第3話 遂にデビューします

 クリスティーナがエントランスで待っていると、ホールの階段を3人の兄達が下りてくるのが見えた。

「御機嫌よう、お兄様方」

 クリスティーナは兄達に向かい軽く膝を折り、淑女の礼をとる。

「僕と兄上はさっき会ったばかりだけれどね」

「そうですわね」

 オルフェンシアに向かい微笑むと、3人目の兄に向かい再度淑女の礼をとる。


「エドお兄様、今日は私の為にありがとうございます」

「いや、殿下の計らいだ。気にするな」

 そう言ってクリスティーナにエドワルドが視線を向けると、期待した様な目で見つめて来る彼女と目が合った。


(マジか……)


「何だよ…?」

「はっ…!いえ、何でもございませんわ」

 そう言うと、クリスティーナはエドワルドから急いで視線を逸らす。

 今日のエドワルドは、私的な立場からの参加ではあるが、近衛騎士団の青色の正装を着こなし、短目に刈り揃えた髪の毛をキッチリとセットしている。


「それにしても…」

 エドワルドは、ジッとクリスティーナの姿を頭の先から足の先まで眺め顔を顰める。

「な、何ですか?」

「ホント、お前って残念なのな」

「なっ……!?」

 流石に、容姿にはあまり自信が無いクリスティーナでも、社交界デビューのこの日ばかりはテレサ達の努力もあって、少しくらいはマシになっていると感じていた為、エドワルドの言葉に思いっきり固まってしまう。


 クリスティーナが固まっていると、オルフェンシアが肩を抱き寄せ「大丈夫」とにっこり微笑んだ。

「エド、君はもう少し女性に対して優しくならないと。いつまで経っても彼女の一人も出来はしないよ?兄としてそれだけが心配でたまらないな」

 オルフェンシアが溜息交じりにそう言うと、エドワルドも負けずに「余計なお世話だ!」と言い返す。


「何をしている。さっさと馬車に乗らないとクリス以外おいて行くぞ」

 アレキサンドリアがオルフェンシアから妹のエスコート役を奪うとさっさと馬車に向かう。

「兄上、ズルいですよ。ここで位は僕がエスコートしても良いでしょう?」

 そう言いながら、二人の後をオルフェンシアが追う。

 エドワルドもやれやれと3人の後を追い掛けようとした所、ふと馬車に乗り込むクリスティーナと目が合った。

 クリスティーナは一度エドワルドを睨むと、フイッと視線を逸らした。


 流石にエドワルドも、可愛い妹からの仕打ちにグサッと心が痛む。

 馬車に乗る前に再起不能になりかけていると、気付いたオルフェンシアが弟の背中を押して馬車に乗せる。

「エドも、もう少しクリスに正直になれると良いんだけどね?」

「オルフェ兄さんには言われたくない……」

「それ、帰ったらどういう意味かじっくり聞かせて貰うけど良いかい?」

 しまったとエドが気付いた時には、黒い微笑みを浮かべたオルフェンシアが隣に座っており、思わず視線を逸らすのだった。






 サンテルージュ侯爵家から馬車を使用し20分程度で王宮に到着した。

 侯爵家からも遠目には見えていたが、いざ目の前にすると、とても大きく壮麗な佇まいだ。

 今は夕刻である為、夕焼けの茜色が王城の白い壁を照らしており、昼間とは違う顔を見せている。

「クリス、そろそろ渡していた眼鏡をた方が良い。もうすぐ王宮のエントランスに到着するからな」

「わかりました」

 クリスは頷くと、バッグにしまい込んでいた小箱から眼鏡を取り出し装着する。

「アレク兄さん、マジでそれで連れてくのか…?」

「当たり前だろう」

「エド、これもクリスの為ですよ」

「私、何かおかしいでしょうか?」

 エドワルドは3人の顔をそれぞれ見比べ、気付かれない様こっそりとため息をついた。


 そうこうしている内に、4人を乗せた馬車は王宮のエントランス前に到着し、王宮の使用人によって馬車の扉が開かれる。

 まず最初に長兄のアレキサンドリアが馬車を降り、中のクリスティーナに手を差し出す。クリスティーナは兄の手を取ると馬車から降り立った。その後に続き、オルフェンシア、エドワルドの2人も馬車を降りた。

 クリスティーナが辺りを見渡すと、4人以外にも同じ様にエントランスで馬車から降りている人が沢山いた。

 中でも彼女と同年代位の着飾っている女性が多く、その中のほとんどの少女は今日社交界デビューする少女達である。


(この中の誰かと仲良くなれるかしら?)


