第7話 厄年には早すぎませんか…?
レジェンディア王国の王家の人々は、だれが見ても王家の人間にふさわしいと感じる程威厳に満ちている。
まして一家全員が国中の紳士淑女に憧れられる程の容姿の持ち主である。
国王陛下を始め4人ともが輝く様なプラチナブロンドで、国王陛下と王女殿下は緩めのウエーブがかかっており、王女殿下は背中まで流れるその艶やかな髪を結い上げている。
反して妃殿下と王太子殿下は癖の無いストレートの髪である。
陛下と王太子殿下は大海を思わせるかの様なサファイアブルーの瞳をしており、妃殿下と王女殿下は見つめられた誰もがその瞳に魅了されると言われる宝石のアメジストを思わせるパープルの瞳だ。
こうして4人を一度に見ると、親子である事は否定しようが無い程に似ている。 今もこの会場で彼らを見つめている者達の殆どが、彼らに魅了され感嘆の溜息を漏らす。
しかしこの会場で唯一人、クリスティーナだけはその瞳を驚愕の色に染めていた。
友人であるはずの彼女が、そこにいたからだ。
本来なら出逢った時点で気付いていてもおかしくはない相手だった。
しかしクリスティーナはこの16年間、普通の令嬢が興味を覚える様な事に一切の興味を示す事は無く、尚且つその事もあってか王家の姿絵の写しすら視界に入れた事が無いのである。
しかも、先日のデビュタントでは玉座から離れた所にいたので、全くと言って良い程王家の方々の存在は眼中に無かったのである。
この眼鏡をかけているから、一瞬見間違いかとも感じた。
しかし、少し見えにくいからとはいえ、この会場で唯一友人と同じ容姿の少女は壇上の王女殿下の位置にいる彼女しかいない。
彼女が会場に入るまでに、大体の似た雰囲気の少女を目で追ってはいたものの似た髪色等はあっても友人程の美しさは無く、同じ色の瞳にすら出会わなかった。
そもそも初めて出来た友人を見間違う程、クリスティーナは記憶力が悪いわけでもない。
(まさか……、王女殿下だったなんて………!)
クリスティーナは茫然と壇上を見つめた。
正直陛下のありがたいお話は耳に入って来ず、今はただ『どうして?』という気持ちが強かった。
そんな時、隣に立っていたオルフェンシアにシャルを紹介した時の事をふと思い出した。
あの時、この兄は一瞬ではあるが驚きを見せたのだ。
「オルフェお兄様…。お兄様はもしかしてシャル…、彼女が王女殿下だとご存じだったのですか……?」
クリスティーナはシャーロット王女から視線を逸らさないまま、次兄へ問いかけた。
「うーん、まぁ知らないと言えば嘘になるかな。陛下に拝謁した時にチラッと見かけた事はあるからね」
「それを知っていたと言うんですっ!!!」
「でも、僕が王女殿下だと知っていたからと言って何が変わるの?」
オルフェンシアは口元にだけ笑みを湛え、クリスティーナをじっと見つめる。
「そ…れは……」
「何が変わるの?」
尚もオルフェンシアは問いかける。
クリスティーナが次兄の言葉に戸惑って言葉を返せず沈黙する。
その時だった。
静まりかえっていた会場に再び音楽が流れ出し、周囲が賑やかになる。
「陛下の挨拶は終わったみたいだね。それじゃあ僕はちょっと挨拶回りに行ってくるよ」
「……私も先に挨拶を済ませて来る」
「えっ、アレクお兄様もですか?」
クリスティーナは思わず長兄を勢いよく振り返ってしまう。
「積もる話もあるのだろう?先程から王女殿下がクリスを待っているようだ」
アレキサンドリアはふとクリスティーナの後ろに視線を走らせる。
兄の視線を追って振り返ると、そこには会場中の視線を集めつつクリスティーナの元へ歩んでくるシャーロットがいた。
「話が終わる頃に迎えに行く。ゆっくり話すといい」
そう言うと、アレキサンドリアはシャーロットへ軽く一礼し、その場を離れた。
クリスティーナが呆然と兄を見送っていると、傍まで来ていたシャーロットに「お久しぶりね」と声をかけられる。
クリスティーナは慌ててシャーロットに向き直ると、軽く膝を降り「ご機嫌よう、王女殿下」と淑女の挨拶をする。
「まぁ、クリスったら!あなたまで皆と同じ様に首を垂れるの?わたくしはあなたにそうした事は求めてなくってよ」
シャーロットは「心外だわ」と眉根を寄せる。
クリスティーナは慌てて頭を上げシャーロットを見ると「ごめんなさい!」と謝った。
