第20話

 今度は何をくれるのかと問いながら、芙蓉はその両手でヒミの目を覆った。

 真っ暗だ。もともと灰色だったのが視界を奪われ真っ黒になった。ただ、穢れのはずの芙蓉の掌がやけに熱い。

 時間にすれば5秒ほどだったが、視界が一度に戻ったときには眩さに真っ白になった。

「もらっとく。ありがとね、ヒミちゃん。」

 芙蓉は相変わらずにたりと笑っていた。

 目は見えている。音も聞こえている。香りもわかる。芙蓉に何を奪われたのか、ヒミにはわからない。

「わからなくても大丈夫。今のあんたに必要ないものだから。私はいつも、あんたが『いらない』って思ったものしか貰わないから。」

 そう言って芙蓉は消えた。




「ヒミ、お前…目どうした?」

 里に戻ったヒミはアオイの驚いた声でふと我に返った。

 アオイはヒミの右目を至近距離で見つめていた。こんなに近くでアオイの目を見たのは途方もなく久しぶりだった。その最後の記憶の中のアオイの瞳は綺麗な群青色だったはずだが、その色もヒミにははっきりとは思い出せない。

「なんで…、両方とも黒いんだ。」

 心底訳が分からないという顔をしているヒミの腕をひいてアオイは宮司の所へ強引に進んだ。もう触れることはないと思っていたアオイの手に、嬉しさと、離れた時の寂しさを思うとヒミの眉間に力が入った。



「もうお前は祓い子ではない。」

 言われたヒミにも、隣で聞いていたアオイにも、すぐに理解することができない一言だった。

「ヒミにはもはや穢れを祓う資格はない。それどころか穢れを引き寄せてしまうようではなにもできまい。」

 どういうことかと、ヒミは隣のアオイを振り向いた。

「お前、右目も黒く戻ってるぞ。鏡…見てもわからないか…。」

 芙蓉がヒミから奪ったものは赤い目だったのかと、ヒミは一人納得した。そしてそれよりも、芙蓉は自分から奪ったものをその身に着けていると言っていた。ならば、おそらく芙蓉の右目はいま赤いのだろう。ヒミから分かれた穢れが、祓い子の証をその目に宿している。

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