第5話 友達になりました!

 クリスティーナは狼狽していた。


( ど、ど、ど、どうしましょう…!勢い余って抱き着いてしまいました……!!)


 思わず少女を逃がすまいと彼女の腰に抱き着いてしまったが、その後の事を考えていなかったのである。

 クリスティーナは頭の中をフル回転させ、次の言葉を考えていたが、焦りばかりが募りまともな言葉が全くと言っても良い程浮かんで来なかった。


「そろそろ放して下さるかしら?」


 声の主を恐る恐る見上げると、呆れた表情の少女が自分に抱き着いているクリスティーナを見下ろしていた。

「その…もう逃げたりしませんから放して下さるかしら?」

 再び少女はクリスティーナに話しかける。

 クリスティーナは頷くとゆっくりと少女の腰に絡めていた腕を解く。

 少女は身体からだを解放され、ゆっくりとクリスティーナに向き合った。

「で、先程仰っていたことは本当ですの?」

 少女が問いかける。

「えと、先程というのは…」

 クリスティーナは直前までの自身の行動はとっさにした事だった為、にわかに思い出せず少し考え込んでしまう。

「あれですわ!その…あなたがわたくしと同志なかまと仰っていたじゃありませんの…!」

 少女は頬を赤らめながら視線を彷徨わせる。


(な…何て可愛らしいのでしょう!!!)


 クリスティーナは少女の仕草につい見とれてしまう。

「ちょっと!聞いていますの!?」

 少女はクリスティーナを見据えると、少し苛立って言う。

「あ、ごめんなさい!ついあなたに見とれてしまったわ」

 そう、慌てて答えると少女はあからさまに溜息を吐く。

「あなたって方はつくづく話を聞かない方なのね…」

「そ、そんな事ないわ!普段はもう少しちゃんと聞いているわ!……たぶん?」

 最初は胸を張って答えたものの、邸でのテレサとのやり取りをふと思い出し、最後はちょっとだけ自信がなくなる。

「本当、あなたって不思議な方ね。やけに積極的かと思えば変な所で消極的で」

「うぅ…」


「それで、先程同志と仰っていた事は事実ですの?」

 少女は改めてクリスティーナに問いかける。

「そう、そうなのです!こうして出逢えるなんて、流石王宮の舞踏会ですね!こんなにすぐ出逢えると思ってなかったので凄く嬉しいです!!!」

 クリスティーナはキラキラとした視線を少女に向ける。

 少女は照れ、頬を染め視線を思わず逸らす。

「わたくしも、まさかこんな所でわたくしの様な方と出逢えるだなんて夢にも思いませんでしたわ…。始めはこのデビュタントに出る事さえ面倒だと感じていましたけれど…」

 「誤解から始まったものの、あなたと出逢えたのは奇跡ですわね」とクリスティーナに視線を合わせながら少女は呟く。


 本当に奇跡だとクリスティーナは思う。

 この様な趣味があること自体、本当なら誰にも話せない事だ。

 実際、クリスティーナは幼い時から一緒だった侍女のテレサ以外にこの趣味の事は話してはいないし、これまでに集めた書物でさえ題名がそれ・・と分かるものは上から別の物語のブックカバーをかけて本棚に収めている。

 こうして誰にも話せないお陰で、自分と同じ年頃の貴族の令嬢に知り合いを作る事も無く、毎日自室に引きこもり好きな物語を読んでいるという生活に馴染んでしまった。

 毎日出逢うのは邸の使用人達と、両親や兄などの家族位である。


 この少女も、もしかしたら自分と同じ様な環境なのかもしれないとクリスティーナは思った。


「ここで知り合えたのはあなたの仰る通り、本当に奇跡なのかもしれないわね。だから、私はあなたとお友達になりたいと…。強く引き留めてしましました。ごめんなさい」

 クリスティーナは友逹がこれまでいなかった為、どうやってそれを作ったら良いのか分からない。

 無理やり引き留めてしまったことが思い出され、今更だがそれを後悔し始めていた。

 友とはこんなに強引な方法でなるものではない事位は、クリスティーナでも想像はつく。

 だからこそ一言、誤りたかった。



「何回も言うようですけれど、それはもう良いですわ。私もあなたにあらぬ誤解をしてしまっていた様ですし…。お相子にしましょう」

 そう言うと少女は右手を差し出す。

 クリスティーナは同じ様に右手を差し出し、彼女と握手を交わす。


「これでわたくし達はお友達ですわね。わたくしの事はシャルと呼んで下さいな」

「それでは私の事はクリスと呼んで下さい」

 2人の少女は「ふふっ」と微笑みあうと、ここで初めてお互いの名を交わした。


「それで、クリスは先程オルフェンシア様とご兄妹と仰ってましたけれど、もしかしてサンテルージュ家の方ですの?」

 シャルは記憶を辿りながら問いかける。

「ええ、仰る通り私はサンテルージュ侯爵家に名を連ねておりますわ。シャルは王宮の作りには詳しそうでしたけれど、前から王宮に出入りしていらっしゃるの?」

 クリスティーナが追いかける中、シャルは迷い無くここまで進んでいた為そう問いかける。

 彼女は、本日2度目の驚いた表情でクリスティーナを見つめる。

「シャル…?」

 ふとクリスティーナが呼びかけると、彼女はハッとして少し何かを考えるそぶりをして「そんな所ですわ」と答えるのみだった。


(シャルはあまり家の事を聞いてほしくないのかしら…。悪い事をしてしまったわ…)


