ep.25 ひとつのプレリュード

 言ってしまった。あたしの、本当の気持ち。


 醜い嫉妬。


 利用されたくない、そんなしょうもないプライド。


 ずっと隠してきたのに。ずっと、嘘をつき続けていたのに。


 もう、どうでもいいや。笑ってくれ、と思った。



「……本当に、面倒なサークルだったよね」

「志歩もそう思ってたんだ」

「それはそうだよ」


 周りに要求だけ突きつけて、自分たちはなるべく楽をしようとする。そんなやつらがたくさん集まっていたのだ。


「私が優里乃の立場だったら、間違いなくあいつら怒鳴り付けてたし、絶対に二年目の運営なんてやらない」

「そっか」


 内心、ほっとした。志歩なら、やりかねないとあたし自身思っていたから。


「でも――もし、優里乃と最初みたいな関係で続けられるのなら、少し考えたかも」

「考えないで」


 あたしにとっては、日陰の思い出でしかなかった。元々綺麗な志歩と、作れる「カワイイ」をできるだけ身に纏ったあたし。はっきり物を言える志歩と、誤魔化し誤魔化し、やんわりとした物言いしかできないあたし。リーダーシップに長けた志歩と、永遠の2番手のあたし。


「――私が一年生の頃に好きだった先輩は、付き合うとしたら、優里乃がいいって言ってた。小さくて可愛くて、優しいからって」

「待て待て、なんの話」

「私が出した指示も、優里乃がお願いしてくれただけでみんな従った。言い方って、大事なのね」

「まあ、志歩はキツすぎる部分もあったけど……」

「ソプラノなら私が一番だったかもしれない。でも、あんたは元々アルトとか、メゾソプラノ担当でしょ」


 結局はそういうことなんだよね、と彼女は呟いた。


「合唱でもさ、ソプラノがいれば、アルト、メゾソプラノ、場合に依っちゃあ男声もいる。いないとヤバイじゃん。アーソナの運営も、私が居なきゃ馴れ合いみたいになるかもだけど、あんたが居なかったら誰も動いてくんないじゃん。……でも、自分と真逆の人って、羨ましいじゃん。すごく、妬ましいじゃん。――だから、裕太が私の悩みにつけこんで寄ってきたとき、すっごい嬉しかった。裕太は、優里乃のものだったから。気づいたら私、イヤな女になってた」

「でもあいつ、クズなゲス男じゃん」

「それでも、だよ」


 何となくわかるでしょ?志歩はそう言って笑った。笑ってる場合じゃねえ、とあたしも笑ってしまった。お互い、男を見る目がない。




「じゃ、こんなところで」


 店を出て、志歩の方を振り返った。彼女は、淡いブルーの、ノーカラーコートを身にまとっていた。今期の恋愛ドラマで、某人気女優が着てたやつだ。あたしも店先で試着してみたけれど、なんだか服に「着られている」感が拭えなくて、買うのをやめてしまったのだ。


 志歩が少し寒そうに眉を寄せ、そして口を開いた。


「また、機会見つけて連絡するわ」

「……え?」


 返す言葉が見つからず、間抜けな声を出してしまったあたしに向かって、微笑んだ。


「コール・アーソナは、変わったよ。うちらのいた頃とは、全然変わったよ。まあ、 卒業するから関係ないかもだけど」


 人と人との関係は、変わっていく。時間、環境、人の思い、運。


 例えば、アーソナでの出逢いが無かったとして。はっきりと「大人」になろうとしている今、初めて志歩と出逢ったとして。あたしたちは、どうなっていた?


「……じゃ、連絡待ってるわ」


 だって、志歩が許してくれるのだから。嘘を全部取っ払った今、何かが始まろうとしているから――




 志歩と反対方向に歩き出し、しばらく経った頃に背後から肩を叩かれた。


「優里乃さん」

「えっ、春樹くん?……あ!」


 逃げやがったな。そう言って睨むと、彼は少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、だって気まずいんですもん、と舌を出した。


「お昼ご飯は?食べたの」

「まだです。どこか連れていってください」

「えー、あたしもうチーズバーガー食べちゃった」


 気づけば、この子との関係も少しずつ変わっている。ふと、そんなことを思ったりもした。

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