第8話 決意
あれからどれくらいの時間がたったのでしょう。
というか、時間なんて経ってませんよね…?
だって、目の前で王太子殿下が右手を出したまま固まってますものね?
でも、私だっていっぱいいっぱいなんです…。
いくら私が「リア充」目指してても、王子様とダンスをするなんて果てしない壁を超えるには相当の心の準備とかが必要なのですよ…。
もういっその事、その右手を私じゃなくてエドお兄様に差し出して二人がダンスをなされば良いじゃないですか…。
そうですよ、昔から仲が良かったのでしょう?
そうすれば私もシャルも眼福の極みです!
(それにしてもこの沈黙、誰かどうにかして下さらないかしら……)
クリスティーナは目の前に差し出された右手と、その主を泣きたい気持ちで見つめていた。
流石に王太子も断られるなんて思ってもみなかった様で、その場に凍り付いてしまっている。
この寛ぎスペースを警護していた近衛騎士たち数名も、2人のやり取りは聞こえていただろうが、流石に口を挟める様な空気ではないので誰一人として後ろを振り返ろうとせず、坦々とホールの方を見て警護を続けている。
流石に自分の発言が原因とはいえ、徐々にいたたまれない気持ちになって来たクリスティーナが声を発しようかと思ったその時、彼女の後ろと王太子の後ろから同時に笑い声が聞こえて来た。
「うふふふふふふふふ」
「くっ…ふっ!」
流石に王太子の後ろから聞こえる笑い声は、主に遠慮してか我慢しようとして逆に変な笑い方になってしまっている。
バツが悪そうに王太子は右手を引っ込めると、クリスティーナから視線をそらし「不快だったかな…、失礼」と言うとその場を離れた。
付き従っていたエドワルドも、クリスティーナに「早く兄上と合流しろよ」と言うと、そのまま王太子と共にその場を後にした。
クリスティーナの後ろにいたシャーロットはまだ笑いが治まらない様子で、扇で顔を隠し笑い続けている。
「シャル、いい加減にしないと私も怒るわよ…」
「だって、っふふふ。あんなお兄様のお顔を見たのなんて初めてでっふふ…!あー、もう!クリスってば本当に面白いわ!」
シャーロットは目元に浮かべた涙をハンカチで拭いつつ、改めてクリスティーナに向き直った。
「もう…、人を面白おかしい人みたいに言わないで…」
「でも、王太子に面と向かってダンスを断るご令嬢なんてあなた位のものだわ!」
(うぅ…確かにそうかもしれないけど…)
今度はクリスティーナの方がバツが悪そうに視線を泳がせる番だった。
「でも、わたくしはあなたのそんなところが本当に気に入っていてよ?相手が誰であってもきちんと自らの意見を言う事は大切な事だわ」
視線をそらしたクリスティーナを見つめ、シャーロットは微笑んだ。
「そう…かしら?」
「ええ、そうよ。時と場合によりけりですけれど」
「それじゃあ、今のは完全に時と場合には当てはまらないのではないかしら…」
「あら?わたくしは今位なら当てはまると思うわ?」
(それはきっとシャルだからだわ…)
クリスティーナは友人にばれない様、こっそりと溜息を吐いたのだった。
その後、暫くシャルとこれまで交わした手紙の事や、お互いの近状を話し合った。
クリスティーナは近状と言っても大きな変わりは無かった為、最近読んだ面白い物語について語った。
勿論内容は男性同士の恋物語である。
「あ、あなたの邸にはそんなにも本がありますの?!」
「ええ、いつも侍女のテレサが探して来てくれるの。シャルはあまり物語は読まないの?」
「わたくしは流石に、そういった本を簡単に手に入れる事が出来ないのよ…。だからクリスが羨ましいですわ」
シャーロットは寂しそうな表情でクリスティーナを見つめる。
「買えないというのであれば、私がおすすめの本をシャルに貸すわ!早速明日、シャルへ本を何冊か届ける様にテレサにお願いするわ!」
「でも、貸してもらうにしても本だけだと検閲にかけられるから、わたくしの元まできちんと届くかどうか…」
「そうなのね…。じゃあどうすれば良いのかしら…?シャルにはもっと面白い物語がある事を知って欲しいのに…」
クリスティーナは考え込む。
「そうだわ…!クリス、あなたがわたくしを訪ねていらっしゃいな!あなたはお兄様の騎士の妹でしょう?だから、お城に入る時にもあまり厳しく調べられる事は無いはずだわ!」
「わ、私が!?」
「ええ、ぜひ来て下さるわよね?クリスが来るなら、美味しいお茶とお菓子を用意して待っているわ!」
王宮へシャーロットを訪ねるのは、クリスティーナにとってはとてつもなく大きい壁のうちの一つである。
そもそも、こうして必ず外出しなければならない時以外は、基本的には自室で本を読んだりと室内で過ごす事が多いクリスティーナにとっては、何も予定が無い日に外出する事がこれまでは無かったのである。
