第4話 もしかして同志(なかま)ですか!?

 国王陛下のありがたいお言葉を賜った後、それが合図だったのかワルツの曲が会場に流れ始め、デビューした令嬢たちはエスコートをしている男性と一斉にワルツを踊り始める。



 勿論、クリスティーナも例外ではない。

 隣にいたアレキサンドリアと共に踊り始めた。

「クリス、更に踊るのが上手くなったね」

「流石にデビュタントで失敗は出来ませんから!この3か月間というもの、毎日お母様に特訓されてしまいました……」

「母上はダンスやマナーにおいては特に厳しいお方だからね。でも、それはクリスの為なのだから母上を責てはいけないよ?」

「勿論ですわ!」

 クリスティーナ達の母は、幼い頃から特に社交界で必ず必要となるダンスやマナー、立ち居振る舞いについては特に厳しかった。幼い頃に、レッスンがあまりにも辛く隠れてサボってしまった時には、この世の終わりかと思う程の地獄の様なお説教をされ、更にその後の1週間のレッスン量が通常の3倍になるという体験をした…。

 お陰で、今でもその頃に習得した内容は完璧に出来ているが、正直二度と同じ経験はしたくない為、必要があれば今でもレッスンは行う様にしている。



 デビュタントでは1曲ダンスを終えると、その後は周りの招待客も交えて自由に相手を変え踊る事になるが、3曲までは同じ相手と踊っても良い為相手を変えない場合もある。

 クリスティーナは2曲程アレキサンドリアと踊ると、その後すかさずやって来たオルフェンシアと2曲踊った。

「クリスとこうして踊るのは久しぶりだね。最後に踊ったのはもう2年前になるかな?」

「そうですわね、最近オルフェお兄様はお仕事で地方や国外に行かれる事が多いですから」

「そう考えると、今の立場は辛いものがあるね。僕だって兄上やエドみたいにもっとクリスと過ごしたいよ」

 オルフェンシアは困った様な表情をする。


「でもお兄様は以前、この仕事は天職だと仰ってましたわ?」

 それこそ2年前、最後にダンスを踊った時ではなかったか。

「よく覚えているね。そうだよ、外交は僕の天職だ。だから、当分はこのままでも構わないよ」

「まぁ!それじゃあさっきの言葉とは少し矛盾してしまいます」

「それとこれとは別だよ。だから、今度からはなるべく多く一緒に過ごせる様、さっさと仕事を終わらせて帰れる様に励まなくてはね」

 2人がそうこう話をしている内に、2曲目の演奏が終わり、互いに礼をとる。



 その後、ダンスを終えて、クリスティーナはオルフェンシアにエスコートされ壁際に控えていたエドワルドの元へ戻る。

「あら?アレクお兄様はどちらかへ行かれているのですか?」

「ああ、父上と合流して挨拶回りだそうだ。母上もいらしてるが、そっちはサミュエル侯爵夫人と歓談なさってる」

 サミュエル侯爵夫人とは、クリスティーナの母の昔からの友人で、家同士の付き合いも長いのだ。


「父上達が挨拶に回られているのなら、僕がクリスと一緒にいたい所だけど、僕も少し挨拶をしたい方がいるんだ…。すまないがエド、僕か兄上が戻るまでクリスと一緒にいてあげてくれるね」

