第16話 いざ!王室サロンへ!

 シャーロットの誕生日の翌朝、両親に朝食の席で衝撃的な事案を突き付けられる。


「わ、私が王妃様とシャルのサロンへ、ですか…?」

「ああ、これは王妃殿下のたっての希望でね。先日クリスが王宮に滞在した時からお考えになっていたそうだよ。昨日、直々に国王陛下と王妃殿下から『是非に』と仰せられてね。それに、クリスの事を褒めてもいらっしゃったよ。一侯爵家の令嬢でありながらも勉学に励み多くの語学を自在に話すとは素晴らしい。是非サロンでも楽しませて欲しいとね」

「あら、王妃様がそのように仰せになるなんてとても素晴らしい事だわ!王妃様はお優しい方ですけれど、誰も彼もをお褒めになるわけではありませんもの」

 父ライオネルの隣で嬉しそうに微笑みながら、母キャスリンは言った。

「ああ、そうだねキャシー。私もクリスが認められてとても鼻が高いよ。そういう事で、王妃殿下はクリスにサロンへ、是非に参加して欲しいそうだ。王妃殿下のサロンは、淑女にとってこの国一の社交場と言ってもいかもしれない。クリスにとってこれは良い経験になると思うよ?殿下が仰るには、最近では王女殿下のデビューもあって、王女殿下と同世代の令嬢を中心にしたサロンを開かれているとのことでね、あまり気後れせず参加して欲しいと仰られているんだ」

「クリス、私もこれは良い機会だと思う。デビューをしたことで、今後はこうしてサロンへ参加する機会も増えるかもしれないからな。少しずつ慣れる良い機会でもある」

 長兄であるアレキサンドリアは、父に同調する。

「僕は反対です。何でクリスをそんな魔の巣窟に放り込まないといけないんです!先日、王太子殿下とダンスを踊ったり王女殿下に連れられて夜会会場に入場したりと、ただでさえ今注目を集めている状態だというのに…。そんな時にサロンに行ったら、他の令嬢たちから攻撃されるのが目に見えているじゃありませんか。そうと分かっていて可愛い妹をそんな所に送り込むなんて僕には出来ません!」

 次兄のオルフェンシアは不機嫌さを隠さずに、父と兄へ抗議する。

「オルフェの言う通り、サロンという場所は社交場ではあるが時に女性にとっての戦場にもなる。だが、いつまでもクリスをそれらに近付けない様にすることは当主である私が許可しないよ。クリスももう立派な大人だ。いずれは然るべき家へ嫁ぐことになるだろうし、その時になって最低限の社交が出来ないでは話にならないのだよ。それは貴族である以上、最低限の義務であると私は考えている。だからこの件は相談ではないんだ、サロンへ参加する事は既に決定事項だからね」

 ライオネルは優しい声音で、しかし目元に笑みは浮かべずにオルフェンシアを見つめながら言う。

 オルフェンシアは悔しそうに眉間に皺を寄せると、「分かりました」と小さい声で呟きそれ以上意見する事はなかった。

「さて、そういう事でクリスにはサロンへ参加してもらうよ。王妃殿下たちに粗相の無いよう、しっかり侯爵家令嬢として勤めて来なさい。サロンに招待された日は明後日だからそれまでに分からない事はお母様に聞いておくんだよ」

「分かりました、お父様」

 置いてきぼりの話し合いの中、クリスティーナはただ頷く事しか出来ないのだった。





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 そうこうしている内に、クリスティーナはサロンへ行く日を迎える。

 クリスティーナとしては、着て行くドレスはいつも通りオルフェンシアが準備するのだろうと思っていたが、今回は違った。

 余程拗ねているのか、今回はオルフェンシアが準備せずアレキサンドリアが準備したのだと侍女のテレサから聞いた。

 アレキサンドリアが仕立てさせたというそのドレスは、春に芽吹く若草の様な柔らかな緑色のアフタヌーンドレスで、エメラルドグリーンのクリスティーナの瞳にとても似合う色であった。そして、これまでオルフェンシアが用意していたあからさまな流行遅れのドレスとは違い、洗練されたデザインだった。夜会用のドレスとは異なり、あまり胸元の開いていない上品な襟元には、繊細な白いレース飾りが縫い付けられており、同じレース飾りが袖口の部分にも施されている。ドレスのスカート前面部分には、白い布地でドレープをたっぷりと作り、若草色の生地の部分には白い刺繍糸で裾部分にのみ小花模様が刺繍されている。そして、スカートの丈は普通のアフタヌーンドレスよりもこぶし一つ分ほど短く、裾部分には白いチュール生地でたっぷりのフリルを作って縫い付けており、クリスティーナが歩くとその足元がチラリと覗く様になっていた。また、腰と胸元のリボンは若草色の生地と同じ生地で作られているが、リボンの端の部分にはスカートと同じ様な白い小花模様の刺繍が施されており、クリスティーナの髪を飾っているリボンも同じものを使用していた。このドレスは、16歳であるクリスティーナの若々しさと可憐さを一層引き立てるデザインであり、準備を担当したテレサ以下5名の侍女たちですらクリスティーナにしばし見惚れてしまう程、とても似合っていた。

