和同開珎〜文鎮堂の愉快な仲間達〜
雪奈 琳音
燈籠流しの夜 1
少女は素早く物陰にしゃがみ込むと、姿を隠した。ここは、やばい。そう直感が告げている。
道という道は橙の提灯で煌々と照らされ、タイルで塗装された両端には屋台が立ち並ぶ。楽しげな喧騒が彼女の鼓膜を揺らすが、彼女は真っ青な顔で耳を塞ぐ。お祭りのような雰囲気を楽しんでいる場合ではない。
緊張と恐怖で叫ぶ胸を抱え込むようにうずくまってただただ現実から目を背ける彼女に、ひとつの影が落ちた。
「迷子かい?」
呆れたような口調に愉快さを滲ませ、青年は少女に手を差し伸べた。
少女はぱっと顔を上げる。涙の浮かぶ少女の瞳と、困ったように微笑む青年の瞳が交わる。少女は恐る恐る青年の手を取った。
青年の影に隠れるようにしながら立ち上がる少女。青年はにっと微笑んだ。
「君は、ここがどこだか分かっているようだね?」
少女はこくりと頷く。
「雰囲気が、人なんかがいていい場所ではありません。神様や、妖怪や、死んだ人が生活する場所があるのだと、前に、からんちゃんが言っていました。ここは、そうなのでしょう」
年齢にしてはしっかりとした口調で、少女は言った。概ね合っているその言葉に青年は大きく頷いた。青年は少女が気付かないように護符を彼女の背中に滑り込ませる。
ふ、と少女は思い付いたように口を開いた。
「私は初音紫音。あなたのお名前は?」
青年は面食らったようにぽかんと口を開く。
「そこまで詳しいなら、人ならざる者に真名を教えてはいけないって、知ってるだろう?」
「もちろん、知っていますよ」
先程まで怖がっていた少女とは別人のようににっこり微笑む少女……紫音。
「私は私達の持論を信じるだけです。神様に真名を教えると、護って下さるそうですよ?」
おいおい。青年は呆れたように笑った。
「俺は神なんて大層なもんじゃねえぜ?」
紫音はこくりと頷く。
「ここにいる人は神様だろうが妖怪だろうが死人だろうが似たようなものだと思うことにしました」
青年の爆笑が響いた。あっはっは、と人目を憚らず笑う青年の橙色の瞳には笑いすぎてうっすらと涙が浮かんでいる。
「久々にこんなに笑わせてもらったな!礼としてアドバイスだ。俺の妹の五月雨と、ここを統括している女王の篠突雨には気を付けろ」
ぱちん、とウインクをして見せる青年。しかし青年は忘れているのかまだ名乗っていない。紫音のじとりとした視線で気が付いたのか、慌てて口を開いた。
「悪い悪い。俺も名乗らなきゃいけないよな。俺は長雨だ」
ながあめ。紫音は青年の名前を舌の上で転がした。
「紫音の年齢聞いてもいいか?」
長雨はしゃがみ込み、紫音と視線を合わせる。紫音は小さく頷いた。
「六歳です」
んあー。長雨は変な声を絞り出すと天を仰ぎ、死んだ目をして何度も頷いた。
「やっぱりなぁー!!御草はもうちっと頑張ろうぜ……。いくら七歳までの子は判別がつかないからって……。」
ひとり納得してしまった長雨を不思議そうに覗き込む紫音。長雨は立ち上がると紫音の手を引いて歩き出した。そのまま大通りへと向かう。
「ちょっと!」
紫音は慌てて長雨を引っ張った。
「ここにいるほとんどの人は神も妖怪も人も見分けがつかない。つくのは俺と妹と女王とあと数人だな。だったらこそこそして怪しまれるより堂々と人通りの多いところを歩く方がよっぽどいい」
長雨の言葉に、ふぅん、と相槌をうった紫音は大人しく歩き出した。顔の広いらしい長雨は色んな人とすれ違うたびににこにこと挨拶を交わす。
長雨はあるボロ屋敷の前で立ち止まった。
「長雨。入るぞ」
「妖狐。許可致します」
「猫又先輩。許可するのん」
長雨は紫音にも許可を得るように視線で指示をした。
「しっ、紫音っ!失礼します!」
一瞬、驚いたかのような静寂が広がる。
「妖狐。どうぞ」
「猫又先輩。歓迎するのん」
その更に一瞬後には許可が出された。長雨が扉を開く。その先にいたのはきりりとした顔の青年とにやにやとした笑みを浮かべる少女。
「ふぅーん?長雨に彼女ができたのかぁー」
「きみは……。毎回それ言ってて飽きないか?」
にやにやと長雨に迫る猫又先輩。長雨は慣れたように猫又先輩をあしらった。
「俺は今女王に呼ばれててさ。まさかこの子を連れてく訳には行かないだろう?」
せやな、と適当な同意をしてみせる猫又先輩。妖狐がすっと立ち上がった。
「分かりました。あなたが篠突雨女王の下へ行っている間、この子を私たちで匿えば良いのですね。任されました。」
目線を合わせるように膝をつくと紫音に微笑みかける妖狐。一転、強い瞳で長雨を見上げた。
「毎度のことですが、私達の反乱を気取られぬよう。幸運をお祈りしています」
「ああ。行ってくる!」
長雨はくるりと三人に背を向けると扉から出て行った。
和同開珎〜文鎮堂の愉快な仲間達〜 雪奈 琳音 @liuhIr_34
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