第19話

 

「人助けでもした気になってるの?結構なことね。」

 数日後霞の様子を見に穢れの元へ訪れたヒミは、芙蓉の嫌味な笑みに迎えられた。

「あの女、穢れのくせにフワフワしてるの。あんたのところのほら、あの紫色した目の子と同じ感じ!イライラするのよね。あんたも嫌いでしょ?ああいうの。私にはあんたの気持ちがよくわかるの。コウとあの女が一緒に居るところなんて見たら、きっとあんたもそう思うわよ。」

 芙蓉に連れられてヒミが前にコウに案内された花畑へ歩を進めると、真っ白な花々が夢のように広がる中に、二人の人影があった。

「見てよ、あれ。あんたが助けた穢れ。…ねえ、コウ取られちゃうかもね?いいの?」

 芙蓉が隣でヒミに囁くのは、明らかに霞に対しての嫌悪感だ。

「せっかく助けてあげたのに、邪魔でしょ?どうする?やっぱり消す?それとも今迄みたいに遠慮するの?コウを取られたらまた一人ぼっちになっちゃうわよあんた。」

 隠れようとしていたわけではなかったが、コウと霞が振り返った時にヒミは気まずさを表情に出してしまった。そして隣にいたはずの芙蓉は姿を消していた。

「ヒミ、どうかしましたか?」

 ヒミは首を横に振った。

 ふと霞がヒミの手を握った。ヒミはその手の冷たさに一瞬驚いたものの、そういえばヒトではないのだと思い至りされるがままにしていた。

「赤目の祓い子さん、ありがとう。名前をもらえることがこんなに嬉しいとは思わなかった。憎むことと悲しむことしか今までもらえなかったから、これが嬉しい、っていうんだってさっき教えてもらったの。だから、もういいよ。」

 霞が放った「もういいよ。」が何を意図しているのか図りかねたヒミはコウを見上げた。

「ヒミ、霞はもう満足なんだそうですよ。初めて思いをもらえて。あなたに消されるなら、もういいんだそうです。」

「祓い子さんが一緒に泣いてくれたことも嬉しかった。ここに連れてきてくれたことも嬉しかった。名前をもらえたことも。誰も恨まなくて良くなったことも。だから、もう十分。あなた以外の祓い子だったらきっと、あの駅で私は消されてたから。ありがとう。」

 芙蓉が言った通り、ハナを思わせるふわりとした笑顔で霞はありがとう、とヒミに伝え、目を閉じた。

 ヒミが戸惑っていると、コウが前からゆったりとした口調で声をかけた。

「ヒミ、ここで消してあげてください。最後に見るのが花畑というのもいいでしょう。」

 こくりと一つ頷いて、ヒミは真っ赤な石が飾られた鏡を取り出した。



「あなたは良いことをしましたよ、霞は満足して消えたんですから。他の祓い子達にはできないことです。ヒミにしかできなかったことです。…助けたのに消すのはツラかったでしょう、よく頑張りましたね。」

 コウはことあるごとにヒミを褒めた。優しい眼差しと甘やかな言葉はヒミの心を柔らかく撫でた。

 誰にも理解されないと思っていたヒミの中にコウはするりと入り込んだ。



 里に帰ろうとしていたヒミに、ふらりと現れた芙蓉はにんまりと笑って語りかけた。

「コウはあんたのこと褒めるでしょ?私がコウに教えてあげたからよ。ヒミは褒めれば簡単に喜ぶって。家族に捨てられて、幼馴染に捨てられて、仲間だと思ってた人たちにも捨てられてかわいそうな子だって。誰からも愛されたことがないから、ちょっと優しくされたらすぐ好きになるわよ。って。当たってるでしょ?」

 

「なんで知ってるのか、不思議そうね?」


「まだわからない?あんたに最初に会ったときはまだぼんやりしてたけど、次に会ったときの私は笑ってなかった?その次は喋れるようになってた。そのあとは…たしか泣いてたでしょ?これはいらなかったんだけど。今度は何をくれる?ヒミ。」


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