ep.20 パートへのこだわり


 1曲目は、全国の高校合唱部の登竜門・Mコンと呼ばれる合唱コンクールの、5年前の課題曲。合唱界では有名で、爽やかな旋律が、聴き手を魅了する。透き通るようなピアノの伴奏、そして、そこにふわりと皆の声が乗る。


 ――こんなサークルだったっけ。ふと思った。懐古主義とかではない、良い意味でそう感じたのだ。


 2曲目は、J-pop曲を合唱用にアレンジしたものだった。なんだっけ、知らない曲。プログラムに書いてあるタイトルに目をやると、『Sharpness』って……どこかで聴いたことある。ふと、トンズラ春樹くんの顔が脳裏に浮かび、あいつ絶対後でいびり倒してやる、と意気込む。


 ……なんの話だっけ。そうだ、『Sharpness』。ま、何でもいっか。それにしても、すごい。元々はロックバンドの曲のはずなのに、合唱になっている。編曲が巧みなのかも。編曲者の欄を見ると、知らない名前が書いてあった。


 3曲目。――『流浪の民』。ドイツ・ロマン派の作曲家ロベルト・シューマンによって作曲された1840年の歌曲。『3つの詩』作品29の第3曲。本来はピアノ伴奏(トライアングルとタンブリンをアドリブで加える)の四重唱曲だが、合唱曲として演奏されることも多い。原題は「ロマの生活」もしくは「ロマの人生」の意味。ウ○キペディア情報。


 現代日本に生きるあたしたちからすると、相当エキセントリックなこの曲が、アーソナの伝統で、象徴みたいなところがあるんだ。


 この曲の見せ場のひとつが、ソロ。4つのパートから各1人ずつ、4小節ずつ歌う。――だけど、あたしはこのソロパートが、どうも苦手なんだ。聴いていると、なんだかぞわぞわとする。このメンバーの中で、一番上手いのが私たちです。他は、ただの飾りなんです。そう言われている気がして。



              🎼 🎶 🎼



 その年の始めに、パート決めをしたのだ。混声4部。あたしの当初の希望は、アルトパートだった、ハズだった。


「アルト、多すぎ! 何人か移れ」


 指揮者だった、当時の彼氏の裕太が不機嫌そうに指揮棒をぴっぴっと横に数回振って、怒鳴った。


「私はやだー」

「あたしも」


 パートには、結構こだわりがある子が多い。だって、個人の声質の問題もあるし、ハモりが好きだったり、主旋律をガンガン歌いたかったり、そういう希望って、あんまり揺るがない。


「2年が優先的にソプラノ行けよ」


 当時4年生の女性の先輩が、つぶやいた。――2年生、つまり運営学年は、サークルの奴隷だった。


「……そうですね。って訳で、2年女子、3人ほど移ってくれ。1年は2人でいい」


 いつもは上の学年に反抗的な態度を取りがちな裕太も、このときばかりは4年の先輩の言うことを素直にきいた。


 でも。3人ってことは、全員は譲らなくていい。


「私、ソプラノにする!」


 ひよりちゃんが元気よく宣言する。あと2人。あたし、と言いかけて、やめた。――やっぱり、あたしじゃなくていい。だってあたし、頑張ってるもん。面倒な運営。中心メンバーとして、他の2年生より、絶対。


 なのに。


「――おっ、優里乃、代わってくれるか?」


 裕太の言葉に、頷くしかなかった。






※コール・アーソナの象徴の曲を、『親知らず子知らず』から『流浪の民』に変更しました。

いずれも伝統的な合唱曲ですが、ソロがあったのは後者だったな……と。笑(2019.1.29)

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