、何となく、ね。おやすみなさい」


 彼女のOB訪問を、後輩くんは目撃している。そして、すごく、気にしていた。


 きっと気にくわなかったのだろう。悔しかったのだろう。――それで、わざとあたしと仲が良いことを匂わせるような話ぶりをした、とか。二十歳やそこらの考えることなんて、容易に想像できる。


 浅はかな考え。そして、そんなことに利用される自分が惨めだった。


 元カレにフラれて、ちょうどよいタイミングで寄ってきたバイトの先輩をキープしてさ。――あげくの果てに、幼馴染みの女の子に叩かれ、春樹くんには関係を「親分と弟子」だと結論付けられてしまって。


 なんかもう、全部嫌だ。


 周りの人間関係、全部、全部捨てたい。


 皆に、あたしのことなんて忘れてほしい。


 こんな気持ちになったの、一体何年ぶりだろう。


 ――二年ぶり、だ。思い出した。

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