 クリスティーナが周りの少女たちを眺めそう考えていると、サンテルージュ侯爵家の全員が降りた事を確認した王宮の使用人は「本日は社交界へのデビュー、おめでとうございます。会場への案内を務めさせて頂きます」と言いながら一礼し、4人を案内するべく歩き出した。


 クリスティーナは会場に案内される間、侯爵家以上に豪華な調度品で飾られ見事な装飾までされている王宮の廊下を、思わずきょろきょろと見回す。

「クリス、あまり見回すものではない」

「あっ、申し訳ございません…」

 エスコート役のアレキサンドリアに窘められ、クリスティーナはしゅんとなってしまったが、「初めての王宮だから、色々気になるのでしょう」と、すかさずオルフェンシアがフォローする。

「ホント、オルフェ兄さんはクリスに甘いよな」

「おや、妬いているのかい?これでも僕は、弟のエドも可愛がっているつもりなのだけど?」

 オルフェンシアがにっこりとエドワルドに向かって微笑むと、彼は顔を顰めフイっと兄から視線を逸らす。


「皆様方、こちらが本日の会場でございます。デビューされるお嬢様とエスコートされる方は会場右手にございます控えの間で開会の時間までお待ち下さい。それ以外のご家族の方はこちらのメイン会場でお寛ぎになり、時間までお待ち下さいます様お願い申し上げます」

 会場に着くと、案内した使用人が会場の説明を行い、4人に向かって一礼する。


「それじゃあクリス、エドと一緒に会場で待ってるよ」

「はい、私も無事にデビューを終えて見せますわ」

 クリスティーナは「任せて下さい!」と、意気込んで見せる。

 その後オルフェンシア達と二言、三言交わすと、クリスティーナはアレキサンドリアと共に控えの間に入った。





 控えの間は、一言で言えば圧巻だった。

 各家の令嬢達が、この日の為にと選んだ色とりどりのドレスに身を包み、頭の先から足の先に至るまでを隙無く着飾っていたからだ。

 クリスティーナは正直、自分は場違いなのではないかと後退りしそうになる。

「クリス、堂々としていなさい」

 エスコートをしていたアレキサンドリアが、自身の腕に添えられた彼女の手を空いている方の手でそっと包み込み告げる。

「すみませんっ…」

「クリスは我が侯爵家の自慢の令嬢ですからね。気後れする必要などありませんよ」

 アレキサンドリアを見上げると、彼は優しくクリスティーナを見つめていた。

 また、場所が場所なだけに、アレキサンドリアがいつもよりも丁寧な言葉遣いをしている事にも気付く。

「お兄様、今日は余所行きの話し方ですのね?」

「あぁ、流石に他の家の方々がいる前ではね。どこで知り合いに会うとも分からない場合はこうする事にしているんです」


(いつもの少し砕けた話し方をするお兄様も素敵だけど、今日の様な話し方をするお兄様は物語でよく見る王子様のようだわ!)


 兄を見つめながらそう考えていると「どうかしましたか?」と、アレキサンドリアに顔を覗き込まれた為、クリスティーナは慌てて首を振り、「何でもありません!!!」と言った。

「それなら良いのですが…。ではクリス、ここは入り口近くですし、あちらの壁の方に行きましょう」

 そう言うと、アレキサンドリアはクリスティーナをエスコートし目的の場所へ移動する。


(あら?なんだか見られている様な……?)


 移動する間中、クリスティーナはそこかしこからの視線を感じた。

 きょろきょろと視線を感じる先を見ると、それらの殆どがクリスティーナと目が合うと顔を逸らしたり、手に持っていた扇等で顔を隠したりした。

 というのも、伊達メガネのお陰で近くは問題がないものの、遠くは度がないとはいえ流石にハッキリとは見え難かった為、断定は出来なかったのだ。


(一体、何なのかしら?)