 オルフェンシアは申し訳なさそうに眉をしかめる。

「は?俺だってこれから上司のところに行こうと思ってたんだけど!?」

「でも舞踏会に慣れないクリスを一人にする訳にはいかないだろう?」

 「冗談じゃない」と今にも叫び出しそうなエドワルドと、それを静かに制するオルフェンシアを見比べ、クリスティーナは「あのっ!」と二人の間に口を挟む。


 彼女は兄二人の視線を受け、更にその存在感に押されそうになり言葉を飲み込んでしまいたい衝動に駆られたが、ぐっとその気持ちを抑える。

「その、夜会は初めてですが目立たない所で待ってますので、お兄様方は遠慮せず挨拶に行かれて下さい」

「それは駄目だよ。何の為に僕達が同伴していると思ってるんだい?見ていない所でクリスに何かあったら、僕は目を離した自分が許せないよ」

 オルフェンシアは、彼女の提案をすかさず却下する。

「じゃあ兄さんがついてたら良いだろ?」

「だからそれが難しいから君に言っているんでしょう?」

 不機嫌に兄に言葉をぶつけるエドワルドに対し、オルフェンシアはただ静かに反論する。しかし、その瞳に笑みは無い。


「オルフェお兄様、大丈夫ですわ。もし何かありそうならお兄様方かお母様を探して行きますから。だから喧嘩をするのはやめましょう?」

 流石に三人の異様な雰囲気に周りの者達が気付き始め、チラチラと視線を送る者が増えてきた。

 オルフェンシアは、それらを見て大きなため息を吐くと「仕方が無い…」と言い、クリスティーナにくれぐれも気を付ける様言い含め傍を離れた。

 エドワルドも兄が了承したのを見て、クリスティーナの傍を離れた。



(さてと、一人になってしまったわね。これからどうしようかしら?)



 クリスティーナはホールで踊っている人々や、周囲の状況にさっと視線を走らせると、少し離れた所にあるバルコニー付近の壁際に、目立ち難そうな場所を発見した。



(あそこなら目立ち難そうね)



 彼女は狙いを定めた場所へ、壁に沿いながら移動する。

 周囲の者達も自分達の会話に夢中だったり、ホール側へ視線が集中していたりと、壁際をこそこそと移動するクリスティーナには誰も見向きもしない。


 そうして目当ての場所に辿り着き、クリスティーナは文字通り壁の花に徹する事にした。

 辿り着いてみるとその場所は、意外にもホールが良く見渡せる様だった。

 流石にアレキサンドリアに貰った眼鏡をかけていると、ホールの反対側まではハッキリ見えず、見える範囲は限られては来るが、周囲の者達を観察するには十分だった。


(あ、あそこにいるのはお母様ね。サミュエル侯爵夫人以外の方ともお話しされていたのね)


 クリスティーナの母は、数名の女性たちと和やかに歓談しておりまだしばらくは合流出来そうにはなかった。

 そのまま反対側の方へ視線を走らせると、父と長兄が一緒に数名の男性と話をしているのが見えた。

 相手は父と歳が近そうな印象なので、恐らく職務に関する方なのだろう。

 その後もホールの方へ視線を向けたりしていると、先程分かれた次兄が同じ位の年齢の男性と談笑しているのが見えたが、3番目の兄だけはどこを見ても見当たらなかった。


(私からは見えない距離にいらっしゃるのかしら?)


 そう思いながら小首をかしげていると、ふと左隣に人の気配を感じたので、クリスティーナはそっと左を振り返った。

 すると、そこには扇で顔を半分隠した自分と同じ年頃の少女が立っていた。


(いつの間にいらしたのかしら!?)


 少女はクリスティーナには目もくれず、ずっとホールの方を眺めていた。

 あまり、少女の方を見る訳にもいかないので、再びホールの方へ視線を戻し兄達や他の貴族の方達の姿を目で追う事にする。


 ホールでは常に沢山の人々がダンスを踊っており、これまでに数曲は曲が変わっているがよく飽きずに踊れるものだなぁと感心する。

 そうして人々を眺めていても、クリスティーナの視線はある一点の場所が気になって仕方なかった。

 次兄が他の貴族の子息達と談笑している場所だ。


(お兄様!もう少し、もう少しです!!!)


 クリスティーナの視線の先では、オルフェンシアが隣の男性に何かをそっと耳打ちしている姿があった。


(あぁ、欲を言えばお隣のお方がお兄様を抱き寄せたりして下さればいいのに!!!)