なので、①予定の無い日に外出、②友人を訪ねる、③王宮へ一人で訪問、④男性同士の恋物語を何としてもシャーロットに届ける、というかなり多くの関門を突破しなければならない。
その為、必然と大きな壁となってクリスティーナに立ちはだかるのである。
だが、そもそものクリスティーナの目標は『リア充になる』事である。
初めて出来た友人が王女殿下というのはこれ以上に無い予想外の出来事だったが、唯一の友人の為ならと、シャーロットのお願いを聞き入れる事に決めた。
「ありがとうクリス!!!あなたは本当に最高のお友達だわ!今からお茶会が楽しみね!あぁ、でも今年はもう無理ね…。来年、年明けの夜会で詳しい事を話しましょう!」
シャーロットは満面の笑みを浮かべた。
その後少し話をしたところで長兄のアレキサンドリアが迎えに来た為、クリスティーナはシャーロットと別れた。
アレキサンドリアと合流後、次兄のオルフェンシアとも合流し3人は少し早めに王宮を後にする事となった。
本来ならもう少しはいても良かったのだが、何せ今夜は『聖なる日』である。
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レジェンディア王国では12月25日が一般的に『聖なる日』と呼ばれている。
それは、450年程前この国の初代国王が女神セレニティアによって祝福を授けられた日である事に由来する。
よって、毎年この日を挟んで3日間はレジェンディア王国中でお祭りが開かれており、王宮では王家主催の夜会が『聖なる日』に開かれ、国中の貴族たちはこぞって夜会に参加する。
そして、日が変わる1時間前には早々と夜会はお開きとなり、貴族たちは邸へ帰るその足でセレニティア神を祀る神殿へ向かい、それぞれが祈りを捧げるという風習がある。
3人が早目に夜会を辞したのは、神殿に向かう貴族が比較的少ない時間を狙っての事だった。
邸に戻る道中にある神殿へ向かうと、既にその地域に住んでいる人々が参拝しておりとても賑やかな雰囲気だった。
王都の中心部にある中央神殿に比べここの神殿は小さいものの、それでも比較的中心部に近い場所にある為500人近い人々が神殿の内外に集まっていた。
通常、貴族たちは中央神殿に参拝するが絶対ではない。
クリスティーナ達の様に、自身の邸に近い神殿へ訪れる貴族も稀にいる。
クリスティーナ達は、両親から『貴族たるもの、王に仕える前に国民に仕えていると心するべし』と幼い頃より言い聞かせられて来た。
貴族は国民達がいるからこそ『そこ』に在る事ができ、王に仕える事が許されている。王に仕える事も、そうした我々を支えてくれている国民が豊かに生活できる様、彼らに仕える事もまた我々貴族の責任なのだと両親は話していた。
それ故、サンテルージュ家の人々は毎年この民が多く集まる神殿に毎年足を運んでいるのだ。
要は『国民の生活守る前に、国民の生活がどの様なものであるかを自身の肌で感じなさい』という事なのだ。
「今年も皆さん集まっていらっしゃいますね!」
兄2人と馬車から降り、神殿内に参拝する人々をクリスティーナは眺める。
聖なる日という事もあり、多くの人々が神殿に集まっている。
神殿に向かう道中では、様々な露店が道なりに並んでおりその店を見て回る人々も楽しそうに祭りの雰囲気を楽しんでいたが、流石に祈りを捧げる神殿の周囲に露店は無く、この空間だけは厳かな雰囲気だった。
こうして神殿の前に立つと、自身もその厳かな雰囲気の一部になったかの様な感覚を覚える。
3人は神殿へ入る為列の最後尾に並ぶ。
流石に夜会のドレス姿では寒い為、上からは少し厚手の外套を羽織っている。
周囲の人々は夜会の衣装姿の3人が最後尾に並んだ為、戸惑う人や中には前の方を譲ろうとする人がいたがそれらをすべて断りそのまま順番を待った。
そうしていると、中から参拝を終え出て来る人々とすれ違うが、時折サンテルージュ家の人々とここで会い顔馴染みとなっている数名から声を掛けられ、会話をしながら待っていた為さほど長い時間待っていた様な感覚は無く神殿の中に入る順となった。
中に入ると、神殿の奥にはセレニティア神を祀る祭壇があり、その前に順番に進み出ては祈りを捧げている人々が見えた。
その周囲では神官達がセレニティア神への祈りの言葉を捧げており、外で感じた厳かな雰囲気よりも更に神聖な空気がそこにはあった。
クリスティーナ達は順番になると祭壇の前まで進み出る。
祭壇の前でそれぞれが跪き、神へ祈りを捧げる。
(セレニティア様、どうか来年はシャルと沢山思い出が作れますように。そして私の家族や領民の皆さんが健やかに過ごせますように、あとあと来年こそリア充になれますように!!!)
