ep.31 捨てられない願い
「……バイトやめろってか」
急展開に、おっかなびっくり。
「私、見たから。優里乃ちゃんと飯倉さんが話してるの」
……この子も、後輩くんと同じ「恋愛ヤクザ」なのか? 男女が話してたらまず疑う、みたいな。
「あたし、別に飯倉さんのことは」
「じゃあ、こないだ飯倉さんの髪の毛に触ってたのは何? 今日だって、仕事手伝って貰ってたときのあの笑顔は? そのくせ、仲良さそうに他の同僚と帰っちゃってさ、ほんと、思わせ振り」
み、見られてたー! いや、まあ、思わせ振りな態度ってのは本当に否めない。自分に好意を持ってる上司や先輩をいじるの楽しいって思って遊んでた。よくないよくない。
「いや、本当に付き合ってるわけでも、狙ってるわけでもないから……なんなら、協力してあげるからさ」
「……本当に?」
「それはそうと、いつの間に見てたの」
「客として」
「……客?」
有華ちゃんが客として来店した記憶がないのだ。
「……この格好じゃなきゃあ誰も気づかないから、メイクも薄くして、優里乃ちゃんみたいな服装にしてた」
「清楚系ファッションが、最早変装なのか」
頭を抱える。
「それにしても、飯倉さんがギャルファッションが好きって、本当? 初めて知ったわ」
どちらかというと、ヅラ事件の時に怒られたくらいなのに。
「本人が、そう言ったから」
「えっ、じゃあ話したことあるの」
「うん。なんなら、毎週喋ってるよ」
「付き合ってる……わけでは」
「ない」
え、何その関係。
「毎週、勉強教えてもらってる」
「……全然知らなかった」
あれじゃん、あたしと春樹くんの関係じゃんか。
「私、飯倉さんのお陰で……また、学校に戻ろうって思えた。ちゃんと、大学受験をしようって」
「じゃあ、今は」
「浪人生」
飯倉バイトリーダー、いつのまにか一人のギャルを更正させてた。偉い……
「だから、飯倉さんは私にとって恩人でもあるの。……遊ぶんなら、本当にバイトやめて! 」
「わかったわかった。……本当に協力するから、有華ちゃん。お願いだから落ち着いて」
恋愛ヤクザ、マジ怖い。
💖 💞 💖
かくして、有華ちゃん更正プログラム⇒有華ちゃんの恋愛応援プログラムに路線変更を図ることになった、あたし。
「優里乃さんって……お人好しですよね」
「バイト、中途半端にやめたくなかったから」
「まあ、でもバイトリーダーの方と付き合う気がないのなら、応援してあげた方が身のためかもですね」
春樹くん、なんだかちょっと面白がってる。珍しく、その整った顔が柔らかくなってる。
「参ったことに飯倉さん、たぶんあたしのこと好きなのよねー」
「……あ、自覚がおありなんですね」
春樹くんの声が、ワントーン低くなる。つんとした横顔。イケメン。マジ、整ってる。
「何、急に不機嫌になって。意外とピュアボーイなの?」
人の恋心を弄ぶなんて、断じて許せん! っていう、過激派純情青年か?
「いや。……なんか今日、ちょっと情緒不安定かもです」
「生理中? 」
「優里乃さん! 」
あ、怒ってしまった。
学食で、味噌ラーメンをすする春樹くん。あたしは、その前でカレーライスを頬張る。この後は、国際経済学で分からないところがあるから教えてくれ、と頼まれている。――
この関係は、一体何と呼ぶのが正解なのだろう。有華ちゃんは、勉強を教えてくれる飯倉さんに恋をした。あたしは、春樹くんの顔は好き。良いヤツだとも思う。ちょっと生意気だけど、鉄仮面の下には、優しい心と不器用さが隠れているのを、知っている。でも、恋をしているかというと、たぶん違う。向こうは勿論だし、あたし自身、自分のことを好きだと言ってくれる人しか好きにならないから。
ただ、これだけは言える。――春樹くんに、勉強を教えてあげたり、相談に乗ってあげたり、たまに相談したりしているこの時間が、いつまでも続いたら良いのに。あたしは、そんな願いを捨てられずにいる。
一番の正解は、あたしが卒業しても、春樹くんが大学で勉強を頑張れて、友人もたくさんできて、彼なりの居場所を見つけられるようになることだっていうのは、ちゃんと理解しているはずなのに。
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