「その…。私、まさかあなたが王女殿下だと思ってもいなくて…。今日初めて知った事だから、どうしたら良いのかまだわかってなくて…。でも、シャルが不快だったのならごめんなさい…。私、出会った時からあなたにはかなり失礼なことしかしていないと今になって気付きました……」
クリスティーナは話しながらも、段々と落ち込みしゅんとなってしまう。
「そうね、確かにあなたは初めて会った時からわたくしに対して失礼な事続きだったわよね。まさかとは思っていたけれど、本当にわたくしが王女だと気付いていないのには驚きだったわよ?」
「私、昔からあまりそうした事には興味が無くて…」
「興味が無いにも程があるわよ?普通、貴族の令嬢だったら国の顔でもある王家の顔位覚えているのが当たり前でしょうに」
「顔は、存じていましたよ?ただ、最後に写し絵を拝見したのが6年位前ってだけです…」
「本当に興味ないのね?」
シャーロットはクリスティーナのあまりの無関心さに可笑しくなり、遂には「うふふふふ」と扇で口元を隠して笑い始めてしまった。
「そ、そんなに笑わなくても…」
「ふふふ、ごめんなさい。でも、それは無関心すぎるってもんじゃないわよ?流石に毎年1回はチェックなさいな」
年1回でも結構な無関心なんじゃないかなとは思ったが、流石に6年間無関心を通した自分が言うものではないかなと思い、クリスティーナは口をつぐんだ。
「でも、わたくしはあなたが他の方と違うからこうして気兼ねなく話せるんですのよ?だから、あなたは他の方と同じ様にわたくしに傅く必要はありませんわ。わたくし達、お友達でしょう?」
シャーロットがそう言ってニコリと笑む。
その姿は誰が見ても「美しい」と思うもので、同じ女であるクリスティーナが見ても思わずドキッとしてしまう。
「で…でも、一応は社交辞令は必要だと思いますのよ?私の方が臣になるのですから…」
「あら、二人きりの時は必要ないわ。わたくしが良いと言っているのだからあなたは気にする必要は無くてよ」
こうした発言は流石王女殿下、と感心してしまう。
「二人きりの時は良いかもしれませんけど、夜会では駄目です!私にも一応は背負う家名というものがあるのですから」
「まぁ、それはそうですけれど…。仕方ありませんわね。でも、二人の時は止めてくれると約束なさい」
「分かりました。シャルがそう言うなら気を付けます」
「あぁ、それと。その先程から違和感ありまくりの敬語もお止めになって。わたくしはクリスとは対等な立場でいたいんですのよ」
「敬語を続けるならもう話さないんだから」と言い、頬を軽く膨らませるシャーロットはやはり可愛いとクリスは思ってしまう。
「分かったわ。それも気を付けるわ」
「なら良いの。ねえ、あっちで話しましょ?」
そう言って誘われたのは、玉座近くにある王室専用の寛ぎスペースだった。
「そ…そこは私にはかなり無理があると思うわ…」
「あら。大丈夫よ?お父様とお兄様はまだ玉座の辺りで臣下の方々の挨拶を受けてらっしゃるし、お母様も同じ様にご婦人方の相手をされていらっしゃいますもの」
「いや…それならシャルは寧ろ私と居て良いの?!シャルにも挨拶をしたい方がいらっしゃるのではないの?」
両親と兄を放っておいて自分だけ友人と寛ぐなど、サンテルージュ家で開かれる夜会でしようものなら、色々考えたくもない説教と仕置きが待っているので、絶対に出来ない事だとクリスティーナは思う。
「そんな事?どうせわたくしに自ら挨拶をされる方なんて、わたくしを妻にして王家と縁戚関係になりたい方とか、わたくしと仲が良い事をご婦人方に知らしめて甘い汁を啜りたい方とかロクでもない方ばかりだから良いのよ。そうでない方との挨拶は簡単に済ませてきましたもの」
(そんな簡単に済ませて良いものなのかしら……)
シャーロットは「さ、行きましょ」と微笑んでクリスティーナの手を取ると、そのまま寛ぎスペースへ引っ張って行こうとする。
「シャル、待って!わ…私にはあそこは、かなり敷居が高い場所だと思うのよ!?」
シャーロットは尚も押し止めようとするクリスティーナへ向き直る。
「わたくしが大丈夫と言ったら大丈夫ですわ。さ、行きましょう」
そう言うと今度こそ反論は受け付けずに、笑顔でクリスティーナの手を引っ張って歩き出す。
その後は何を言っても聞いて貰えず、諦め半分でずるずると引っ張られる形でシャーロットについて行く形になってしまった。
連れて来られた王家専用の寛ぎスペースは、ホールより1段高いスペースに設けられており、そこからホールを見渡す事が出来る様になっている。