そうして祈り終えると3人は揃って神殿を後にし、今度こそ馬車に揺られ邸へと向かう。
「クリスは何をお願いしたの?」
「ふふっ、秘密ですっ!言ってしまってはお願い事が叶わないかもしれないでしょう?」
クリスティーナは二人の兄に向かって微笑むと、窓の向こうに視線を向ける。
既に祭りが行われている区域から離れ、周囲は暗くなっており見えるのは光に包まれた王城だった。
(来年は、今年よりももっと楽しくなりそうだわ)
クリスティーナは王城を見つめながら、近付く新しい年へと思いを馳せるのだった。
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王宮での夜会を辞した王家一家は、他の貴族達と違い王宮内にある神殿へ行きそこで大司教の見守りの下でセレニティア神へ祈りを捧げる習わしとなっている。
王太子フィリクスも習わしに従い、両親と妹と共に神殿で祈りを捧げその後は自身の近衛騎士と共に自室へと下がった。
自室へ入ると着ていたジャケットを侍女へ渡し、フィリクスはソファーへ深く座る。
王太子付きの侍女たちは主人の帰室と共に、湯浴み等の準備をするべくそれぞれが持ち場に着く。
そうして侍女たちが部屋から出て行ったのを見て、フィリクスは隣に控えている近衛騎士へ視線を移す。
「それにしても、あの気難しいシャルを射止めるとは。エドの妹もなかなか侮れないね?」
「それは俺も予想外だ…」
フィリクスの言葉に隣に控えたエドワルドは頭を抱える。
「それにしても、彼女が
フィリクスは顎に手を当て夜会で見たクリスティーナを思い出す。
(このエドワルドでさえ会わせたがらなかった妹があの様な…)
「何だよ。可愛いだろうが?」
そのまま黙り込んだフィリクスに不満を覚え、エドワルドはムスッとした表情で言った。
「…んー、可愛いかどうかはさて置き、興味深くはあるかな」
フィリクスの言葉に、エドワルドはじろりと彼を睨む。
「何だよ、睨むなって…。どう思い出してもあれは世間一般で流行ってるとは言い難い格好だろ?」
「……」
エドワルドも、流石にそれに関しては同感な為反論できない。
だが、わざわざ妹がどれだけ可愛いか見せる事も無いと思っている為、反論をするつもりもなかった。
「しかし、シャルと君の妹は何処で出会ったんだ?俺の記憶上、デビュー前に茶会などで見た記憶は無いんだが…」
フィリクスはそこに居るのが親友という事もあり、社交の場よりも砕けた言葉遣いになる。
「オルフェ兄さんが言うにはデビュタントらしいぞ?」
「デビュタントは殆ど俺がシャルをエスコートしていたんだが…。挨拶で離れた少しの間か…?まぁ、何にせよシャルが認めたって事は、余程エドの妹の事を気に入ったんだろうな」
「俺からしたら余計な心配の種が増えただけだがな…」
エドワルドは溜息を吐く。
「エドの妹はそんなに心配する程作法がなっていないのかい?あー、そういえば…、俺のダンスの誘いを断ったんだよな?」
今度はフィリクスがエドワルドをじろりと睨む。
「言っとくが、クリスは家の名前に恥じないだけの礼儀作法は幼い頃より叩き込まれてる」
「それじゃあ何で俺の誘いを断るんだ…?普通は王太子に誘われたら殆どの令嬢は喜ぶものだろう?」
「言ってたろ。単に嫌だったんだろうよ?」
「なっ……」
フィリクスは親友の言葉に固まる。
そろりとエドワルドから視線を外すと、フィリクスはガックリと項垂れる。
「俺、これでもダンス断られた事とか無いんだけど…」
「そりゃ、この国の王太子殿下だからな」
「……初めてだったんだぞ?断られるのとか………」
「良かったな。クリスのお陰で良い経験が出来たじゃないか。次断られてもこれで耐性が出来たろう?」
エドワルドはニヤリとフィリクスを見つめる。
「……2度目は無い。次は何としても受けさせる!」
「なっ…!?誰がクリスと踊らせるかっ!」
エドワルドはそこが王太子の私室という事も忘れ思わず叫んだが、侍女たちも今は控えていない為大事には至らなかった。
フィリクスはチラリとエドワルドを見ると口元に笑みを浮かべ「興味が湧いた」と言うとソファーから立ち上がった。
「…本気か?」
エドワルドはフィリクスの背中に問いかける。
しかし、待てども彼から返答はなく、その内に湯浴みなどの準備を終えた侍女たちが戻って来た為、話はそこで終了する。
湯殿に向かうフィリクスを見つめ、エドワルドは「やっぱりロクな事にならないな」と頭を抱えるのだった。
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