 クリスティーナは、兄ともう一人の男性の距離感が歯がゆくて仕方が無い。

 しかし、まさか妹にそうした視線を送られているという事を知るはずもないオルフェンシアは、その後も話し相手の男性と和やかに会話を続ける。


「っ~~!もどかしいですわっ!!!」

 突如、クリスティーナの左隣から苛立たしそうな少女の声が聞こえ、驚いて少女の方を振り返ってしまった。

 相手の少女は『しまった!』という表情をしていたが、流石にいきなり声をかけるのも不躾と思われると考え、クリスティーナは軽く会釈し、再び前に視線を戻す。

 特に相手の少女から声をかけられることは無い為、自身の対応は間違ってはいなかったのだろうと考え、再度兄達の動向を見守る事にしようと思っていたのだが、それまでオルフェンシア達がいた場所には先程の相手の男性貴族とその友人達の様な方々しかおらず、兄の姿はどこにもなかった。


(あら?どちらに行かれたのかしら?)


 そう思いながら他の場所を探していると、右肩をポンと叩かれた。

 驚いて振り向くと、そこに探していた人物は立っており「お待たせ」と言いながら微笑んだ。

 探していた兄が突然隣に来た事に驚きつつも、クリスティーナが返答しようとするよりも早く「嘘でしょ!!?」という声が今度は反対の左隣から聞こえた。

 クリスティーナとオルフェンシアがその声の先を見ると、先程まで隣にいた少女が放った言葉だったらしく、クリスティーナとオルフェンシアを交互に見ながら戦慄いていた。


(何か悪い事をしてしまったのかしら…?)


 クリスティーナが戸惑いつつ「あの…」と声をかけると、「わたくしは認めませんわよ!」と扇で顔を隠しつつも反対の手で❝ビシィッ❞とクリスティーナを指差すと少女は足早に会場を出て行こうとした。

 クリスティーナは何か誤解があったのだろうと思い、急いで彼女の後を追い掛けようとしたがすぐに兄に腕を掴まれてしまう。

「どこへ行くの、もうすぐ兄上達と合流する時間だよ」

「オルフェお兄様、放して下さい。私、彼女に何か誤解を与えてしまったんだと思うんです!なら、誤らないと…!」

「でも、クリスは城の事分からないだろ?迷子になったらどうするの」

「その時には衛兵の方にでも聞きますわ!私はもう子供じゃないんだもの。お願い、行かせて欲しいの」

 クリスティーナは兄に懇願する。

 少しの間渋っていたオルフェンシアだったが、妹がどうしても引かないのを悟るとそっと手を放した。


「ありがとうお兄様」

「僕はここで待ってるから、迷わないように戻るんだよ」

 クリスティーナは1度頷くと、立ち去った少女の後を足早に追い掛けた。




 会場を出ると、左の廊下の奥を曲がっていく少女のドレスが見え、慌てて追いかける。


(結構足が速いお方なのね…!)


 暫くそうして追いかけて行き最後に彼女が曲がった角を曲がると、その少し先に少女は後ろを向いて立ち止まっていた。

 クリスティーナは弾んでいた息を整え「あの…」と少女に声をかけた。

 とたん、彼女は振り向き、キッとクリスティーナを睨みつける。

 少女が思った以上に怒っていたので何と声をかけようか迷っていると「わたくしは認めませんわ!あなたなんて!!!」

 と、今度は手にしていた扇を❝ビシィッ❞とクリスティーナに向ける。


「あの、私何かあなたに失礼な事をしてしまったのかしら…?ごめんなさい、思い当たることが無くて…」

 クリスティーナは、結局何と声をかけたら良いか分からずに、仕方なく思っていた事を正直に伝える。

「思い当たらないですって…?よく言えたものね!さっきサンテルージュ家のオルフェンシア様と一緒にいたじゃないの!」

 「この期に及んで言い逃れするおつもり!?」と続けて言うと更に鋭く彼女はクリスティーナを睨みつける。


(もしかしてこの方はお兄様を…!?)


「それなら安心して!私、あなたの邪魔をするつもりはないのよ?」

「既に邪魔をしているじゃない!」

 目の前の少女は尚も敵対心を引っ込める事はなく、クリスティーナを睨みつけている。

 その瞳は宝石のアメジストを思わせる様な綺麗な紫色で、髪の毛もとても丁寧に編み込まれ頭上に纏められている。


(とても可愛らしいお方だわ!)


