第6話 交流。その先に見たのは……
デビュタントから早いもので1週間経っていた。
デビュタントの翌日、テレサにはあまりの嬉しさにシャルとの出会いを全て報告していた。
テレサも、まさか社交界デビューのその日に友人(しかもクリスティーナと同じ❝男性同士の恋愛❞が好きな…)を見つけるとは思っていなかった様で、とても驚いていた。
そしてクリスティーナも予想していなかったが、その日の午後にはシャルから手紙が届いたのだ。
出逢った時に自身の家名を伝えていたので、送ろうと思えば可能だろうがこんなにすぐ来るとは思っていなかったのだ。
受け取った手紙にはシャルの名前は書いてあったが、封蝋には家の紋章は使われておらず可愛らしい花模様の蝋印だったので、シャルはまだクリスティーナに家名を明かせないと感じているのか、何らかの理由でそれを明かせない立場にあるのだろうか。
家令であるジョーゼフがシャルの使いの者から手紙を受け取ったと言っていたが、その際にも家の名前を告げられる事は無かったと言っていた。
それでもシャルの手紙を取り次いでくれたのは、クリスティーナにとっては初めての友人だからかもしれない。
シャルからの手紙には、友人になる事が出来て嬉しかった事、もう少しゆっくりと話がしたい事、時期を見て夜会以外でも会いたい事などが書かれていた。
すぐに返事が書き終わらない為、届け先を聞いて欲しいとテレサを通しジョーゼフにお願いしたが後日また伺うと言い、2日後に同じ使いの者が受け取りに来たのでクリスティーナは返書を渡してもらった。
そして今日も、クリスティーナは使いの者に2度目の手紙を渡してもらったところだった。
「クリスティーナ様がお知り合いになられたシャル様は、とてもこまめにお手紙を書かれていらっしゃいますわね」
「そうね、初めてこうしてお手紙のやり取りをするけれど、とても楽しいわ!いつかお互いの屋敷を行き来してもっと交流を深める事が出来るといいのだけど、シャルの都合もあるから強引にというわけにはいかないわね…」
シャルが家名を明かさない以上、クリスティーナが彼女の邸を訪ねる訳にもいかない。
「そうだわ、シャルが良ければここに遊びに来て頂きましょう!私の部屋なら気兼ねなくお話も出来るもの!テレサもそう思わない?」
クリスティーナは「名案でしょ?」と言わんばかの笑顔でテレサに問いかけた。
「そうですわね、シャル様のご都合次第ですけれど、旦那様や奥様もクリスティーナ様がご友人と交流を持たれる事は、とてもお喜びですし良いと思います」
「なら、早い方が良いわね!でも、お手紙で急に誘うのは迷惑かしら…?」
流石に急に誘われてもシャルの都合もあるだろう。
クリスティーナはつい考え込んでしまう。
「そうですね、お相手の事を思えば突然日時を指定して招かれるというのは都合によっては難しい事もあるかと。ですので、まずはシャル様にはクリスティーナ様がシャル様の都合がよろしい時に邸にお招きしたい旨を書かれては如何でしょう?そうすればシャル様も予定に合わせやすいでしょうし、お誘いも受けやすくなるのではないでしょうか」
「そうね、それでは次のお返事で早速伝えてみるわ!」
それから2日後に届いたシャルからの手紙の返書にクリスティーナはぜひシャルを邸に招きたい旨を書き、更に2日後に返書を受け取りに来た使いの者にそれを託した。
そしてまたしても2日後、そのクリスティーナの手紙に対する返書が届き、クリスティーナは期待に胸を膨らませ手紙の封を切った。
*****************************
――――――親愛なるクリス
邸へのお招きをありがとう。
あなたからの初めてのお誘いがとても嬉しくて、何度も手紙を読み返してしまいました。
でも、ごめんなさい。
今月は予定が既に決まっていて、せっかくのあなたからのお誘いだというのに行けそうにありません。
来月なら、時間が少し作れそうなのだけど……。
だから、次に会えるのは聖なる日を祝う夜会になるわね。
