第11話 場違い感が半端ないです…
あれよあれよという間にクリスティーナのお泊まりは決定事項になったらしく、その旨がまだ仕事をしていた父に伝達されたと聞いたのが、お泊まりが決定したおよそ5分後だった……。
(決まるのが早すぎですよ~っ……!)
クリスティーナが内心頭を抱えているのを知ってか知らずか、シャーロットは意気揚々と侍女のマリアに部屋を準備する様にと指示を出している。
指示を出し終えるとシャーロットが部屋に戻ると言うので、それに従いフィリクスの元を辞した。
彼女の部屋に一緒に戻り部屋の窓から眺める庭は、たった数刻前に見た時よりも雪が積もっていたがこれ位の雪ならばなんとか邸まで戻れるのではないかと思いもう一度シャーロットに帰る旨を提案してみたが「城の中はあまり積もっていない様でも、外に出るとかなり積もっているものよ」とあえなくクリスティーナの意見は却下されてしまった。
その後は暫く二人で話に興じたり、なぜか夜の寝間着を用意する為と言い侍女のマリアに隣室で全身のサイズを測られたり、更にはシャーロットの気まぐれで彼女のドレスを色々と着せられたりして過ごした。
そして特に胸元が広く開いたドレスをクリスティーナが着た時のシャーロットの複雑そうな表情には、理由は分からないのが少し申し訳なく感じてしまった。
(ただ少しサイズがきついと申し上げただけなのですが…)
そうして寛いでいると空の色もすっかりと暗くなっており、気付けば部屋のランプには明かりが灯されていた。
窓の外の庭にも外灯があるらしく、それぞれに明かりが灯されておりそれが雪に暖かな色を灯していてクリスティーナは幻想的な雰囲気だなと少しの時間見とれた。
その時、部屋をノックする音が響き部屋に一人の侍女が訪れた。
「王女殿下、御夕食のお時間でございます」
「そう」
そう言うとシャーロットは立ち上がり部屋の入口に向かった。
クリスティーナがその姿を見送っていると、振り返ったシャーロットが不思議そうな表情で見つめてきた。
「何をしているのクリス。貴女も一緒に行くわよ」
「へぁ!?」
すっかり自分は客間で細々と一人で食事をするだろうと思い込んでいたので、突然の展開に思わず変な声を出してしまう。
「あの、私は一人でも…」
「何を言っているの。貴女はわたくしの大事なお客様ですのよ?お父様方にも紹介するのが当たり前でしょう?」
クリスティーナは突然の事に混乱していたが、ついて行く様にと侍女のマリアにも促されてしまい仕方なく立ち上がる。
そうして着いたのは王族専用のダイニングルームだった。
ダイニングルームは、これまで見てきた内宮の雰囲気と同じで煌びやかさは無く、数枚の絵画や絵皿が飾られている程度で、落ち着いて食事をする事が出来そうな部屋であった。
シャーロットに続いて入室したクリスティーナは彼女の向かいの席に案内された。
2人が席に着くとすぐに王太子であるフィリクスが入室し、クリスティーナの隣の上座に近い方の席に着いた。
続いて国王夫妻が入室すると3人は立ち上がり軽く
夫妻が席に着いてからフィリクスとシャーロットは着席する。
クリスティーナは客として同席しているに過ぎない為、そのまま軽く首を垂れた状態で国王陛下の言葉を待つ。
「
「っ、はい。サンテルージュ侯爵家の長女クリスティーナと申します…」
クリスティーナは緊張しながらも国王の問いかけに答える。
「ふむ、そんなに緊張せずとも良い。席に座りなさい」
「失礼いたします」
促されるまま席に着くとすぐに、それを待っていたかの様に前菜から順に運ばれて来る。
サンテルージュの邸での食事もお抱えの料理長が腕を振るう美味しい食事だ。しかし、流石王宮というべきだろうか出されたものはどれもが彩が良くとても新鮮なもので、恐らくこの国で一番の良質のものであろうことが素人目にでも分かるほどの食材であった。
味も、邸では食べた事の無い類の味付けだったが、とても美味しく緊張も忘れてついつい食べてしまう程だった。
そうしてクリスティーナが秘かに美食の数々に舌鼓を打っていた時だった。