 目の前の少女に睨まれつつも、彼女の可憐さに気付きクリスティーナはつい黙り込んでしまう。

「ちょっと、聞いていらっしゃるの!?」

 少女はそんなクリスティーナに業を煮やし始める。

「あ、ごめんなさい!あなたがとてもお可愛らしいから、つい見とれてしまったわ!」

「はぁ~!?」

 少女は眉間に皺を寄せ、クリスティーナを訝しげに見つめる。


「とにかく、あなたにはオルフェンシア様は似合わないってわたくしは言ってるのよ!」

「ええそうね、私は別にあなたの邪魔はしないわ」

 にこにこと微笑んで頷くと少女は「じゃあ、二度とあの方には近付かないと約束なさい!」とクリスティーナに告げる。


「それは困ったわ、それだけはお約束しようがないもの…」

 流石に兄妹である以上、近付かないという約束は守れそうにない。

「ほら、やっぱりわたくしの邪魔をするおつもりなのね!」

 少女は再び、クリスティーナにあからさまな敵意をぶつける。


「それは大丈夫よ。近付かないという約束は守れないけれど、あなたとオルフェお兄様の仲は応援させて頂くわ!」

「オルフェお兄様ですって?ちょっと、彼の事をそんなに馴れ馴れしく呼ばないで下さる!?」

 今度はクリスティーナを嫌悪する視線を向け、少女は忌々しそうに言った。


「でも、私とお兄様は兄妹ですし…じゃあなんとお呼びすれば良いのかしら?あなたが将来お姉様になられるのなら、あなたがそうして欲しい様に呼ぶ事は可能ですけれど…」

「は?お姉様!?」

 今度は驚きで、少女は目を一杯に開く。


(あら、まるで百面相ね)


 思わず面白くなりクリスティーナは「くすっ」と笑ってしまう。

「ちょっと、人の顔を見て笑うなんて失礼じゃない!」

「あ、ごめんなさい。でも、あなたが本当に可愛らしくてつい。お兄様もきっとあなたの事は気に入って下さると思うわ」

 クリスティーナは本心で言ったのだが、反対に少女は顔を顰める。

「あなた、何か勘違いをなさっているのではなくて?」

「え?勘違い?」


 少女はやれやれと溜息を吐くと、両腕を胸の前で組んで改めてクリスティーナを見つめた。

「わたくし、別にオルフェンシア様をお慕いしているつもりはなくてよ」

「えっ?そうなのですか!?私はてっきりそうなのかと…」

「ごめんなさい」と言うと、クリスティーナは少女に向かって頭を下げる。


「良いわ。ワザとじゃないんでしょう」

「はい…」

 しょんぼりとクリスティーナが項垂れると、今度は少女が「ふふっ」と微笑んだ。

 その微笑みは少女の容姿と相まって、まるで天使の様な愛らしさだ。


「やっぱり、あなたは可愛らしいお方だわ」

「なっ!?何をおっしゃるの!?わたくし、女性に等興味ありませんわ!!!」

 少女は頬をピンク色に染め慌てて言い放つが、相当焦っているのか「わたくしが興味があるのは男性同士が仲睦まじい様子で…!」と少女はまくし立てて言った。

「えっ!?」

「へっ……?あぁっ!!!?」

 気付いた少女は顔がピンク色から、まさに真っ白に変わり、手に持っていた扇をカランと床に落とした。


 暫く辺りには沈黙が続いていたが、徐々に理性を取り戻した少女が勢いよく後ろを振り返ったかと思うと、再びクリスティーナの前から走り出そうとした。

 クリスティーナは逃がさないという様に少女の腰に抱き着く。


「ちょっと!放しなさい!!!わたくしを誰だと思っているの!!!?」

 少女は無我夢中で離れようとクリスティーナの身体を自身の腰から剥がそうとする。


「誰って…そんなの決まっているじゃないですか!」

「ならば早くその手をお放しなさい!!!」

「嫌です!!!だって、初めての同志(なかま)じゃないですかっ!!!!!」

「えっ…?」




 必死に縋り付くクリスティーナを、少女は本日一番の驚きの表情で見つめたのだった。

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