あなたからのお誘いだから本当はすぐにでも行きたかったのだけど、どうしても予定が空きそうになかったの……。
お兄様にも相談したのだけれど、予定の殆どが家に関する事だから無理だと窘められてしまったわ。
でも、せっかくのお誘いですもの、来月はきっと時間を作って伺わせて頂くわ。
そういえば、次に会う夜会で…――――――
*****************************
クリスティーナは手紙を読み、しゅんと肩を落とす。
「クリスティーナ様…?」
テレサは主に
「シャル、今月はお家のご用事があって無理みたい。仕方が無いわね」
楽しみだった分気持ちは沈んでしまうが、シャルは来月と約束してくれたのでそれまで楽しみは取っておこうと、クリスティーナは気持ちを切り替える事にした。
「そうですか…。でもあと10日もすれば聖なる日ですよ。その日には会えるのですから、またお話されれば良いじゃないですか」
「そうね…。うん、今月会えない分たくさんお話してくるわ!」
「そういえば、夜会で着られるドレスですが…」
テレサは先程までの穏やかな表情を歪め、クリスティーナから視線を逸らす。
「ドレスがどうしたの?」
「またオルフェンシア様がご用意されると…」
「まぁ、お兄様が?前回のも可愛らしかったですし楽しみだわ」
クリスティーナが喜ぶ顔を見てテレサはギョッとする。
「クリスティーナ様!確かにお可愛らしいですが、あのドレスはクリスティーナ様には幼すぎます!」
テレサはどう思い出しても、デビュタントの時のクリスティーナの姿は歪にしか感じられなかった。
何せ16歳の少女が、どこから見ても幼子用のデザインであるドレスを着て大きなレンズの伊達メガネをかけているというちぐはぐだらけの状態である。
「確かに、4歳くらいのクリスティーナ様があのデザインのドレスを着ていらっしゃれば可愛いと誰もが思うでしょう。ですが、16歳のクリスティーナ様が着ていらっしゃる姿は誰がどう見ても歪です!」
「うーん、よく分からないけれど…。お兄様が準備して下さっているのにされるがままの私が文句を言うのは失礼でしょう?それに、私はあのデザインは可愛いと本当に思ったのよ?」
(駄目だ……クリスティーナ様はおしゃれ音痴だわ………)
まさかのクリスティーナがおしゃれに疎いという現実に、思わずテレサは頭を抱えてしまった。
そして、聖なる日の2日前にオルフェンシアから届いたドレスは色こそ今年の流行色であった薄い黄色ではあるが、やはりデザインは幼子用のものである。
裾にはフリルがふんだんに使われており、あちこちにリボンやコサージュが付けられていた。
テレサはそれを見ながら少しでも主がまともに見える様にと、何とかドレスに合うお飾りや靴を選ぶのだった。
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夜会当日、クリスティーナはそのドレスに身を包み、アレキサンドリアが贈った眼鏡をかけていた。
本日はエドワルドは近衛兵団の職務がある為、エスコートはアレキサンドリアとオルフェンシアが担っている。
「今日は陛下への挨拶はないからゆっくり過ごすと良い」
「ダンスも前回と違って強制ではないしね。今日もなるべく僕か兄上が傍にいる様にしたいとは思うけれど、前と同じで時には一人にしてしまうかもしれないから、その時は知らない人に声かけられてもついて行ってはいけないよ」
クリスティーナは王宮に向かう馬車に兄二人と揺られていた。
「大丈夫ですわ。今回もひっそりとお待ちしていますから。あぁ、でもシャルが今日の夜会に来ると言っていたので、お兄様達がいない時に出会えたらお話をしてもよろしいですか?」
「シャル?」
アレキサンドリアが聞きなれぬ名前に眉を
「デビュタントの時に仲良くなって、今日の夜会で会う約束をしているのです。とても可愛らしいご令嬢なんですよ」
アレキサンドリアは「令嬢」という言葉を聞き、通常の表情に戻る。
