ep.10 崎田くんとの遭遇@単発バイト

 イベント当日、日曜日。朝9:00集合だけど30分ほど早めに到着、そんでもっておったまげ。


 崎田くんが、いらっしゃいました。


「おはようございます、優里乃さん」

「おはよー。またバイト?」

「人を社畜みたいに言わないでください」


 人間、図星を突かれると腹が立つものなのね。


 バイト先から支給されたTシャツに、シンプルなデニム。普段なら絶対に選ばない地味な格好にややテンション落ちぎみのあたし。いいよね、イケメンは。そんなラフな格好でも様になるんだから。切れ長な目が特徴的な崎田くんの顔を見上げる。これ、長いこと見つめると首が疲れる。


「ねえ、あなた身長いくつあんの」

「身長ですか?……えっと、182cmです。……優里乃さんは?」

「151cm」

「小さっ」


 社畜って言われた仕返しだろうか。でも残念、あたし結構自分の身長気に入ってるの。だって小さい女の子って可愛いじゃん。


 それはいいとして、イベントスタッフって何するんだろう。会場設営とかに携わるんだろうと思いながら来たわけだけれど、冷静に考えて小柄なあたしにでっかい機材運びが務まるわけがない。


 妙に不安になったものの、落ち着いて辺りを見回せば非力そうな女子だっていっぱいいる。9:00ちょうど、点呼をとられ仕事の予定について一通りの説明を受けたあと、あたしたちはそれぞれの担当の仕事に割り振られた。



「チラシ袋詰め作業なんてラッキー、超楽そうじゃん」

「いいっすね。男子は問答無用で力仕事なんで」


 不機嫌そうな崎田くんに向かってあたしは勝ち誇ったような笑みを浮かべてみせた。


 仕事は仕事、真面目にやるのがあたしの主義。指示通りにチラシを順番に透明の袋に詰めていく。


「超楽そうなんて言った自分を殴ってやりたい……」


 ヤバイよ。だってこの透明な袋、絶対破れるもん。それに時間までにこんなにたくさん詰めなきゃいけないなんてどうかしてる、本当に終わるんですかぁ?


「終わらない……ですよねぇ」


 あたしの心の中を読んだかのように、あたしの向かい側に座っていた女の子が話しかけてきた。


「ほんとそれですよ」

「まあ、でも男性陣と比べれば……って感じです」


 確かに、とつぶやいて二人で呆れたように笑う。――おっ、キラキラチャンス到来か?別に、相手は男子である必要も、イケメンである必要もない。女の子の友だちだって大切だ。


 友だちになるには、まず互いの事を知るべきだ。そもそもこの子は高校生?大学生?


「全然話変わりますけど、大学生の方ですか?」

「いえ、高校生です。……そちらも高校生、ですよね」


 いやいや、高校生「ですよね」って何ですか。どうして「そうだろうけど一応確認」みたいな感じになってるの。童顔だからだよ、知ってるよ。


「あたしは大学生。普段はカフェでバイトしてるの」

「えー、そうなんですか、意外、ウケる」


 意外、というのは「大学生であること」が意外なのか「カフェのバイトをしていること」が意外なのか、一体どっちなのか。ウケられても困る。


「そっちは、いつもバイトしてるの?」

「いえ。高校生もOKのバイト、結構少ないんですよー」


 ここ見つけるのも意外と苦労しちゃいましたよ、と微笑んだ。


「塾の冬期講習代の足しにしたくて」

「……あなた、高校何年生なの?」

「三年生です。こう見えて、受験生でーす」


 いえい、なんて言いながらピースサインを出す彼女を見ていたら、なんだか心がきゅっとなった。ちょっと軽い感じのノリだけど、自分の将来のためにお金を稼いでいるんだ、この子は。受験生時代は勉強にだけ力を注いでいれば良かったあたしとは違う。


 そして思ったのだ。――崎田くんは、どうしてこんなにも一生懸命お金を稼いでいるのだろう、と。




 どうにかこうにか午前中の仕事を終え、ランチタイム。


「おお……美味しそう」


 バイト先から支給されるごくごく普通の幕の内弁当。待合室のような場所で皆が思い思いに食べ始める。


「いただきます」


 あたしもパイプ椅子に腰かけ小さく手を合わせる。


「お疲れさまでーす」

「……あ、男子陣だ。お疲れさまー」


 あたしは玉子焼きを頬張りながら、疲れた様子で入ってくる彼らを上目遣いで見上げた。その中には勿論、崎田くんがちょっぴり不機嫌そうな顔をして交ざっている。弁当箱をひとつ受けとると、彼は何も言わずあたしの隣に腰かけた。――マジで?


「お疲れ。エビフライあげよっか」

「あ、どうも。……あ、でもやっぱいいです」


 パスタは平気でおごられるクセに、エビフライの恩は買わないつもりかしら?首をかしげながら彼の横顔を見る。――やっぱ、アホみたいに整っていらっしゃるな。眉間に軽くシワを寄せ、目頭をぎゅっと押さえるその姿も、見た目だけはマジで神。




 夕方からはいよいよライブが始まる。午前中こそ地味な仕事が続いたあたしたちだったけれど、ここからは本番。お客様の誘導に警備、受付にグッズ販売。いやはや、燃えるよね。


 いやはや、それよりも何よりも、イベントスタッフバイトの醍醐味と言えばやはり。


「あたし、芸能人を生で見るの超久しぶり!」

「……なかなか無い機会ですもんね」


 おや、珍しく興奮ぎみでいらっしゃる? だっていつもとちょっぴり様子が違いますもんね、なんというか、こう、仏頂面どこやったのよ的な。


「ミーハーなタイプ? 意外と」

「優里乃さんとは違いますけど……ファンなんです」

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