ep.24 損をしていた
別れたい。それが、裕太の要望だった。
「わかった」
その時のあたしは、これから始まるリハーサル、そして発表本番の事で頭がいっぱいで、恋愛のあーだこーだに構っている暇はなかった。だからこそ、やたらと聞き分けがよかったのだ。
「それと……志歩が、今日と明日、来る」
「なんで?」
その事となると、話は別だった。どうして、あの子はもう。
「……あいつ、ずっと、悩んでた。ソロっていう大役を簡単にほっぽりだして、運営をお前に押し付けて、逃げても良いのかって」
「でも、今さら……!ソロだって、先輩にせっかくお願いして、やっぱりダメですなんて、あたし言えない」
「俺も止めたんだけどさ。――志歩が、自分の責任で、自分でどうにかするって言ってたから」
そもそも、どうしてコイツが志歩の相談に乗っているのか。どうして、あたしと別れたいと言い始めたのか。お察し、って感じ。
「だから、アイツのこと、受け入れてやって。先輩からの風当たりは強いと思うけど、お前は志歩とずっと――」
虫のいい話だ。コイツはバカなのか。志歩と付き合いたいから、お前とはさよなら、でもお前は志歩の味方をしろ。……え、本当に、バカなの?
「無理。だって、練習もずっと参加できてない子を本番だけ出すわけにはいかないでしょ」
「毎日の練習内容は、あいつにも伝えてある。どのように歌えばいいか、ちゃんと分かっているようだし、ソロに関しても、しっかり自主練してある」
「合唱舐めてるの? 」
いくら志歩だからって、いくら彼女が努力家なエースだからって、そんなことが可能なわけがない。
――違った。あたしは、最後まで自分でやりたかったのだ。自分だけでやり遂げたかったのだ。志歩なんていなくても大丈夫、優里乃さえいれば、って言われたかった。
「二人のコンビはサイコー」なんかじゃ、足りなかった。
「ふざけないでよ、今までの努力は何だったのよ!」
悲痛な叫び声が聞こえてきて、振り替える。目に写ったのは、顔を覆って泣き出した先輩と、頭を下げる志歩だった。
「申し訳ありません」
「ねえ、志歩。流石に自分勝手だって分かってるんでしょ、だから――」
「まあ、でもしょうがねえよなー、実力があるやつがソロやった方がいいに決まってるし」
「そうだよな、外部の客からしたら、運営のゴタゴタとか、部員の失踪とかカンケー無いしな」
志歩をたしなめに行ったあたしの思いとは裏腹に、主に先輩男子を中心に、いつの間にか「志歩でいいんじゃね」みたいな空気になりつつあった。それだけ、志歩の実力が圧倒的だった、それだけのこと。
考えてみれば、あたしに決定権なんてないし。
「……今日のリハーサル次第、ですね」
あくまで冷静に、そう告げた。
🎵 🎶 🎙️
「結局、あんたが本番もちゃんと出て、コンサートは成功した。アンケートも、ソロの子が上手かったって書いてあるものもいっぱいあったし」
でも、運営を最後まで投げ出さなかったのは、あたしだ。どんなに演奏が素晴らしかったって、会場がなかったら、予算がなかったら、音響機器を貸してもらえなかったら無駄になってしまう。――それを最後までやったのは、あたしだ。
「志歩が運営に協力してくれたからこそ、素敵なソロを披露してくれたからこそ、あの学園祭は無事に終わったんだって、わかってる。――でも、あたしだって、一生懸命やったのに、」
学園祭が終わって、晴れてあたしたちは運営を降りることになった。「お疲れ様合宿」に参加して、これからはコール・アーソナで自由気ままな半隠居ライフを送ろうと思っていたある日、何気なく部室に寄ったら面倒なことになっていた。
「全然隠居させてくれないのよ、笑っちゃう」
あたしたちの一年下の、部員不足。彼らだけでは、コール・アーソナのブラック運営が回らない。
「もう、びっくりしちゃったよ。いつの間にかあたしが、もう一年運営やることになってんの」
「どういうこと?」
「なんか知らないけどさ。『優里乃はそういう面倒なこと好きだから、あいつにやらせとけ』って」
好きでやってたわけではなかった。
「ただ、それがあたしの居場所を確保するための方法だったから。――それしか、見つからなかったから。役割を果たしたら、認められるもんだと思ってたのに」
あの日、部室に飛び込んで、あたしは抗議した。
「ちょっと待って。あたし、もうやりたくない」
「えー、なんで今さら?」
「自分勝手なこと言うなよ」
自分勝手なのはどっちだよ。
「自分で言うのもなんだけど、あたしはもう、十分やったと思う。頼むなら他の人に頼んで、もしくは自分でやって」
来年は、就活も始まる。――コール・アーソナに構ってる暇など、無い。それは、他の同期たちだって同じことだった。
「もしさ、あんなことが無かったら――志歩なら、やってくれそうだったのに」
「だよね、志歩、本当は運営楽しんでそうだったし」
「生粋のリーダーだもんね、あの子」
その言葉を聴いた瞬間、あたしは気づいたんだ。
――あたしは、一年間、ずっと損をしていた。
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