ep.23 私がいない間

 志歩をバカにできるような立場ではなかった。


「バカにしてたら、あたしはあんなことは言わなかった」

「どういうこと」

「……同じパートになって、改めて、志歩と自分の実力差に気づいた」


 それまでの一年間、違うパートにいたから、隠されていた事実。


「それでも、絶対に敗けだなんて認めてやるもんかって思った。だから、まるで対等な関係で、サークル活動に参加して、『サイコーのパートナー』みたいな顔して笑ってた、」


 だけど、無理だったんだ。


「一緒に居れば居るほど惨めで、あたしの居場所が狭くなっていくような気しかしなくて。考えてみれば当たり前で、あんたは圧倒的なエース、あたしは二番手。あんたは美人で、どこにいっても目だって、そんなあんたの隣に居たら誰だって引き立て役じゃん。そんなの、誰が好んで――」


 危うく声が大きくなりかけた。ここは、マ○クだ。


「志歩は、正しいと思ったことをそのまま、大きな声でみんなに伝えられる。――それだって、あたしからすれば本当に羨ましくて、だけど同時に、それが志歩の弱さだってことも、いつも一緒に居たからよくわかっていた」


 同じことを伝えるのでも、伝え方によって相手の受け止め方が変わってくる。――その部分に弱味を抱えていた彼女を補佐するのが、あたしのそれまでの役目だったんだ。


「私たちは、本当に真逆の人間だった。だから上手く補完しあってたんだ――」

「でも、あたしは結局、志歩の補佐役で、引き立て役にしかなれないってわかったんだ」

「私が失踪していた時期、サークルを回してたのは、誰?」


 志歩が泣き出しそうな顔で、あたしを睨み付けた。




              🎭 🃏 🎭




 あたしが志歩の思い上がりを指摘した翌日から、彼女は練習に来なくなった。


「おい、ソロのやつ本番も来なかったらどーすんだよ」

「桜庭のせいだぞ、運営はどうなるんだよ」


 同級生や先輩にどやされ、あたしは平謝りを続けた。


「ソロの件は本当にごめんなさい。――でも幸い、このサークルには、志歩なんかじゃなくて、先輩方をはじめ、いっぱい上手な方がいらっしゃいます。どうか力を貸してはいただけませんか」


 多方面の人間を持ち上げ、そこにいない志歩を貶し、許しを乞う。


「運営につきましては、あたしが責任をとります。――志歩の分も、必ず、働いてみせます」


 面倒なことになった、そう思った。しかし、「責任」といったところで、コンサートが失敗してもあたしはせいぜい、コール・アーソナをやめるだけ。痛くも痒くもない、そんなの。



 それから、あたしはそれまでの2倍働いた。


 そして気づいたら、何故かみんなから感謝されていて、「一人二役の桜庭」と呼ばれ、何故か無事にコンサート前日、リハーサルの日を迎えていた。


「優里乃、話があるんだ」


 朝一番、二人しかいない講堂で、タクトを握った裕太に呼び止められたあたしは、何?と首を傾げるのだった。

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