集え、我ら聖書研究会!
GPZ900R
第一章:部活へ昇華せよ
1節目:ようこそ我が聖書研究会へ!
四月の初め。外ではここちの良い春風が吹き、新入生を祝うようにサクラの花びらが空を舞っている。
しかし、私立高校こと聖堂学園の図書室には季節の変化は関係ない。
窓一つない図書室は本を日焼けから守り、天井に設置された複数のエアコンで湿度・気温を管理して本がカビて黄ばんでしまうのを防いでいる。
夏の太陽の灼熱も、水が凍りつくような極寒も、この部屋には無縁のものだ。
貸出返却の手続きをするカウンターの上部には巨大なモニターが設置され、新しく入ってくる本などの情報が表示されている。
ところせましと設置された木製の棚には、歴史書や昔の小説、イラスト、洋裁、料理の本など、さまざまな種類の本がナンバーシールを貼られて収められている。
床にはホコリ一つ落ちていない。
まさに、本と読書を愛する者のためだけに作られたと言っても嘘にはならないくらい整った部屋だ。
そんな部屋の中、本棚に囲まれた通路をゆっくり歩く一人の少女がいた。
彼女は
先ほど聖堂学園の入学式を終えた彼女は、初めて入る部活動にと文学部を選び、部会が開かれるここに来ていた。棚にならぶ大量の本の中から一冊手にとって、パラパラとページをめくっては棚に戻すという動作を繰り返して、文学部員が来るのを待っている。
キサトは制服のポケットからスマホを取り出し、時間をみる。
現在、13時10分。
部会が開かれるのが一二時三〇分と聞いたキサトは、始まる予定の十分前にはこの図書室に来ていた。
しかし、三〇分以上待っても文学部らしき生徒が来ている様子がない。居るのは貸出返却手続きをするカウンターで居眠りをしている女性係員が一人だけ。
気がつけば、空調装置から流れ出る空気の音しか聞こえてこない。誰かの足音も、話し声も聞こえない。
部会があると言っても、放課後のこの時間に誰もいないのは少し変だった。
「(あと10分だけ待とう)」
そう心に決めたキサトの前に、
「やあ、君は入会希望者だね?」
そう言って現れた少女は、両手を腰に当てながら、やや見下ろすようにして鳶色の眼を輝かせる。
言動からして、文学部の先輩だと思ったキサトは、ちょうど手に持っていた本を素早く棚に戻し、目の前の少女に対しておじぎをした。
「初めまして。今日入学した我道キサトです! 文学部に入りたくて、今日開かれる部会に参加させていただこうと思って来ました!」
「うんうん! 熱意ある新入生が来てくれてうれしいよ! 私は
「はい! よろしくお願いします!」
「ようこそ、聖書研究会へ!」
「…………はい?」
一瞬、キサトの思考がフリーズする。
間違えるはずはない。ここには、「ここで文学部の部会がある」ということを、山口という名前の先生に聞いてから来た。
「あの〜文学部に──」
「ようこそ! 我が聖書研究会へ!」
「ごめんなさい間違えました」
部屋を出て行こうとするキサトの行く手を、ハルは素早く阻む。
「今あなたには選ぶべき道が二つある! 一つは何も言わずに私について来て世界の真理を見極めること」
「ワンサイドすぎませんか?」
「そしてもう一つは、私と聖書を研究するか。 この二択よ!」
「一択じゃないですか!」
「さあ、わたしと研究家の道を歩みましょう!」
「嫌です。私には信じてる神様がいるんで」
「ならば──」
ハルはポケットから十円玉を取り出した。
「勝負をしましょう。今からコイントスをして、オモテが出たらあなたの勝ち。問答無用で返してあげる。ウラだったら今から私と一緒に来て」
めちゃくちゃだ。しかし、無意識のうちに部屋の隅に来ていたところを捕まったキサトに逃げ場はない。この運まかせの勝負に勝つしかここを出るには他に方法がないと、キサトは覚悟を決めた。
「……わかりました」
「オーケェ。じゃあ行くよ!」
ハルは右手の親指で十円玉を弾き、落ちて来たところを右手の甲に乗せ、一瞬で左手で覆って隠す。そして、結果を探るように左手をかるく持ち上げてのすきまを覗き込む。
「チッ…………」
ハルは舌打ちをした。次の瞬間、両手をひっくり返して、左手を差し出した。
「はい、ウラ」
「今の一連の動作で何があったのよ!?」
小学生でも見れば解るイカサマを平然とやって退けたハルに対して、思いっきりキサトはツッコミを入れた。つい敬語を忘れてしまった。
「ええい、往生際の悪い。いいから来なさい!」
ハルに腕を掴まれたキサトはそのまま外に連れ出されてしまった。
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