ep.9 ヅラよりマシな方法なかったのかよ
完全に迷走し始めている。自覚していたけれど、それはそれでなかなか楽しい。
堅実で真面目。基本的にはそういう感じで生きてきた。やるべきことやって、将来見据えて、無難な成功をおさめていくスタイル。痛いことはしない。人には、嫌われない。
だからこそ、今が楽しいんだ。
って言っても、せいぜい髪の毛をハニーブラウンに染めたり崎田くんと友だちになったりしたくらいの話だけど、それでもあたしにとっては大きな変化。
「優里乃さん、おはようございます。――なんか今日、髪の毛が全体的に歪んでますよ」
バイト先の後輩くんがキラキラした目をしながらこちらに近寄る。
「どうしたら直るんだろ?」
一人言を言いながら、あたしの頭に手を伸ばす。
――これ、あかんやつや。
髪の毛の根元に手を当て、横にずるりとずらした彼。手には、あたしのウィッグ。ハニーブラウンの髪の毛がオハヨウゴザイマス。
後輩くんは辺りを見回すと、慌ててウィッグをあたしの頭に乗っけて、髪を整えた。幸いその場に飯倉親子(マスターと、バイトリーダー)は居なかったから事なきを得た。
「ごめんなさい……」
しゅんとして下を向いた彼はまるでいたずらを叱られ、耳を垂らして反省するラブラドールレトリーバーの子犬みたい。
「いや、ヅラがずれてるあたしが悪かった」
「仕方ないですよ……髪の毛、明るくしてみたいものですもんね」
「え、田口くんもそうなの?」
「俺は別に……でも、俺の彼女がいつもそう言ってます」
彼女の話をするときの後輩くんは、一番キラキラした笑顔になる。
「彼女の髪、さらっさらでふわっふわで、黒すぎず明るすぎずって感じで大好きなんですけどね、俺」
手をきゅっと握って目を閉じる。――ああ、これは昨日触れましたな。感触を思い出してるやつだ。
いやあ、美人は実に得ですよ、こんなハイスペイケメンに愛されて。ちなみに言うと後輩くんの本業、医者の卵だから。れっきとした医学部医学科のキラキラ一年。すごくバカっぽいしゃべり方するけれど、一応偏差値高い系男子ですよ?
一度だけ、彼女さんを見たことがある。色白で髪の毛が綺麗で、意思の強そうな整った顔をした正統派美人。ただ、なーんか気にくわないのよね。プライド高めの目付きが苦手なの。ああいう女の子って、自分のことめっちゃ可愛いって分かってるだろうし、友だちとしてはお近づきになりたくないタイプ。
ま、あたしみたいな童顔幼児体型女子も結構モテちゃったりするんだけどね。日本はロリコン文化だから。……あ、人生の三度のモテ期、使い果たしてるんだった。
「なんで、彼女さんは染めないの」
「やっぱりバイト先の決まりみたいですよ」
「はぁ……どこもかしこも厳しいバイトばっかりよのう」
あたしは肩を落とす。――そうだ。
「……田口くん」
「なんすか?」
キョトンとして首をかしげる。
「ごめん、こっから先、土日はちょっとバイト入れないかも」
「えっ、人手不足なのに……俺のシフト増える……また彼女とのデートが減る……」
一気にテンションガタ落ちした後輩くんには悪いけれど、いいこと思い付いちゃった。
キラキラキャンパスライフ計画その3(ちなみに「その1」は1女のフリ、「その2」は渋谷109計画だ)。
「キラキラ系単発バイトに参加する」!!
テンション高めにいぇい、とガッツポーズを決めていたら、飯倉バイトリーダーが真横を通りすぎる。
「ヅラよりマシな方法なかったのかよ」
バレててワロタ。
その晩あたしはひたすら東京都内で働けるアルバイト情報を探し回った。「都内」「髪型・髪色自由」「短期・単発」が最低条件。
結局その週の末にイベントスタッフのバイトをすることが決定した。
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