ep.34 自己肯定感、保ちたくなっちゃうじゃん

 前回までのまとめ:バイト終わりに、有華ちゃんに平手打ちを喰らった直後に、何故か怒り狂った春樹くんが走り寄ってきました。



「あの、えっと……なぜ春樹くんがここに」

「優里乃さん! だから言ったでしょ、と関わるのは危ないって。大丈夫ですか……あ、口切れてる」


 疑問を呈するあたしの声は聞こえていないみたい。


 そして、あたしと有華ちゃんの間に回り込み、有華ちゃんのことを睨み付ける。


「なんでこんなことするんですか! 警察呼びますよ」

「警察って、ちょっと、春樹くん大袈裟だから」


 幼なじみを逮捕してもらうのは、何となく気が引けたのだ。


「……あんた、優里乃ちゃんの何よ」


 有華ちゃんが負けじと言い返す。――そうだよねえ、あたしの、何なんだろうねえ。


「俺は、優里乃さんの――」


 有華ちゃんの問いに、彼自信も困っているようす。あなたは、あたしの何?


「優里乃さんの、弟子です!」




 ……弟子。



「……弟子」

「弟子、です」


 自信満々にそう告げる、春樹くん。有華ちゃんも、口をあんぐり。


 そっか、弟子か。弟子なのか。……なんか、ちょっと残念な気分になったのはなんでだろう。


「優里乃さんは、俺を助けてくれた。――だから今度は、俺が助ける番です」

「忠犬か? 」


 あたしが、春樹くんを助けた? ただのおせっかい、違った?


「今の質問で思い出した。有華ちゃんと、飯倉さんの関係はなんなの?」

「……俺が悪いんだ」


 それまで黙っていた飯倉さんが、口を開いた。


「俺が中途半端な態度を取ったから」



 初めての出会いは、有華ちゃんが友人とカフェに来たことだった。


「そのグループがあまりに騒ぐんでね、出ていってもらった。――だけど、有華ちゃんだけは違うなって思ったんだ」


 周りが騒ぐ中、戸惑いつつ、居心地悪そうにしている姿が印象的だったと言う。


「……だから、『またコーヒー飲みにきて。今度はひとりで』って、声をかけたんだ、有華ちゃんだけに」

「あっ、それは罪ですわ」

「最後まで聴け」


 飯倉さんに、睨まれる。なんであたしが。


「それ以来、有華ちゃんはよくカフェに遊びに来てくれるようになった。そして、たまに、勉強も教えるようになった」

「……飯倉さんがそんなことしてるの、全然気づかなかったです」

「有華ちゃんには、桜庭のシフトが入っていないときに来てもらうようにしてたからな」

「なんでですか」

「お前、それは……分かってるんだろ」


 勘違いされたくなかったんだよ、とつぶやいた。


「……飯倉さん」


 有華ちゃんが、口を開いた。


「私の気持ちには、気づいていたんですか」


 飯倉さんは、明確には答えなかった。きっと、気付いていたのだろう。


「ごめん」

「……だから、優里乃ちゃんのせいなんだ! 優里乃ちゃんが、飯倉さんに思わせ振りなことをするから」


 なおもあたしに掴みかかろうとする有華ちゃんを、飯倉さんが制止する。


 飯倉さんの気持ち、理解できるよ。


 本当に好きな人には振り向いてもらえなくて、だけど諦めきれなくて。


 そんなときに、自分のことを好いてくれる人が現れたら、それで自己肯定感、保ちたくなっちゃうじゃん。


 ……あたしが飯倉さんをからかい始めたのも、それが原因だったから。裕太にフラれた後、あたしに初めて好意を示してくれた人だったから。


 だから、飯倉さんが有華ちゃんをキープし続けたのも、理解はできるんだ。


「飯倉さん」


 あたしは、彼のことをまっすぐに見つめた。


「ごめんなさい。飯倉さんのお気持ちには、お応えできないです」

「分かってた。……分かってたよ」


 飯倉さんが、唇を噛む。


「……すぐに気持ちを切り替えるのは、正直難しい。けど、そうだな、もっと周りに目を向けていかなきゃな」


 そこにいる有華ちゃんなんかはいかがでしょう、と安易に言ってはいけない気がした。


 ポロポロと、有華ちゃんの目から涙が落ちる。


「えーっと、」


 唐突に背後から女性の声がした。――後輩くんの彼女。


 有華ちゃんのことを指差した後、飯倉さんを指差し、

「……好き、」


 飯倉さんを指差した後、有華ちゃんを指差し、

「好きじゃない、」


 飯倉さんを指差した後、あたしを指差し、

「好き、」


 あたしを指差した後、飯倉さんを指差し、

「好きじゃない、と」


 そして小首を傾げると、こう言った。


「桜庭さんのお気持ちは、どこかに向かわれているんですか? 」



 ……いやいや、それなんであなたに言わなきゃいけないの?

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