3節目:我らの教会を手に入れよう

 入学式が終わると同時に、キサトの思い描いていた学校生活のプランは砂山のように崩壊し、早くも一週間が経とうとしていた。

 学校に毎日やって来るパンとドリンクの出張販売。ここでだけ売られているダブルテリヤキバーガー。

 デザートにはチョコケーキと牛乳。

 これらを昼食に食べることが、学校での数少ないキサトにとっての癒しになっていた。

 だが、今日の昼食に選んだのは、ジャムも何もついていないコッペパンと、かろうじて手に入れた牛乳だけ。

 早朝から校門の前に立って勧誘のビラ配りをしたのだが、訳があって早々に切り上げることになった。そんなこんなで、無理やり早起きしたキサトは授業中睡魔の執拗な攻撃にさらされ、ついに陥落してそのまま出張販売のピークを寝過ごしてしまった。

 今日の癒しはコッペパンと牛乳だけ。


「(最近ついてない。何か悪いことしたかなぁ……)」


 心で愚痴をこぼし、キサトは疲れ切った顔でコッペパンをかじる。そして三〇回噛んでから牛乳と一緒にお腹へ流しこんだ。

 あっという間に食べ終わったが、キサトの空腹は満たされなかった。

 教室中に広がっている、焼きそば、手作り弁当、大好物のダブルテリヤキバーガー等の香ばしい匂い。今のキサトにとっては軽い拷問を受けているようだった。

 大きなため息を吐くキサトの前に、クラスメイトの女の子が近寄ってくる。


「大丈夫? 今日はすっごく調子悪そう。昼休み前の授業なんてずっと寝てたし」


 心配してくれる女の子のその言葉に、乾ききったキサトの目が少しだけ潤う。


「ありがと〜ミカちゃん」

「何かあったの?」

「……うん、少しね」


 キサトはあえて理由をはぐらかした。

 余計心配させたら悪いと感じたからだ。


「そうだ。キサトちゃんはどこか部活入った? 私は調理部よ」

「……聖書研究会」

「えぇっ、それって隣のクラスのハレルヤさんがやってる?」

「ハレルヤさん? ハルさんじゃなくて?」

「文学部の先輩達がつけたその人のあだ名だよ。めちゃくちゃな勧誘をし続けてるって」

「あぁ、私もされた」


 まあ、あんなやり方をしてたら有名になるのも無理ない。


「嫌よね。聖書を扱うって事は宗教じゃない? 何を考えてるかわからないし、辺なところと繋がっているなんて事もあるかもしれないし。どうして入る気になったの?」


 ミカに聞かれ、キサトは少しだけ考えた。

 自分から進んで入ったわけじゃない。

 だが正直な話、ハルが悪い人間には思えない。だから部員名簿に名前を書くことを許した。

 あの時手当てした膝の傷は自分でつけたにしては大きかった。

 変なことだけど、あの人はある意味純粋だと信じたい。


「確かに怪しい気はするけど悪い人じゃないと思う。それに、部活として正式に設立されたら抜けるつもりだし」

「そっか。無理しないでね」


 ミカの励ましの言葉。それに応えようとキサトが口を開こうとした瞬間、窓の目の前で上から何かが落ちていくのが見えた。

 キサトは窓を開け、何が落ちたのか確かめる。

 最初に目にはいったのは屋上から垂れる長い糸。下を見ると、その先端には何かが付いているように見えた。

 ゆっくりと糸をたぐって手元にそれを手繰り寄せる。


「なにこれ……」


 思わず感想がキサトの口から溢れる。

 糸の先端に括り付けられていたのは、ゲームソフト──<宗教クエスト>のパッケージだ。しかも、そこには「ようこそ聖書研究会へ」と黒マジックペンで書きこまれている。

 噂をすれば影。

 こんなことをする人間は一人しかいない。

 

「キサトちゃん危ない!」

 

 キサトのいる教室は校舎の三階。

 落下しないようミカに体を支えられながら、キサトはめいっぱい窓から体を出して屋上を見上げる。

 見上げるキサトの視線の先には、釣竿のような長い棒があった。


「何やってるんですか!?」


 屋上まで声が届くように、キサトは声を張り上げて言った。

 しかし、返事が来ない。代わりにキサトのポケットでスマホが震える。体を(教室に)ひっこめてから取り出してみる。

 ハルからの着信だった。

 

「いつの間に……」


 呟きながらキサトは画面の応答ボタンを押して、スマホを耳に当てた。

 

『やっほーハルだよ。さっきの声はキサトちゃんだね?』

「なにやってるんですか」

『何って勧誘だよ。この前キサトちゃんに無茶な勧誘はするなって言われたじゃない? だから私なりに工夫してみたわけ。なずけて、メンバーは釣り上げて増やしちゃおう作戦! どう、前よりは良くなってるでしょ?』

「悪化してますよ! 前のほうがまだ良かったです!」

『えぇ~せっかく景品も付けたのに。ビラ配りなんて邪道じゃない』

「正道ですよこの上なく正道です。バカなんですか?」

『ファンタジスタと呼びなさぁ~い』

「今日ビラ配りができなかったのはハルさんが先生に許可をもらうの忘れていたからじゃないですか。放課後先生に許可もらって明日やりましょうよ」

『もちろん明日もビラ配りはやるわ。でも部活認定の締め切りまでにあと八人かき集めなきゃいけないし、この際手段は選んでいられないわ』


 どの口が言うんだ。ジャンピング土下座を披露していた最初の時点で手段もへったくれもない。


「とにかくこのやり方もダメですからね!」


 そう叫ぶと、キサトはもう一度窓に乗り出してぶら下がる糸を引きちぎり、ゲームソフトを適当に投げ捨てる。

 スマホの向こうでハルが抗議する声が聞こえる。だが、構わずに通話を終了した。

 あきれたキサトはどんな顔をしたらいいのか解らなって頭を抱える。


「た、たいへんそうだね……」

「部活認定の締め切りまであと二週間。それまでにあと八人……あの人の勧誘能力じゃ集め終わるころには私たち卒業式を迎えてるかも」


 新しく部活を立ち上げる場合、部活認定の日までに既定の人数をそろえて大量の書類を提出しないといけない。できなかった場合は来年まで待たないといけなくなる。

 この調子だとまずい。

 はやく何とかしないと、ハルが学校側からの処分を受けることにもなりかねない。それはキサトのなかで考えられる最悪の結果だった。

 考えていることが口からこぼれ出すほど、キサトは考える。

 

「でもこの学校ってそんなに厳しかったっけ?」


 そういったミカは生徒手帳を出して、<部の設立について>と書かれたページをキサトに見せる。


「ここを見て。部の設立には十人必要だけど、顧問になってくれる先生があらかじめ決まっていれば三人で良いって書いてあるよ?」

「……ハルさん、もしかして生徒手帳をよく読まないで活動してたのかな」

「あはは……でもこれでだいぶハードルは低くなったと思う」

「さぁ、これでやることが決まったよ」


 はやく聖書研究会を部活に昇格させて、自分は文学部に入る。

 そんな思いがキサトの目に光をともし、その背中を押した。





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