「クリスティーナ様、とてもお似合いです」

「ありがとう。でもなんだか気恥ずかしいわ…。私に本当に似合っているのか不安になるくらい…」

「何を仰っているんですか。似合わないわけありませんわ!寧ろこんなにもお似合いになる方はこのレジェンディア王国内を探してもクリスティーナ様しかいらっしゃいません!!!」

 テレサはやっと自分の手でクリスティーナを他家の令嬢に負けない位に着飾る事が出来、満足感で打ち震える。

「アクセサリーも一応はご用意していましたけれど、このままの方が野暮ったくならずに可憐さが引き立ちますのでやめておきますね」

「私はあまり分からないからテレサに任せるわ」

 そうして最後に、ドレスよりも少し濃い緑色のヒールのある靴を履くと、クリスティーナは立ち上がる。

「ちょうど良い頃合いですから参りましょう」

 他の侍女が準備していたバッグと扇子を受け取り、クリスティーナは邸のエントランスへと足を向ける。


「クリス、とても綺麗だよ!」

 エントランスに着いたクリスティーナが声のした方を振り返ると、次兄オルフェンシアの姿がそこに在った。

「オルフェお兄様」

「あぁ、やっぱり心配だ…。こんなにも可愛い妹をあんな魔の巣窟にたった一人で向かわせるなんて」

 そう言うと、オルフェンシアはクリスティーナを抱き寄せる。

「大丈夫ですわ、お兄様。テレサも王宮までは一緒ですし、サロンにはシャルもいるのですもの」

「それでも、何があるか分からないのが王宮だからね。まさか僕の出立の日が同じ日に重なるとは…。重ならなければ何としてもクリスについて王宮に行ったものを」

「もう、そうされてしまっては私は王妃様に怒られてしまいますわ。安心して下さいお兄様。頑張って侯爵家令嬢としての使命を果たしてきますわ。それに、これを切っ掛けにシャル以外のお友達が出来るかもしれないと思えば、サロンへ行くのが嬉しくもありますの」

 クリスはオルフェンシアからそっと離れると、彼の顔を見て微笑む。

 今日はあの分厚いレンズのついた眼鏡は持参していない。

 アレキサンドリアに今後は着けない様にと言われた為だ。

「せめてあの眼鏡だけでも着けていけたら良いんだけど…」

「お兄様、仕方ありませんわ。アレクお兄様のお決めになった事ですもの。さあ、お兄様もそろそろ出発されなければ部下の方々もお困りでしてよ」

「待たせとけばいいよ。僕はクリスが心配なんだ…。そうだ、いっその事クリスも僕について来ない?外国旅行のつもりで。見たことが無い物もたくさんあるから、きっとクリスの興味を引くものが見つかると思うよ!」

「お兄様…!」

 クリスティーナはムスッとしてオルフェンシアを見上げる。

「はぁ…、分かったよ。僕の負けだ。でも約束して、絶対に変な男について行かないように。シャーロット王女殿下の傍にいれば問題はないと思うけれど、僕たち兄弟以外の世の中の男どもなんて盛りのついた犬の様なものだからね」

「お兄様…、犬って…」

「クリスをつけ狙うやつらなんて犬畜生で十分の呼び名です。寧ろ畜生と呼ばないだけ感謝して欲しいですね。あと、今回もですがサロンが女性だけの場所だからと油断しないように。先日父上が仰ったようにサロンは時と場合によっては女性にとっての戦場と同じだからね。今はまだ分からないかもしれないけれど、覚えておいて損はない。あと、何かあったら迷わずに兄上やエドに相談すること。一人で抱え込んでは駄目だよ。この3つだけを必ず守ると約束してくれるかい?」