 クリスティーナは若干の居心地の悪さを感じる。

「どうかしたのか?」

 隣に寄り添うアレキサンドリアが、そっとクリスティーナの様子を窺う。

「えと、先程から周りの方に見られている様な気がして…」

 アレキサンドリアは周囲にそっと視線を走らせる。

 確かに、こちらを見ているのはその殆どが令嬢ではあるが、その殆どは好奇の視線だ。


 はたから見たら、クリスティーナは社交デビューに幼女の様なアンバランスなデザインのドレスを着て大きなレンズの眼鏡で顔を殆ど隠しているという不可思議な令嬢である。その様な彼女が、どの女性にも慕われる容姿をしたアレキサンドリアと並んでいるのは、事情を知らない者が見れば、かなりアンバランスに見えるだろう。

 この好奇の視線に理由を付けるとするならば、そうした事に対する興味の視線と、クリスティーナを場違いと蔑む視線、そしてアレキサンドリアに対する興味の視線が入り混じった状態というところだ。


「社交界とはこういうものですよ。少しでも自分達と違うものがあれば、相手の都合など構わずに不躾な態度を取られるものです。良くも悪くもね。クリスは今日から、そうした大人の世界に足を踏み入れるという事を心しておきなさい。そして、いついかなる時も、自分がサンテルージュ侯爵家の人間であるという誇りを忘れずにいる事です」

 アレキサンドリアはそう言うと、フッと微笑む。

「分かりました。しかと、心得ておきますわ」

 クリスティーナは頷くと、鮮やかに微笑んで見せた。



「大変長らくお待たせ致しました。ただ今より、本年のデビュタントを執り行いたいと思います。これから順番に、デビューされる方々のお名前を呼ばせて頂きますので、呼ばれましたらエスコートをされる方とこちらの扉より会場の方へ入場して頂きます―――」

 控えの間に数人の使用人の方々が入室したかと思うと、その内の一人がこれからの事についての説明を行う。

 すると、それまで周囲の観察をしたり知人と歓談していた令嬢たちの表情がスッと、引き締まる。

 やはり、人生の最初で最後のデビュタントだからだろう。


 一通りの説明の後、家格が上の方々から順番に名前が呼ばれ、会場へと入場していく。

 勿論最初は、我が王国の誇る美姫シャーロット王女からだった。

 しかし、流石に王女は令嬢達と同じ控えの間で待機という事はなく、王族専用の控えの間から直接ご入場された様だった。

 その後は公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家と続いていく。

 クリスティーナの家は侯爵家の中でも比較的歴史の長い家なので、割と早くに呼ばれる事になっていた為、割と歴史の浅い公爵家が呼ばれ始めた頃には、入場の扉付近で待機する。


「続いて、サンテルージュ侯爵家令嬢、クリスティーナ・サンテルージュ」

 クリスティーナはアレキサンドリアにエスコートされ、会場へと足を踏み入れる。

 会場では、中央のホールに紹介された令嬢達が呼ばれた順に並んでおり、そのホールの周囲を令嬢達の家族や社交界の重鎮とも言える方々が囲み、彼女達のデビューを見守っている。


(あぁ、遂にデビューなのですね!!!)


 会場では優雅な曲が演奏されており、クリスティーナを始め、呼ばれた令嬢達が粛々と歩みを進めて所定の位置まで進んで行く。


 クリスティーナは所定の位置で立ち止まると、視線だけを動かし周囲をそっと見回した。

 遠目なので、顔までハッキリとは見えないが、正面の壇上に王家の方々が鎮座されているのが見えた。

 そして、流石王宮の舞踏会と思う程、招待された面々は煌びやかな衣装やドレスに身を包んだ方々ばかりだった。


 全員の令嬢の名前が呼ばれた後は国王陛下の祝いの言葉を賜った。

 姿はハッキリとは見えないが、声の雰囲気からとても威厳がありお優しい方との印象を受けた。



「ここに集いし令嬢達の社交界入りを、我が名において許そう。本日は存分に楽しむが良い」



 こうしてクリスティーナは、憧れ(?)の社交界デビューを果たしたのだった。

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