2節目:ああ、神様、マジですか?

 キサトはハルに腕を引かれ、強引に学校から連れ出され、たどり着いたのは白い三階建ての一軒家。

 「あがってあがって」と三階にあるハルの部屋まで案内される。

 ピンク色のカーテンがつけられた窓が二か所、木製の大きなクローゼット、奥の隅にはベッドがあるなど、部屋自体はとてもシンプルだ。

 唯一普通じゃないのは本棚だけ。キリスト教で扱っている聖書、ヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教やメジャーな神話の本などで埋め尽くされていた。


「今お茶いれてくるからまってて~」


 そう言ったハルは階段を駆け下りていった。


「(どうしようこの隙に窓から逃げ出そうかなぁ)」


 そう思ったキサトは窓を見つめる。窓の目の前には電柱が立っている。それに飛び移り下まで降りて逃げ出そうと考えた。

 やれないことはない。だが、失敗したときのリスクを考えてしまい、自分の考えをはねつけた。それによく考えたら、そんなアクロバットなことをして逃げないといけない程の事ではない。

 ある程度話を聞いて、解放してくれる条件をクリアすれば問題はないはず。

 キサトは床に座り、考えるのをやめてお茶が来るのを待つことにした。


「おっまたせー!」


 戻ってきたハルが壊すような勢いでドアを開ける。

 ハルはトレイに乗せた麦茶の入ったグラスをキサトに渡して、目の前に座り込んだ。

 

「え~それでは聖書研究会に新たなメンバーが入ったことを祝して乾杯!」

「まだ入ったとは決めてないんですが?」

「フフッ、それと窓から逃げようとしてたら投げ縄で捕まえる予定でした」

「もうどうあっても逃げられないのか……。それで何が目的ですか。いくらお布施すれば許してもらえます?」

「違うよぉ私はただ一緒に聖書や神話について自由に研究したいだけだよ。どこの宗教も強制はぁぁぁしなぁぁぁい!」

「でもこの研究会に入るのは強制ですよね?」

「うぅっ……でもでも、絶対嫌がるようなことは強制しないから」

「ここに連れてこられたことが既に私の嫌がることなんですが」

「お願い!」


 軽くジャンピング土下座まで披露するハル。ここまで懇願されると無下に断り続けるのは悪い気がしてくる。なぜ悪いことをしていないのに心がもやもやするのか、キサトには理解できない。

 ハルの向ける純粋無垢なまなざしが眩しく感じる。

 キサトはどうすればいいか迷い、視線をいろんなところに向ける。

 不意にハルの両膝で目が止まった。勧誘のためジャンピング土下座を繰り返したのか、ハルの両膝は傷だらけになっていた。

 その傷は、ハルの覚悟を物語っているようだった。。


「(仕方ないか)……わかりました。名簿に名前を載せるくらいなら許可します」

「ほんと?! いぃやったぁぁぁぁぁぁ!!」

「えっ!」


 その一言に、ハルが喜びの叫びを上げながらキサトに抱き着く。ハルはキサトの慎ましいサイズの胸に顔を埋めた。


「ちょ、苦し……」

「ありがとう! 頑張って勧誘し続けてよかった~」

「声かけたのって私で何人目だったんですか?」

「50以上はいってると思う」

「そんなになるまでジャンピング土下座を……」

「うん。やっぱり頑張るものは救われるのね、アレルヤ……」

「何かって……。とにかく、膝を出してください。手当しますから」


 キサトは自分のカバンから十字マークの付いた袋を取り出し、中に入っている包帯やガーゼ、消毒液を広げて、ハルの手当てを始めた。


「痛っ……」


 消毒液が染みたのか、ハルがかるく顔をしかめた。


「動かないでください」

「女子力高いね。応急セット持ってるなんて」

「医者をしている父の影響です」

「ふ~ん、仲いいんだ」

「わかりません。最近は新しい研究とかでなかなか帰ってきません」

「そっか……。改めて自己紹介するね。私は神山かみやまハル。あなたと同じ一年生よ」

「同い年だったの?!」

「ううん、キサトちゃんより一つ上よ。いやぁ、聖書とかの研究に夢中になりすぎて留年しちゃったんだ」

「マジですか」

「敬語は使わないでいいからね」

「……慣れないので結構です」


 呆れながら包帯を巻き終え、キサトは改めてハルに向き合う。


「名簿に私の名前を書くのに一つだけ条件があります」

「なに?」

「自分の体を大切にしてください。これからは無理な勧誘とジャンピング土下座は禁止です」

「わかったわ」

「それじゃあ名簿を出してください」

「そんなのないよ」

「…………ふぁっ?」

「まだ部として設立されてないんだ。実は設立に必要な人数を集めている段階でねぇ~」

「……どうなっちゃうんだろ?」


 期待と不安が入り混じる入学初日。不安という闇で塗りつぶされ、さらに先が見えなくなった自分の学年生活の脳内プラン。

 その時のキサトはただ両手で頭を抱えて呻くことしかなかできなかった。

 



 

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