「分かったわ。お兄様たちを心配させない様に私も気を付けるわ」

「それなら安心だね」

 そう言うとオルフェンシアは、クリスティーナを彼女が使う馬車までエスコートする。

「では行ってまいります。お兄様も道中お気をつけて。無事に帰ってらしてね」

「勿論だよ。気を付けて行っておいで」

 オルフェンシアはそう言うと、御者に出発するように声を掛ける。

 御者の掛け声と共に馬車はゆっくりと走り出す。

 その馬車が見えなくなるまで、オルフェンシアは見送り続けたのだった。



 王宮にクリスティーナが到着すると、例のごとくシャーロット王女付きの侍女マリアが出迎えた。

 マリアに案内されて向かったのは、内宮にある王妃のサロン専用の応接間だった。

 そこは以前案内された応接間とは違い、王妃のサロン専用だからか調度品は女性の好む柔らかな色合いのものが多く、落ち着いた雰囲気のある一室であった。

 中には既に3人の令嬢が案内されており、どの令嬢もクリスティーナには見覚えのない令嬢であった。

 しかし3人は皆、顔見知りであるらしくソファーに腰掛けて歓談しているところだった。

 クリスティーナが入室した事に気付くと一斉にクリスティーナを振り返り、「御機嫌よう」とそれぞれが挨拶の言葉を口にする。

「御機嫌よう…」

 クリスティーナがそう返すと、何も無かったかのように3人は再び話を始める。

 ここまで付き従ってきたテレサはマリアと共に部屋を出て行った為、この場にクリスティーナは一人だ。

 しかし、3人の雰囲気を見るに、ここでクリスティーナが輪の中に入ろうとしようものならいい気はしないのだろうということ位は分かった。

 しばし考えていると再び後ろの入口が開き、侍女に案内された令嬢が入室してくる。

「ちょっとあなた。そんな所に立っていらしたら邪魔でしかたがありませんわ。さっさとお退きなさいな」

 聞き覚えのある声に振り返ると、豪奢な赤のドレスに身を包んだエミリア・ディアンツ公爵令嬢が立っていた。

「あなたは…」

「ご…御機嫌よう…」

 クリスティーナが一応はと挨拶をすると、エミリアは返事を返すことなくあからさまに嫌そうな顔をしてクリスティーナの横を通り過ぎ、先に来ていた3人の令嬢たちの元へと足を向ける。

 3人の令嬢たちも、クリスティーナの様にエミリアへ挨拶をそれぞれに行っており、エミリア自身もそれに機嫌よく答えていた。


(これは嫌われてしまっていますわね…)


 クリスティーナがどうしようかと考えていると、本日のサロンの主催者である王妃殿下と、その娘シャーロット王女殿下の来室が侍女によって告げられる。

 そして、その知らせから間もなく2人は入室してきた。まず王女であるシャーロットが、チラリと視線だけで室内の様子を見渡し微笑む。

 クリスティーナを含む令嬢5人はシャーロットに向かって立ち上がった状態でドレスを摘み、優雅にお辞儀をしながら「御機嫌よう、王女殿下」と挨拶をする。それに対してシャーロットもニコリと微笑み「御機嫌よう」と返答する。

 そして5人の令嬢は、続いて王妃殿下へ視線を移し「御機嫌よう、王妃殿下」と先程と同様にドレスを摘みながら優雅に挨拶を行う。

 王妃リリアンヌは、その様子を微笑みながら見守り「御機嫌よう」と返答する。

 これはレジェンディア王国のサロンにおけるマナーの一つで、必ず家格の低い物から家格の高い物へ先に挨拶を行う事になっているからだった。この場において最上位の位にあるのはサロンの主催者である王妃リリアンヌである。

 王妃はシャーロットを連れ、室内に備えられたテーブルセットに足を向け席に着いた。

 その後、それぞれの令嬢は上座にほど近い席から順に家格が上の者から案内され自分の席に着く。

 エミリアは公爵家ということもあり、シャーロットの次に上座に近い席を、そしてクリスティーナがその次の席といった具合で案内された。

 その後、それぞれが自己紹介を簡単に行う。

 先に来ていた3人の令嬢の内、1人はクリスティーナと同じ侯爵家、もう2人は伯爵家とのことだった。

 5人がそれぞれに挨拶を行っている間に、あっという間にティーセットやそれに合わせて数種類のお菓子などが目の前に準備されていた。

「皆さん、遠慮なさらずにお食べになってね」

 リリアンヌがそう言ってまず用意されたお茶を一口飲むと、それを合図とばかりに他の令嬢たちもそれぞれにお茶とお菓子を楽しみ始め、同時にお喋りに花を咲かせる。

 お喋りの内容としては、年頃の令嬢らしく王妃やシャーロットのドレスや装飾品について誉めたり、最近のドレスの流行について論議を交わしたりという内容が主である。

 しかし、クリスティーナ自身がそうした服飾品についてあまり興味が無い為、どうにも会話の中に入れずニコニコと微笑みながら他の令嬢の話を聞いていたり、適当に相槌を打ったりする位しか出来なかった。よって、目下のお茶と美味しいお菓子に秘かに舌鼓を打つのが彼女の今現在の役割である。