要は、ホール側から見ても誰がそこに居るかが一目瞭然という訳である。
クリスティーナは促されるままシャーロットの隣に座る。
ちらりと会場を見やれば、見えにくいレンズ越しでも分かる位の訝しげな視線が自分に向けられているのが見える。
正直、早い所このような場所から離れたい。
しかし隣で楽しそうにしている友人を見ると、流石に言い出せない。
ここでそれを言ってしまえば、確実にこの友人が怒るであろう事はこの短い会話の中でも分かった。
「そういえば、この前はごめんなさい。せっかくのクリスのお誘いだったのに遊びに行く事が出来なくて…」
隣でにこやかに話していたシャーロットが、急に表情を曇らせ俯いた。
「気にしないで!シャルは悪くないわ。あなたの立場を考えれば簡単に出掛ける事が出来ない事位は分かったわ」
そう言ってクリスティーナがシャーロットの手を握ると、彼女は首を左右に振り「あなたをがっかりさせてしまったでしょう」と呟いた。
「あなたがわたくしの立場に気付いていない事は知っていたもの。何とか行く事は出来ないかお兄様に相談はしたのだけれど、お忍びでとなるとわたくしに何かあってはいけないからと…。かといって、手紙でわたくしの素性を明かしてしまうのも、クリスに対して失礼だと思って…。だからあの様なお返事になってしまったわ……。ごめんなさい」
そう言うとシャルはクリスに頭を下げる。
「シャル、お願いよ。謝らないで…。さっきも言ったけど、それは仕方のない事だわ。私があなたの立場でも同じ様にする事しか出来ないと思うもの。だから頭は下げないで」
「クリス…」
「シャル、いないと思ったらもうここで寛いでいたのかい?」
突然後ろから声を掛けられ、驚いて振り向くとそこにはシャーロットと稍似た面影の青年が立っていた。
「お兄様!もうご挨拶はよろしいの?ご令嬢方がお兄様と踊るのを楽しみに待っていらっしゃるのではなくて?」
「挨拶は一通り終えたし、ダンスも必要な分は終えたからね。ところでそちらは…?」
青年はシャーロットからその隣に座っていたクリスティーナに視線を移す。
「ご、ご挨拶が遅れて申し訳ございませんっ!私はクリスティーナ・サンテルージュと申します。王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じます…」
クリスティーナは慌てて立ち上がると、軽く膝を折る。
「サンテルージュ…。あぁ、もしかして貴女がエドの妹?」
そう言うと王太子はチラリと後ろに控えていた近衛騎士を振り返った。
その視線の先には呆れた顔でクリスティーナを見つめる三番目の兄、エドワルドの姿があった。
「えっ?エドお兄様!?」
「クリス…なんでお前がこんなところにいるんだ」
「私は、シャルに連れられて…」
そう言ってシャルの方を振り返るとシャーロットが立ち上がりエドワルドを見つめる。
「クリスはわたくしのお友達ですわ。私が誘っているのだからここにいるのは当たり前ではなくて?」
「兄上たちはご存じなのか…?」
コクリとクリスティーナが頷くと、エドワルドは軽く頭を抱えた。
「そうか…貴女が。しかも、シャルの初めての友人とは何か縁を感じるね。私もエドとは寄宿学校の時からの友人なんだ」
「エドお兄様と・・?」
クリスティーナがエドワルドを見ると、彼はバツが悪そうに視線をそらした。
そんなエドワルドを見て王太子がクスリと微笑む。
「私もシャルもサンテルージュ家の血筋に弱かったという事なのかもしれませんね?」
「そう、ですか…」
クリスティーナは先程からの展開に頭がついて行かない。
王太子はにこやかにクリスティーナを見ているが、正直彼女にとっては王家の方がこの場に一人増え、更には合う事も無いと思っていた3番目の兄とこんな所で遭遇するという、最悪なほど居心地が悪い状況であるとしか思えなくなっていた。
「サンテルージュ侯爵令嬢、こうして知り合えたのも何かの縁です。宜しければ私と踊って頂けませんか?」
そう言って王太子はクリスティーナの前に右手を差し出した。
(あー、もうこの展開は流石に……)
「嫌です」
今日はいったい何の厄日なのだろうと、目の前に差し出された手を見つめながらクリスティーナは泣きそうになるのを必死で堪えるのだった。
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