ep.21 欲しい、

 中学・高校と合唱部に所属していたあたしは、女声3部なら、メゾソプラノを担当することが多かった。ソプラノの子ほど、明るく華やかな声が出るわけではない。だけど、高い声が出ないわけではない。だから、ソプラノが不可能かというと、そんなことはない。


 それでも、嫌だった。――志歩がいたから。志歩がいないパートなら、ソロはおそらくあたしになるはず。だけど、彼女は間違いなく、ぶっちぎりの、「エース」だった。華があって、軽やかで。優しく、時に力強く。自由自在に声を操れる彼女に勝てるわけがないと、自分でもわかっていた。


「おおー、優里乃、ソプラノへようこそ」


 志歩が屈託なく笑った。――あの時、あたしたちはだったのだ。ふたりとも、コール・アーソナの中心メンバー。大きな声で、はっきりと自分の意見を主張して、みんなを引っ張っていく彼女と、周りとの和を保ちつつ、双方が納得できるような解決策を考えていく、あたし。真逆なたちで、だからこそ、あの時はうまくいっていたんだと思う。


 真逆だからこそ、羨ましかった。



              🎼 🎶 🎼



 幕が閉じて、周りが明るくなる。


 夢を見ていたような気分だった。


 昔の自分は、どこにも居なかった。――コール・アーソナは、変わっていたんだ。


「優里乃?」


 前の席から声がして、視線を落とす。そこには、志歩がいた。




 講堂を後にしたあたしたちは、大学の喧騒を抜け出し、近所のマックに入った。志歩は志歩で、朝からなにも食べていなかったらしい。


「もう、うちらの年齢だと、学園祭のキラキラにはついていけないわ」

「うちって何よ、私はまだ若いし」

「キラキラにはついていけないけれど、今の方がラク」


 一、二年の頃を思い出すと、いまだに心がチリチリとする。恥ずかしい、痛い、消したい。変に力が入っていた、あの頃のあたし。あの頃、あたしは志歩の顔をまっすぐに見つめることができなかった。クールで、やや和風な雰囲気をもった美人。あたしに似合わないものが、よく似合う。


 欲しい。


 羨ましい。



 ――今は、もうそんな思いは大分薄れていて。


「ねえ、どうして、アーソナの発表見に行こうと思ったの?」


 志歩にそう問われて、どう答えればいいのかわからなかった。


「そっちこそ、どうして。……あんただって、ずっとアーソナから離れてたんでしょ」

「そうでもない。優里乃が幽霊部員になってから、割とすぐに復活した」

「……あたしが幽霊になった、だったりして」



 鼻で笑った。――あの時の、嫌な女になってる、あたし。



「そうかもしれない」


 志歩は志歩で、あたしのパートナーとしては上出来の、まあまあ嫌な女だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る