「サンテルージュ侯爵には昔から私の補佐をしてもらっているのだがね、最近ではその息子たちがとても優秀な働きをしていると報告を受けている。其方の兄達かな?」
優しい笑みを浮かべながら国王はクリスティーナに問いかける。
「っ、はい。上の兄二人が外務省にて臣下の役目を務めさせて頂いております」
クリスティーナは国王に向かい軽く首を垂れる。
「侯爵自身も周辺諸国の言葉に堪能だったが、同様にその息子たちも父親に負けず劣らずの語学力の様だった。これからこの国を支える世代なのでとても今後が楽しみだと感じているよ」
「恐れ多い事にございます。兄達がその言葉を聞けばどれほど喜ばしく思う事でしょう」
父と兄を褒められた事に感激を覚えつつも、国王に感謝の念を向け深々と一礼をしながら答える。
「あれ程の語学力を身に着けるには、幼き頃より良い師がついていたのであろうな」
「はい…。師、と申しても良いのかは分かりませんが、父が私たち兄弟4人に今後必要となるであろう近隣諸国の言葉を教えて下さいました」
「まぁ、4人という事は貴女も一緒に学んだという事なの?」
クリスティーナが少し迷いつつ答えると、それまで黙って聞いていた王妃が驚いたように声を掛けてくる。
王妃の驚くという反応は珍しい事ではなく、この国では淑女たちが受ける教育の中に外国語という選択肢は無い。主に学ぶのは良い妻・母になる為に必要な刺繍や洋裁、淑女の嗜み等だけだ。その為、外国語を学ぶという選択肢は余程の事でない限りは浮かんでこない。
その余程の事と考えられるのは将来の妃候補に挙がった場合や、元々諸外国に嫁ぐと決まった場合のみだ。
「はい…。私も兄と共に一通りの近隣諸国の言葉を父より学びました」
「ふむ、近隣という事はラフレドールにミルガルド、オーランザピーネというところかな?」
「はい、あとは南の海を越えた先にあるハリーリュクス王国に極東の島国であるコゲツ国、北の狩猟民族の住まうブリューヌイ小国の言葉も学びました」
「クリス、貴女そんなにも外国語を話せるというの!?」
向かいに座るシャーロットが信じられないという表情で見つめて来る。
「ええ…、あまり解釈が難しい言葉になると考えないと直ぐには出ない事もあるのだけれど…」
クリスティーナは俯きつつ答える。
クリスティーナがここまで言葉を習得したのは、父や兄が外務省に勤めているという様に外交に特化した一族に生まれたからではない。
始めこそいつか役に立つからと周辺の3カ国の言葉を学び始めたが、物心ついてから男性同士の恋物語に出会ってからだ。国内にもそうした本はあったが、侍女のテレサに周辺諸国の本も取り寄せてもらう内に、更に遠くの国にもこうした物語はあるのではないかと思い立った。それを読みたい一心で父に頼み込み(理由は正直には話してはいないのだが…)、父にも分からない更に遠くの地の言葉を話す事が出来る家庭教師を雇ってもらった。兄達も時折一緒に講義を聞く事があったが、それぞれが王宮に仕え始めたり寄宿学校に入ったりとで徐々に講義を聞く事は無くなり最終的にはクリスティーナだけが教えを乞うという形になってしまったのは家族位しか知らない。
そうした流れに合わせて、周辺諸国の歴史等もその家庭教師から学んだ為、普通の貴族の令息と同じかそれ以上の教養を身に着けているのである。とはいえ、本人はこれらの知識を自身の趣味の範囲内での事と思っている為、他人へひけらかす事も無ければ聞かれない限りは話すつもりもない。
『驚いたよ、まさかそこまで習得しているとは。侯爵もこれほどの教養を身に着けた娘がいるとなれば鼻が高いだろうね』
にこやかに話しかける国王は突然オーランザピーネ公国語で話し始める。
クリスティーナは戸惑ったものの、同国語で『恐れ入ります』と返答する。
『其方は何の為に言葉を学んだのか』
続いてラフレドール王国後で問いかけられる。ただ同じにこやかな表情の中に、先程までの国王には無かった僅かな緊張がある事にクリスティーナは気付いた。
(何かいけない事を話してしまったかしら…。それとも何かを誤解していらっしゃる…?)
