ep.22 嘘つき

 嫌な女。そう、彼女は嫌な女だった。


「まあ、そうよね。人の彼氏を奪っておいて、のこのこ顔出されたら、さすがにどうかしてるんじゃないのって思う」

「だってあんたたち、別れたんだと勘違いしてたんだもん。……そうじゃなくても、ほとんど終わってたじゃない」

「そうだけど」

「どうかしてる、とは思うよ、自分でも。――だって、実際どうかしてたじゃん」


 あの頃――


「優里乃のせいで、私、どうかしてたんだ」

「責任転嫁?」


 せめてもの意地で、睨んでみせた。でも、志歩の言うことは正しい。


「それまでずっと私の味方で居てくれた子に、いきなり梯子を外されたような気分だったんだよ、私は」


 それを言われてしまうと、もう、返す言葉が無かった。


 ソプラノに強制送還されたあたしは、味方をしてくれなかった裕太にあとでさんざん文句を言った。今考えてみると、もう、その頃から彼はあたしに冷め始めていたのかもしれない。当時はそんなこと思いもよらなかったし、あたしと別れて志歩と付き合う旨の報告を受けた時は唐突になんなんだ、と思ったけれど。


 ソプラノのソロパートは案の定、志歩に決まった。その事をよく思わない先輩も居たし、あたしだって『流浪の民』を練習する度に惨めな気持ちになったけれど、先輩みたいにそれを言葉や態度に出すのは、もっと惨めな気がした。だから、我慢していたのだ。――初めのうちは。


「ずっと上手くやって来たはずだったのに、どうしてこんな時期に、って思ったよ」


 志歩が言うのは、学園祭の1ヶ月ほど前の話し合いの事だろう、たぶんそう。なぜ、あたしがあんまりその辺をはっきりと把握していないかというと、元々ずっとひた隠しにしてきたフクザツな気持ちが露呈してしまったというだけのことだったからだ。志歩にとっては、「いきなり」。あたしにとっては、「前からずっと」。


「ウザい先輩や、バカなやつらにどう対抗するかって。お互い性格悪いけれど、うちらサイコーじゃんって思ってて、すっごく楽しかった。だから、みんなの前で、言わなくたっていいのにって思った」

「まあ、でも、あたしが言ったことは事実じゃん」


 今ではもう、何について話し合っていたのか覚えていない。――覚えているのは、みんなの前で、志歩の思い上がりを指摘したこと。




「仕事、できるからね。分かるよ。――志歩が、自分だけが正しいって思う気持ち、めっちゃわかる」




 あの日、あたしは、先輩も、同級生も、後輩も、みんなが集まる会議室で、珍しく大きな声で、そう言い放った。




「じゃあ!」


 志歩が気色ばんだ。


「何?それまでずっと、一緒にやって来た時も、そう思ってたの?嘘ついて、私と一緒に笑ってた?私のこと、バカにしてたんだ、心の中で。嘘つき」




 嘘、つかないって、決めたんだっけ。



「――バカにできたら、どんなに良かったか」

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