「それは僕に先日紹介してくれた彼女かな?」
「そうですわ!あれからお手紙のやり取りをしているんです」
「紹介…?オルフェ、知っているのか?」
「あぁ、すみません。兄上には話していませんでしたね。彼女は大丈夫ですよ。ただちょっと気になる事はありますけどね」
オルフェンシアは、ふと目の前に迫った王城に視線を移した。
不思議そうに弟のその表情を見ていたアレキサンドリアだったが、信頼している弟が心配無いと言い切る相手なら大丈夫だろうと判断し、シャルについてはそれ以上追及する事は無かった。
そうこう話している内に三人の乗った馬車は王宮のエントランスへと到着する。
デビュタントの時は開会の挨拶などの細かい行事が決まっていたが、今回は聖なる日を祝う夜会という事で、王家の方がお目見えになる時間が決まっているのみで、デビュタント程の厳粛な雰囲気は無い。
3人が会場に入った時には、既に到着した貴族達の殆どは歓談していた。
「まだ、王家の方々は会場に入られていないのですか?」
クリスティーナは見えにくい眼鏡で、離れた所にある玉座とその近くにある王家専用の寛ぎスペースを眺める。
そこには護衛の近衛騎士団員が数名護衛で立ってはいるが、それ以外は誰も見当たらない。
もしかしたら3番目の兄がいるかもしれないと何とか目を凝らしてはみたが、眼鏡の見えにくいレンズ(度無しだが厚みがある)に阻まれて、近衛騎士団員の顔までは見えなかった。
「まだ開場して間もないからな。陛下達は招待客が集まった頃に御出座(おでま)しになる」
「あまり招待客がいないのに御出座しになって、陛下をこちらが待たせるわけにもいかないからね」
「確かに、そうですわね」
クリスティーナは2人の兄の説明を聞きながらコクコクと頷いた。
その後は兄達と談笑しつつ会場入口を時折伺い、シャルが到着したかどうかを確かめていたが、それもこの分厚い度無しレンズ越しでは難しかった。
「クリス、先程から落ち着かないようだがどうかしたのか?」
ソワソワと入口を気にしていたクリスをみかねて、アレキサンドリアは問いかける。
「いえ…。シャルが到着したのか気になって。お兄様から頂いたこの眼鏡だとレンズ越しなのであまり遠くが見えなくて…。あっ…!この眼鏡を下さったお兄様のお気持ちはとても嬉しいので、そこは誤解しないで下さいね!?」
クリスティーナは誤解を招かない様に慌てて言った。
「ずるいなぁ、兄上ばっかりクリスに喜んでもらうなんて」
オルフェンシアは目を眇め、ジトっとアレキサンドリアを見つめる。
「オルフェお兄様にも毎回素敵なドレスを頂いていると、いつも感謝していますわ!」
妹にそう言われ、オルフェンシアはにっこりと微笑むと「それなら贈ったかいがあったよ」と言った。
「あと、クリスの探していたシャルさんだけど、彼女なら大丈夫だよ。とっくにここには来ている筈だからね」
オルフェンシアは当たり前の様にさらりと言った。
「え?お兄様シャルを見かけたのですか?」
「見たというか、まぁそのうち分かるんじゃないかな?」
クリスティーナは兄の言葉の意味が分からず、思わず小首をかしげる。
その時だった。
会場に鳴り響いていた楽器の音がピタリと止み、周囲の貴族たちの話し声もそれに合わせて止まった。
「これより、国王陛下並びに妃殿下、王太子殿下、王女殿下が御入場あそばされます」
その声の後に、国王陛下から順に会場に入りそのまま会場の数段高い位置にある王家の席まで移動する。
その間貴族たちは膝を折り首を垂れ、王家一家へ敬意を表す。
「面を上げよ」
陛下の一言で、それまで首を垂れていた貴族たちは一斉に面を上げ王家の方々を様々な視線で見つめる。
尊敬、羨望、憧れ、好意と、会場のほぼ全員がそうした感情を視線に乗せ王家一家を見つめている。
唯一人、クリスティーナを除いては――――――。
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