『私が言葉を学んだのは様々な国の本を…物語を読みたいと思ったのです』
クリスティーナは再び国王と同じ言葉で返答する。
『物語…?』
続いてはミルガルド王国語で問いかけられる。
『はい。昔から私は社交が苦手だったので邸で過ごす事が多かったのです。その時に様々な物語を読む様になったのですが、父から言葉を学ぶ内に他国の本も読んでみたいと思うようになったのです…。あまり難しい話ではなく、読んでいたのは殆ど恋物語ばかりなのですが…』
国王はクリスティーナの話を一通り聞くと先程までの緊張を和らげふっと微笑んだ。
「実に年頃の令嬢らしい選択だ。他国の恋物語とはやはり我が国のものと違っていたりするのかな?」
「えっと、その、似たようなものも多いですが、国によって趣向や文化が違うので、読んでいて驚かされることもありますっ…」
流石に実際に読んでいる本の内容を話す事も出来ず、クリスティーナはごまかしながら答える。
「お父様、クリスを苛めるのはそれくらいになさって!年頃の女性に根掘り葉掘り聞くのはお父様と言えども失礼ですわよ」
「ふふふっ。陛下、シャルに言われてしまいましたわね」
「ああ。流石に娘に怒られてしまっては私もつらい所だ。すまないね、クリスティーナ嬢。試すような事をしてしまったが、悪気はないのだよ。語学力がどれほどのものか興味が湧いてね。許してくれるかな?」
国王は小首をかしげ問いかける。
「いえ、そんな謝らないで下さいっ…!私はかまいませんので…」
クリスティーナが慌てて答えると、それに満足したのかそれ以上の問いかけは無かった。
食事を終え、食後のお茶を楽しんだ所で国王夫妻が席を立つ。
「今日は共に食事が出来てとても有意義な時間が過ごせたよ。またいつでも王宮に遊びに来なさい。是非シャルの話し相手になってやって欲しい」
「ありがとうございます陛下」
クリスティーナも席を立つと、ドレスを摘み礼を取る。
「それではわたくしたちは先に失礼します」
「おやすみなさい。お父様、お母様」
「お休みなさい。父上、母上」
「今日はありがとうございました」
残された3人がそれぞれ国王夫妻に挨拶をすると、微笑んだ夫妻はそのまま腕を組み退室した。
「俺もそろそろ自室に戻るよ。シャル達はどうする?」
「わたくし達も遅いですし戻りますわ。クリスは客室に案内させるわね」
「ありがとう、シャル。殿下も遅くまでありがとうございました」
クリスティーナがお礼を言うとシャーロットは微笑み「それくらいどうってことないわ」と言い、フィリクスも「それくらい構わないよ」と優しく微笑んだ。
そうこうしている内に、侍女より客室への案内の準備が出来たと報告を受けると、3人は席を立ち各自侍女を伴ってそれぞれの部屋に移動する事になった。
王宮の侍女にテレサと共に客室に案内される。
すでに夜の帳は降りており、部屋には明かりが灯されていた。
通された客室には続きの間は無く、1室で入って目の前に大きな天蓋付きのベッドが置いてあった。浴室などの必要な場所は室内に揃っている様で、テレサが王宮の侍女と共に湯浴みの準備を整えてくれた。
クリスティーナはテレサに手伝ってもらいながら湯浴みを行った。湯浴みを終えると、シャルが用意してくれたシルクで出来た寝間着が近くに置かれていた。夕食前に採寸をしたが、その寝間着は特別ウエストが絞ってあるわけでもないネグリジェタイプだった為、果たして採寸が必要だったのかと疑問を覚えながらクリスティーナは袖を通した
その後、今夜は雪で寒いという事もあり上からショールをかける。
一通りの準備などを終えると王宮の侍女は下がり、室内にテレサと二人だけとなる。
クリスティーナは早々にベッドへ潜り込む。
いつもの自分の部屋とは違う為新鮮な気分だ。
「クリスティーナ様、今日はお疲れになったでしょう。お早くお休み下さい。私は近くに控えておりますので」
そう言うとテレサは寝具を整え、ベッドの足元に湯たんぽを入れてくれる。
室内には暖炉があり部屋の中もある程度は暖かくなっている為寝ているクリスティーナはあまり寒さを感じることなく眠れそうだ。
「テレサ、いくら暖炉に火がくべてあるとはいえ寒いことに変わりないのだからこれを使って」
そう言ってテレサに先程まで使用していたストールを渡す。
「ありがとうございます。さあ、私は大丈夫ですからお休みになって下さい」
「うん、ありがとう…」
クリスティーナは促されるまま瞳を閉じる。
慣れない事で疲れていたのであろう。
クリスティーナの意識はそのまま深く沈んで行ったのだった。
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