ep.27 無関心に耐えろ

「姉を、助けてください」

「助けて……って、待って、今有華ちゃんってどういう状態なのよ」

「僕もよくわからないんですけど……そもそも、ほとんど家に帰ってきていないみたいなんです。夜中に、たまーに、ちょこっと顔出すときもありますけど」

「学校は?」

「昨年度高校を卒業して、大学には通っていないと思います」

「いつ頃から家に帰ってきていないの?」

「……分からないです」


 分からないって。……おいおい。


「修一くんは、どうして有華ちゃんが家に戻らなくなったか分かる?」

「……何も」


 原因は、じゃないの?


「……逆に、どうして急に有華ちゃんのことを助けて欲しいって思ったの?今更」


 語尾に若干の棘を含ませながら、あたしは首を傾げた。


「僕、来年度から、留学に行くんですよ。ピアノ留学。その間、母が家に一人でいることになってしまうじゃないですか、父も仕事が有りますし。きっと寂しがるんじゃないかって思いますし、僕がいなかったら母の子ども役は姉しか居ないわけで、それだったら母の誇れるような娘であって欲しい、と――」


 うわ、何ていうか、歪んでる。


 姉がぐれていることに長い間気づかない。


 更正して欲しい理由が、自分の代わりに母親を満足させるため。マザコンかよ。


 ……え、これ、あたしがどうにかしなきゃダメな案件? マジ?


「有華ちゃんって、もう19とかだよね。高校も卒業して、選挙権もある年齢。もう大人なんだし、自由にさせてあげたっていいんじゃ?」

「19は、子どもですよ。酒すら飲んだらいけないんだし」


 そうだけども。――考えてみれば、自分自身が、まだ大人である自覚がほぼない。


「あたしもさ、有華ちゃんともう長年喋ってないのよね」

「でも、優里乃ちゃん、姉のこと助けてたじゃないですか。知らないおじさんについていきそうになったとき」

「それ、小学生の頃の話だよ?」


 小学生の頃。まだ、修一くんがピアノすら始めていなかった頃の話だ。


「優里乃ちゃんなら、きっと姉の問題を解決してくれるんじゃないかと思うんです。――姉も、優里乃ちゃんの言うことなら、きっと素直に聞く」


 コイツは、あたしに一体どんな夢を見ているんだ?




 有華ちゃんに会ったら話してみるよー、なんて適当な相槌を打って、あたしは修一くんの前から去った。


 無関心、自分勝手。――そりゃそうだ、誰だって自分のことにしか興味がないから。あたしだってそうなのだ。だからたぶん、あたしは有華ちゃんと修一くんの問題に立ち入らない。


 何となく思うんだけど、修一くんがピアノの才能を認められて、みんなから注目を浴びるようになって、有華ちゃんは変わってしまった。それは別に、修一くんは悪くないし、息子の才能を伸ばすことに必死になる母親の気持ちも、その夢を叶えるために仕事に邁進する父親の気持ちも、至極当然のものだ。


 たぶん、自分への無関心に耐えられない方が悪いんだ。

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