ep.30 顔向けできなくて

 ポンコツ後輩と別れ、駅のホームで電車を待つ。フライデーナイトの喧騒。バカみたいに赤い顔をした、サラリーマンたち。飲み会の後なのだろうか。酒を飲むと気が大きくなりがちなのは、大学生だけじゃなく、社会人も同じみたいで、スーツを着た女性社員の肩を無理に抱き寄せたり、ぶつかってきた者に悪態をついたり。

 その列の後ろには、死んだ魚のような目をした、社畜さん。その後ろには、バイト帰り、可愛い顔した男(=ポンコツ後輩)としゃべったお陰でお肌つやつやなあたし――ミソもクソも、今から全部一緒の電車に叩き込まれるわけで、社畜さんがなんだか不憫に思えてくる。


 電車が到着する。ミソとクソは、流されるようにして山手線に乗り込んだ。


「……みぎゃっ!」


 そしてあたしは、世にもクレイジーな声を出す。パンプスを履いた足の甲は、8割方むき出し。誰かのピンヒールに踏まれると、メチャクチャ痛い。


「あ、ごめんなさ……っ!」


 謝罪の声のする方に、顔を向けた。


 オレンジベージュの髪。

 フェイクファーのコート。

 キラキラのネイルに、フサフサのつけまつげ。


「優里乃ちゃん……」


 あたしの名前を呼ぶその声は、間違いなく、有華ちゃんのものだった。


 💅 🎹 💄


「……お久しぶり?」

「……そうでもないね」

「そうね」


 最寄り駅で下車、二人並んで家まで歩く。不思議、小学生の頃はあたしの方が頭一つ分以上背が高かったはずなのに、今や10……いや、15cmくらい差をつけられている。


「優里乃ちゃん。……今まで、避けてごめんなさい!」


 ド直球の謝罪。あらあら、あたしやっぱり避けられてたのね。


「気にしなさんな、きっと事情が有るんだろうし……」

「あの頃の私とは、違っちゃったから。私、優里乃ちゃんが思っていたような私じゃなくなってしまったから」


 いかにも、なギャルの格好に身を包み、学校にも行かなくなったことだろうか。……別に、あたしに気まずさを感じる必要なんてないのに。


「母にも、『ご近所に顔向けできない』って言われて」


 でも、あの人は弟の修一くんのことで、さんざんご近所に威張り散らしている。――きっと、修一くんが留学に行った後も、同じことを続けるんだ。まるで、有華ちゃんなんて居なかったみたいに。


「有華ちゃん、あまり家に帰ってないって聞いたけど」

「母との関係が本当に悪かった頃は、友人の家を転々としたり、マ◯クで1日過ごしたりしたこともあるよ。……でも、最近はほぼ毎日帰ってるんだけどなあ。夜遅いのはそうなんだけど」

「あ、そうなの? 」


 それなら、少し安心かも。でも、夜帰りは誉められたものじゃないし、普通に危ない。


「でも、夜遅いのは私のせいじゃないから!母が、そうしろって言ったから!」

「……近所の人と、なるべく顔を合わせないように?」


 有華ちゃんが、頷く。……呆れてコメントがないのですが。いくらなんでも、親子関係、そんなのアリかよって感じ。


「その格好だと何かと不都合だと感じるけれど、何かそうしないといけない理由でもあるわけ?」


 塩澤家が、世間体とか、身なりとかに厳しいことくらいよく分かっている。――そんな中、あえてギャル風のファッションをするメリットって、なんなんだろうって、ちょっと気になったんだ。


「好きな人が、好きな格好だから」


 マジか。乙女ー!


「……好きな人は、カフェの店員さんなの」


 あー、カフェの店員さんに一目惚れするあれか。ありがちありがち。後輩くんも、時々連絡先の書かれたメモをもらって、「個人情報だから」と、シュレッダーにかけて捨てている。


「『カフェ・コントン』の、飯倉さんって方なんだけど」


……マジか。



「今日、優里乃ちゃんに声をかけたのは、飯倉さんが理由なの。――お願い、バイトやめて」

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