「それにしても、先日のシャーロット王女殿下のお誕生日には、夜会に参加出来なかった貴族の方々からもたくさんのお祝いが届いたとお聞きしましたわ」

 参加していたクリスティーナと同じ侯爵家の出であるサブリナ・マグノリッテ侯爵令嬢がうっとりとした表情でシャーロットに言った。

「それでしたら私も聞きましたわ!それに、国民からもたくさんの言祝ぎがあったとか」

 サブリナに続いてアリエット・ニューデリー伯爵令嬢も微笑みながら言う。

「シャーロット殿下は誰もが憧れる方ですもの。僭越ながら私も殿下に憧れてますの」

 頬を薄っすらと染めながらデイジー・イェロウズ伯爵令嬢は言う。

「あら、憧れなんて。わたくしは皆さんに憧れて頂く程ではありませんわ」

 「ほほほ」と口元を隠して笑うシャーロットの目元はさほど笑ってはいない。

 恐らく王女であるシャーロットは、このやり取りを何度も繰り返してきたのだろう。

 その眼には「聞き飽きたわ」という感情が見える。

 しかし、クリスティーナ以外の令嬢はそんなシャーロットの感情が見えていないのか、口々にシャーロットや王妃であるリリアンヌを褒めそやす。

「シャーロット殿下も王妃殿下もそれだけ国民に慕われているということですわ。日々、国民達がこうして王家の皆様方を慕い、安心して暮らしていけるというのが何よりの証拠ですわ。王家あっての我々貴族を含む国民ですもの。わたくしは今後も末永い王家の繁栄を日々祈っていますわ」

 エミリアはうっとりとシャーロットとリリアンヌを見、そして堂々とした声音で言った。

 「ありがとう」と王妃であるリリアンヌがエミリアに告げたところで、クリスティーナは「あの…」と遠慮がちに口を開いた。

「クリスティーナさん、どうかなさったの?」

 ニコリと微笑みながらリリアンヌが声を掛ける。

 クリスティーナは意を決したようにエミリアに向き直ると「それは違うと思います」とハッキリと告げた。

「違う、とは随分な言い様ですわね。わたくしが何か間違っていると仰りたいのかしら?」

 エミリアがキッとクリスティーナを睨む。

「王家があるから国民が安心して暮らせる、私たち貴族が安心して暮らせる…。それは違うと私は思うのです」

「なっ…、あなた王家の方々を侮辱するおつもりですの!?」

 エミリアはあからさまに大きな声でクリスティーナを責める様に言った。

 他の三人の令嬢たちも訝しげな視線をクリスティーナに向ける。

 唯一シャーロットは面白い物を見る様にクリスティーナを見ており、王妃は涼やかな微笑みを浮かべクリスティーナを見つめる。

「その、侮辱するとかではなく、私は国民の皆さんがいるからこそ、私たち貴族や王族の方々はこうして豊かに暮らす事が出来ていると思うのです。勿論、国民の皆さんが安心して暮らせるのは王族の方々が正しく国を治めていらっしゃるからというのが大前提ではあるのですが…。昔、家庭教師だった先生から遠く東の果てにある国の一つに、王族や貴族は存在していない国があると聞いた事があるのです。ですから、貴族や王家があるから国民が暮らしていけるというのは、少し違うのではないかと感じただけなのです…」

「遠い東の国にはそうした国があるのですね、王妃でありながらわたくしはそれを知りませんでした。きっと、クリスティーナさんの家庭教師をされていた方はとても優秀な方だったのでしょうね」

「クリス、今度わたくしにもその遠い国の事を聞かせて欲しいわ!外国の事はあまり知らないからとても興味があるの!」

 王族であるリリアンヌとシャーロットがクリスティーナを責めるでもなく、逆に褒める様な事まで言い出した為、エミリアはそれ以上何かを言う事は出来ずに悔しそうな視線をクリスティーナに向ける。


 その後は、再びお洒落についてなど他愛もない話をしてからサロンはお開きとなった。

 帰り際もエミリアはクリスティーナへ憎らしげな視線を向けており、クリスティーナは静かにその視線を受け止めるしかできないのだった。

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