 クリスティーナが❝しゅん❞としてしまうと、その重い空気を振り払うかの様に「ところで」とシャルが明るい声色で切り出した。

 クリスティーナがシャルに視線を戻すとニコッと微笑んだ彼女がそこにいた。

「オルフェンシア様はご兄妹のどなたと仲がよろしいの?」

 一瞬何の事か分からなかったが、「兄達は3人とも仲が良いんですよ」と返答するとシャルは両手を頬に添え「まあまあ!!!」とやや興奮気味に言うと、クリスティーナとの距離を詰めてきた。

「オルフェンシア様のあの雰囲気ならご兄弟の中でもやっぱり総受けなのかしら!?あぁ、でもあの雰囲気だからこそ、ご兄弟の前だけでは本当の自分というものをさらけ出していらっしゃっていて、実は攻め!??」

 シャルは我を忘れ盛り上がっている。

「私はオルフェお兄様は受け攻めどちらもイケると思ってますの!!!お相手によって変わるんじゃないかと思いますの!!!」

「まぁ!!!あぁ、でも受けでも精神的な部分ではきっと攻めだったりするのですわ!」

「確かに、お兄様は私たち兄妹の中でも実は一番喰えないってアレクお兄様が言われてましたから可能性はあると思いますわ!!!」



 そうして二人揃って盛り上がっていると「遅いと思ったら、こんな所で話していたんだね」と二人の背後から声をかけられ、思わず少女たちはその場に凍り付いた。

 ゆっくりと二人で視線を声の方へ向けると、そこにはシャルが先程落とした扇を持ったオルフェンシアが立っていた。


「お…兄様?」

「そうだよ。僕だけど、他の誰かに見える?」

 オルフェンシアはその場に固まっている妹と少女の元へゆっくりと近付く。

「会場で待ってはいたけど、なかなか戻ってこないから探したよ?兄上達も皆集まってる」

 そこでオルフェンシアは、シャルに視線を向け軽く目を見張る。

「お兄様、こちらはシャルですわ。あの後話をして仲良くなれましたの。シャル、こちらが私の2番目の兄のオルフェンシアお兄様です」

 シャルはオルフェンシアに向き直ると軽く膝を降り、淑女の礼をとる。

「シャル…と申します」

 オルフェンシアはシャルに向きなおると彼女の扇を手渡し、紳士の礼をとって同じ様に名乗る。

 彼が一瞬見せた驚きの色も今では消え、穏やかなブラウンの瞳がそこにはあった。


「申し訳ありませんが、家の都合があるので妹をお借りします」

「いえ…。構いませんわ」

 クリスティーナはシャルに向き直ると「また夜会で出会えるかしら?」と問いかける。

「ふふっ、わたくしはあまり夜会には出る事はないのですけれど、家の都合で王宮こちらで開かれる夜会には毎回出席していますの。次は聖なる日を祝う夜会に出席する予定ですわ」

「じゃあ、半月後にまた会えるのね」

 クリスティーナがそう言うとシャルはにこやかに頷き「でも、お手紙を書かせて頂きますわ」と言う。

「クリス、そろそろ」

 オルフェンシアの急かす言葉で後ろ髪を引かれつつ、今度こそシャルに別れを告げ彼女と別れた。





 彼女と別れ、オルフェンシアにエスコートされて会場へと戻ったクリスティーナは、既に待っていた両親にデビューの日に独りで軽はずみな行動はとらない様、軽いお小言を聞く事になってしまった。

 その後は、両親と共に国王陛下と王妃様へデビューにあたっての挨拶へ行き、そのまま父や母の知り合いにも挨拶へ行ったりと、思ったよりも忙しい時間を過ごしデビュタントが佳境に差し掛かった所で母とオルフェンシアと共に一足先に帰宅した。


 邸に到着すると使用人一同がエントランスに並び、馬車から降りた3人を迎える。

「お帰りなさいませ、奥様、オルフェンシア様、クリスティーナ様」

 家令が一礼してそう言うと、その後同じ様に執事や侍女達が一礼し「「「お帰りなさいませ、奥様、オルフェンシア様、クリスティーナ様」」」と一糸乱れぬその言動は、サンテルージュ侯爵家の名に恥じない身のこなしだった。


「旦那様や他の息子達はもう少し付き合いがあるから、遅くなるそうよ。旦那様から出迎えは最小限で良いと伝言を預かっています」

「かしこまりました。その様に致しましょう」

 侯爵夫人の言葉に家令は頷くと、近くに控えていた執事と侍女長に視線だけで指示を伝える。


「わたくしも先に休みます。オルフェ、今日はご苦労様。クリスも初めての王宮で疲れたでしょう。明日はゆっくりお休みなさい」

 そう言うと、侯爵夫人であるクリスティーナ達の母は侍女長と共に自室へと下がった。


「母上も仰っていたけれど、今日はお疲れさま。僕も今夜は休むとするよ。クリスも夜更かしせずに休むんだよ」

 そう言って頬に軽くキスをすると、オルフェンシアも執事と侍女と共に自室へ下がった。


「クリスティーナ様、今日はお疲れ様でございました」

 テレサはそう言うと、クリスティーナの着ていたコートを脱がし預かる。

「テレサ、あのね今日はとても素敵な一日になったわ!あなたに話したくて話したくてずぅーっと我慢していたのよ」

 クリスティーナはテレサの腕に自身の腕を絡ませ、笑顔で語る。

「あらあら、それはようございました。ですが、奥様方も仰っていましたし、今夜はゆっくりお休み下さい。お話であれば明日ゆっくりお聞きしますから」

「もう、テレサってばつれないのね!」

「クリスティーナ様の為でございます。さあ、湯殿の準備も出来ていますから、疲れを癒して下さいませ」

 テレサは自身の腕に絡みつくクリスティーナを窘めつつ、共に彼女の部屋へ下がる。



 主人のいつも以上に楽しそうな顔を穏やかに見つめ、明日どんな話が聞けるのかとテレサも嬉しく思うのだった。

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